24話 橘早紀の想い②

 今でこそ友人として仲良くしている橘だが、去年同じクラスだった時はもっと鋭利なナイフみたいにつっけんどんで攻撃的で、最初はなんだこいつって思ったっけ。


「あの時の橘に比べたらマシだと思うけどな」


 からっと笑ってやると、橘もくすりと笑う。


「そうね。あたしよりはマシかも」


 橘と藤白と奈良瀬。

 性格は全然違うけど、やっぱり誰もが自分を偽って、仮面を被っていた。


 それは俺もだ。俺も未だに仮面を被っている。

 VTuberが趣味であると堂々と公言できないのは、何もオタク趣味だからじゃない。


 俺は自分の過去を知られるのが、怖いんだ。


『お前はいいよな。なんでもできて。そうやって上から目線で口出せてよ!』


 なんでもある程度は平均以上にできた。特に意識するでもなく、ごく当たり前に。

 だからこそ皆もできると思ってた。だからこそアドバイスという押し付けをしてしまった。


 結果として孤立した。


「下条君……?」


 記憶の濁流から意識が引き戻される。

 気付けば橘が俺の顔を覗き込んでいた。


「わりぃ。ちょっと考え事してた」


「全く、今はあたしとの散歩に集中してよね」


「ごめんって。そんな怒るなよ」


 ふと橘が足を止める。

 きらきらと輝く水面に真っ赤な空が映っていた。


「あたしさ。結乃と真白と友達になりたい。友達になって、もっと遊んで、色んなこと知ってもらいたい」


 俺達の横を自転車がさぁっと通り抜ける。

 下校中の高校生が、散歩中のおじいちゃんが、買い物帰りのお母さんと子供が――


 みんながみんな、楽しそうに、微笑むように、歩いていた。


「……って、これってお節介かな? あたしが勝手に過去の自分と重ねてるだけだし……余計なお世話じゃないかな……?」


 並んで水面を見ていた橘が、おずおずと俺を見る。

 その姿が、俺と重なった。


(あぁ、そうか)


 お節介をするのを不安がって、踏み込むことが怖くて、悩んで悩んで、でも考えないようにしてた。

 だから橘の気持ちは分かる。不安になるのも、怖いのも、全部分かる。


 でも第三者の目線に立つことで初めて見えてくる景色もある。

 藤白も奈良瀬も、橘の好意を迷惑がったりしない。

 嫌いになったりもしない。

 むしろ喜んでくれるに違いない。


 そう断言できた。


(なんでだろうな……自分がお節介かもって思う時はそんな断言なんかできないのに)


 なんだか今までうじうじ悩んでたのが馬鹿らしく思えて、俺は思わず笑みを零した。


「お節介だなんて、そんなことないさ。藤白さんも奈良瀬さんも、橘と友達になりたいと思ってるよ」


 はっきりと断言する。

 すると橘はふわりと微笑んで、


「……そっか! そうだよね! ありがと下条君、話聞いてくれて」


 ぐーっと思いっきり両手を上げて体を伸ばした。


「あーなんかすっきりした。憑き物が落ちた感じ」


「お役に立てたようで何よりです」


 うやうやしく一礼すると、橘は「ぷふっ」と噴き出す。


 河川敷にくつくつと響く橘の笑い声。

 俺もなんだかすっきりとした気持ちで、同じようにくつくつと笑った。


 ひとしきり笑った後、「そういえば」と橘が思い出したように口を開く。


「下条君。結乃と真白のことさん付けで呼んでるよね」


「え、うん」


「さん付けやめれば? なんか他人行儀って感じだし」


「そう……? あんま意識してなかったけど」


「だめだめ。なんか距離感じる。普通に呼び捨てでいいでしょ」


「でも橘は俺のこと下条君って呼ぶじゃん」


「あ、あたしは別に……ほら、それが定着しちゃったからいいの! とにかくさん付けは禁止! 分かった?」


「お、おう……」


 ぴっと鼻先に指を突き付けられて、俺は思わず頷く。


 でもそうか。さん付けは他人行儀か……。

 もしかしたら俺も、知らず知らずの内に線を引いていたのかもしれない。


「それとも名前で呼びたかった? 結乃ー真白ーって」


 橘はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべたまま、俺の脇腹を肘で突いてきた。

 そのからかい混じりの仕草に対して、俺もにやりと口角を上げる。


「それなら橘のことも名前で呼ばないとな。なぁ、早紀?」


「――ッ!? な、何言ってんだよこのバカ!」


 頬を赤く染めて分かりやすいくらいに声を震わせる橘に、俺はもう大満足だ。


「ははは。この程度で動揺するなんてまだまだお子ちゃまだなぁ、早・紀・は」


「こ、このぅ……! あたしだって名前で呼んでやる! 陽翔! 陽翔!」


 そう言いながらぽかぽかと拳を振るおうとしてくるので、ひらりと交わす。


「はいはい、陽翔は俺ですよー」


「待てー陽翔ー! もっと恥じらう姿くらい見せろー! あたしだけ損してるじゃんかー!」


 河川敷を走る。走る。

 青春の一ページみたいに。


 真っ赤な夕日が煌々と光り輝く。

 どこまでも眩しく光るその姿に、俺は手を伸ばした。

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