22話 応援するのは諸刃の剣②
「あわわわ。こ、こんな醜態を晒してしまうなんて……ちゃ、ちゃんとやらなきゃ……」
奈良瀬はステップを踏みながら、クラップ、パンチ……と思ったら足が追い付いてない。
「わ、わ、えーっとこっちの足を寄せてつま先立ちして……」
「真白、ゆっくりだよ。ゆっくり」
今度は足に意識を集中しすぎて手の動きがリズムに合っていない。
ちぐはぐなダンスに奈良瀬の顔がみるみる朱色に染まっていく。
「む、無理ですぅ」
「大丈夫だ奈良瀬さん! 君ならできる! 自分を信じろ!」
「ふ、ぐぅ……」
健気に頑張る姿に、変な親心が芽生えてきた。
頑張れ奈良瀬! いけるぞ奈良瀬!
「奈良瀬さんはやればできる子だ! 己に打ち勝て! 未来を掴め! その先に輝かしい明日が待ってるんだ!」
自分でも何を言っているのか意味わからないが、謎のテンションのままに声を上げた。
「なん、か……いける気がしてきました!」
それに呼応するように、奈良瀬もまた顔を引き締めて力強くステップを踏む。
その動きはとてもゆっくりだが、それでも確実に手と足が嚙み合ってきている。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!」
良いリズムだ。
ちょっと幼稚園のお遊戯会みたいだけど――いやいや、それは奈良瀬に失礼というもの。
「いいぞぉ奈良瀬ぇ! その調子だ! 今、奈良瀬が一番輝いてるぞ!」
なんだか楽しくなってきた。
躊躇いなく誰かを応援するのって結構気持ちいいんだな!
「これで……終わり、です!」
奈良瀬はクラップ、パンチ、そしてハイVを華麗に決め、両手を高らかに掲げる。
「「「おぉー!」」」
拍手がそこかしこから沸いた。
思いっきり肩で息をしている奈良瀬の表情はとても晴れやかだ。
今日、彼女は己の壁を一つ越えたのかもしれない。
「ど、どうでしたか!? 私、結構上手くやれてたんじゃないでしょうか!」
「いやもう凄かったよ! 迫真のダンスだった! いつもの真白じゃないみたい!」
「あたし、なんだか感動しちゃった……」
藤白も橘も奈良瀬の渾身の踊りに胸を打たれたようだ。
かくいう俺も、胸の内から熱い何かがこみ上げていた。
ぱちっと、奈良瀬と目が合う。
俺は小さく笑みを浮かべて、
「最高だった。奈良瀬さんの魅力が最大限発揮されてたよ。流石の俺も、その可愛さには言葉も出ないや」
そんな軽口を叩いた。
叩いただけ、だったのに――
「…………」
奈良瀬は肩で息をするのも忘れて、石のように固まっていた。
(あれ、なんかこれデジャヴが……)
ぼんやりと昨日のファミレスでの一幕を思い出していると、奈良瀬がぱくぱくと口を開く。
「か、かわ……かわ……」
ふらふらと覚束ない足取り。
定まらない視線。
「ハッ!?」
かと思ったら、急に俺のことを凝視し、ついで自分の姿を見下ろした。
「わ、私こんな格好で……あんな堂々と……」
奈良瀬は自分の体を隠すように腕を寄せる。
「あ……う……や……」
「な、奈良瀬さん……?」
顔がさっきよりも赤い。体も見てわかるくらいにふらついている。
奈良瀬はまるで熱にうなされたみたいにうんうんと唸り声を上げると、
「きゅぅぅ……」
突然ばたりと倒れ込んだ。
「え、おい!? どうした!?」
「ちょ、真白!? 大丈夫!?」
「真白!」
俺、藤白、橘が奈良瀬に駆け寄る。周りのダンス部員も何事かと騒ぎ立てた。
目を回してるけど、意識はあるようだ。
橘は奈良瀬の顔を覗き込むと、俺を一瞥した。
「ちょっと下条君、少しは加減してよね」
「え、これ俺のせいなの!?」
それは流石に理不尽では!?
……いやでも確かに俺の軽率な発言が原因なのは明らかだ。
チアガール姿と運動による熱のダブルパンチで限界を超えてしまったのだろう。
昨日のファミレスでは可愛い発言にも耐えていたから油断していた。
「ど、どうしよ……とりあえず保健室に……」
おろおろと慌てる藤白。
その時、奈良瀬が突然「ふわっ!?」と変な声を上げて飛び起きた。
「び、びっくりしました……これぞまさに陽キャの殺人言語……頭がくらくらします……」
「ま、真白……大丈夫なの?」
「え、えぇ……まだちょっと熱っぽいですけど、特になんとも――」
奈良瀬は俺の姿を認識すると、ぴたりと動きを止める。
「し、下条君……! さっきのことは忘れてください! 一切合切! 全て! 忘れてください! いいですね!?」
そして四つん這いのまま、俺に縋りつくように顔を寄せてきた。
「え、あ、うん……」
抜け殻みたいに気の抜けた返事をして、少しだけ腰を引く。
垂れた長い黒髪が、太ももの辺りにかかって妙にくすぐったい。
ふわりと香る甘い匂いはシャンプーだろうか。
鼻孔をくすぐる香りに頭がくらくらする。
前屈みになっているのと腕を寄せているせいで胸の形がもろに出ていて、もうどこに視線を向ければいいのか分からない。
「絶対ですよ!? あんな痴態を晒して下条君に覚えられてしまったら私はもう学校に来れません!」
それなのに奈良瀬はさらににじり寄ってくる。
俺の足を跨ぐように、奈良瀬の光を透かすような真っ白な太ももが覆い被さる。
俺の心臓の鼓動が急速に早くなる。
(これ以上は流石にまずい……!)
「分かった! 分かったから……その、少し離れようか」
「え?」
奈良瀬は目をぱちぱちと瞬かせる。
そして自分がどんな体勢をしていて、今どういう状況になっているのかを認識した。
「――っ!!!???」
奈良瀬は声にもならない悲鳴を上げて、そのまま暗闇が覆う舞台袖へと走って逃げてしまった。
ぽつんと取り残される俺に、周りにいた女子達の視線が突き刺さる。
側にいた橘がぽんっと、俺の肩に手を置いた。
「下条君。ないすラッキースケベ!」
「人聞きの悪いこと言わないで!?」
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