21話 応援するのは諸刃の剣①

 これはまずいことになった。

 大変にまずい。


「まずは足の動きからね。よく見てて。こうやって、右足を出したら左足を右足に揃える。この時、左足はハーフトウ――つまり、つま先立ちね。これを逆でも同じようにやって……」


「お、おぉ……」


「す、凄くそれっぽいです……」


「これがステップタッチね。じゃあ結乃と真白もやってみようか」


 ひらひら、ふわふわ。

 たどたどしい足取りに合わせて、スカートがひらめく。


「こんな感じ……?」


「おぉ上手い上手い!」


「むむむ……あ、頭がこんがらがりそうです……」


「真白は少しゆっくりやろうか。私に合わせて。まずは右足から」


 橘、藤白、奈良瀬が揃ってステップを踏んでいく。


(これ、刺激が強すぎる……!)


 正直ただそこにいるだけでもチアガール姿のせいで破壊力抜群なのに、そんなひらひら動かれたら殊更に目のやり場に困る。


 他の二年生や三年生はやはり手馴れているのか、堂々とした立ち振る舞いだ。

 そっちはいい。ダンスとして完成されているし素直に凄いと思う。芸術作品を見るような目で見られるから心は穏やかだ。


 でも、藤白と奈良瀬は違う。

 たどたどしい足取りで、しかも羞恥心が残った状態でやられると見ているこっちが恥ずかしくなってしまう。

 それが妙に艶めかしくて、クラスメイトのイケない姿を見ているようで心が落ち着かない。


「じゃあ次は手の動きもつけようか。両手を上げて頭の上で叩くのがクラップ。右左、順番に拳を突き上げるのがパンチ。斜め上に手を上げるのがハイV。これを繋げて……」


「わぁ……早紀かっこいいね」


「こ、こんなのできる気がしません……」


「だいじょぶだいじょぶ。ゆっくりやれば自然とできるようになるから。それじゃあ一緒にやってみようか」


(――っ!! なんてことだ……!)


 ステップだけでも危ういのに、今度は手の動きまでついてしまった!


 どれもこれも両手を上げる動作ばかり。

 つまり、たくし上げられた服の隙間から柔らかそうなお腹が見え隠れするという訳で。


「もっと背筋伸ばして。そんな恥ずかしそうにしてたら見てる方も恥ずかしいよ。はいシャキッと!」


 橘のかけ声で、藤白と奈良瀬は縮こまっていた体をぴんっと伸ばす。


 そんなことをすればどうなるか。

 その抜群のプロポーションが否応なく押し出され、豊満な胸が我を見よと言わんばかりに突き出される。


 友達をそんな目で見るなんてだめなのに、なぜ目が離せないんだ!

 これが男の本能というやつなのか。甘く見ていた。俺には制御不能だ。


 体が熱を帯びたみたいに熱い。頭の中がぐるぐるする。


「下条くーん」


 いや逆に考えるんだ。

 俺が恥ずかしがっているからだめなんじゃないか?


 そうだ。別にやましいことなんて何一つない。


「下条君?」


 もっと堂々としていればいいんだ。

 俺はダンス部を見学しに来た一般人A。


 そうだ。羞恥を捨てろ。むしろ開き直れ!


 こんなに絶世の美少女のチアガール姿を独り占めしてるなんて最高じゃないか。

 こんな機会は一生に一度訪れるかどうか……いや一度も訪れない奴だっているに違いない。


 あぁ俺はなんて幸運なんだ。

 ならむしろもっと目に焼き付けておかないといけないよな。


 うん、眼福眼福。


「無視すな!」


「あだっ!」


 頭に鈍い痛み。

 気付けばすぐ側に橘がいた。


 え、いつの間に……? 瞬間移動……?


「随分と結乃と真白にご執心ですね。お兄さん?」


「……ハッ!? いやこれはだな! むしろ見ないと失礼というかやましい気持ちなんて全くなくてただ見てただけでだな」


「何その急な早口。ウケるね」


「ウケんな! こっちは心を鎮めるのに精一杯なんだよ!」


「はいはい分かったから。下条君もただ見てるだけだと暇でしょ?」


「俺は踊らないぞ」


 女子に混じって男一人でチアダンスなんて公開処刑以外の何者でもない。


「じゃなくて、真白に応援の一つでもしてあげて? ほら」


 言われて奈良瀬を見ると、面白いくらいに手と足がごちゃごちゃになってわたわたとステップを踏んでいた。


「……奈良瀬さんは運動苦手なんだな。藤白さんはそうでもなさそうだけど」


 藤白はそんな奈良瀬にゆっくり動きを見せてあげていた。

 この短時間で基本的な動きはマスターしたようだ。基礎的な運動能力が高いのだろう。


「まぁ苦手ってのもあるだろうけど、やっぱりちょっと緊張してるみたいで。下条君の声でも聞いたら少しは落ち着くかなぁって」


「そんな効果あるとは思えないけど」


 むしろ俺の存在を意識することで逆効果にならないだろうか。


「えーそんなことないでしょ。二人は下条君には心開いてる感じするもん」


 そう、なのだろうか。

 言うても俺もまともに会話をしたのは昨日が初めてだ。


 二人が俺に心を開いているというなら、それは多分たまたま俺がリスナーだったから。

 たまたま昨日の配信を成功させることができたから。


 ただそれだけだ。


「なに難しい顔してんの! ただちょこっと声をかければいいだけなんだから。ほらほら、早くしないと真白がすっ転んで怪我しちゃうよ?」


 俺は頭をがりがりとかいて、仕方なく口を開いた。


「奈良瀬さんー。頑張れよー」


 そんな俺の気の抜けた声でも奈良瀬はしっかりと聞こえたのか、一瞬肩を跳ね上げてこちらを見た。


「し、下条君……!」


 まるで今の今まで俺の存在を忘れてたかのようなリアクションに小さく苦笑する。


「落ち着いてやればできるぞ。頑張れ頑張れ」

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