17話 友達の輪の中へ②

「それで……結局どうやってたぶらかしたんだ?」


 その時、悠が小さな声で耳打ちしてきた。


「お前は俺をなんだと思ってんだ……?」


「か弱い乙女をつけ狙う狼?」


「そんなこと一度もしてませんよね!?」


 俺は女の子に優しい紳士だぞ。どこが狼なんだ。


「あぁ、か弱い乙女に限定してるのがいけなかったか」


「まず狼の方を訂正してくれ」


「いやいや、陽翔は狼だよ。色んな人の心に入り込む、良い狼だ」


 微笑を携えて、悠は俺の肩に手を置く。


「……それは褒めてるのかな?」


「もちろん。たぶらかしてるのは否定しないけどね」


「たぶらかしてねぇ!」


 肩を回して手を振り払うと、悠はくつくつと笑った。


 全く……このすかし男はすぐに訳の分からないことを言うんだから……。

 学年トップの頭脳の考えることは俺には分からん。


 俺が胡乱げに悠を見ていると、今度は入れ替わる様に光希が俺の肩に手を置いてきた。


「おぉ……あなたが神か……」


「は? どうした急に。バグったか?」


「この際、藤白と奈良瀬が来てくれた理由についてはどうでもいい。そんなことはどうでもよくて、俺はお前に一つだけ言いたい。……ありがとよ、親友」


「分かったから手をどけろ。あと顔が近い!」


 手を振り払うと、光希はそのままするりと離れて藤白と奈良瀬の方に近寄って行った。


 そういえばあいつ、前に二人にお昼誘って断られたとか言ってたな……。


「あんまり調子に乗ると嫌われるぞー」


 そう声をかけると、光希はサムズアップで応えた。


 あ、だめだこれ。手遅れだ。


 光希はまるでこれからプロポーズでもするんじゃないかってくらい大仰に、床に跪いた。

 そのまま手のひらを、藤白と奈良瀬に向ける。


「藤白、奈良瀬。二人とお友達になれることは俺にとってこの上ない喜び。よければ親睦を深めるために俺と一緒にお昼でもどうですか?」


「え、いやだけど」


「お断りします」


「ノオオオオオオオオオ!!!」


 まさに玉砕。

 有無を言わさぬ拒絶の意思表示に光希は崩れ落ちた。


 だから言ったのに……。


「あ……! ご、ごめんね……つい、いつもの感じで言っちゃった……」


「ご、ごめんなさい! えーっと、私達だけでっていうのは嫌ですけど、皆でなら別に良くて……悪気があった訳じゃなくてですね……」


 やめろ奈良瀬! それ以上は光希のHPが持たない!


「ア、ウン。ソダヨネ。ダイジョウブデス。キニシテナイデス」


 そのまま光希は膝を抱えて、壊れたテープレコーダーみたいに同じ言葉を繰り返していた。


「そんな見え見えの下心出すからでしょ。自業自得」


 橘はそんな光希をまるでゴミを見るような目で見下ろす。今にも足蹴にしそうだ。

 隣にいた菜月が「まぁまぁ」と橘を宥めていると、


「あ、それなら今日のご飯は皆で食べようよ! それこそ親睦会ってことで!」


 思い立ったかのようにぽんっと柏手を打った。


「それいいじゃん! 学食で皆で食べよ! 下条君もそれでいいでしょ?」


「俺はいいぞ。光希も悠もそれでいいか?」


 二人は俺達以外にも、たまに部活の連中とお昼を食べることがある。

 そのための確認だったが、


「はい! 俺は全然問題ないです!」


「俺も大丈夫」


 光希は立ち上がってビシッと手を上げ、悠はあまり感情の籠っていない声で淡々と答えた。


「えー、光希がいたら結乃も真白も安心して食べれないじゃん」


「大人しくします! 誓います! だから俺だけ仲間外れにしないでくれぇぇぇ!」


 またもや地面に膝をついてぺこぺこと懇願する光希。

 それをしっしと鬱陶しそうにあしらう橘。


 その様子をぼんやりと見ていた藤白と奈良瀬は、お互いの顔を見合わせて――



 ――おかしそうに、楽しそうに、微笑んだ。



 その時、チャイムが鳴った。

 もう朝のHRの時間だ。


 皆は各々の席に戻って行く。

 と言っても、大体は俺の周りに固まってるんだけど。



 そんな中、自分の席に戻って行く藤白と奈良瀬と、ふと目が合った。


 俺がぐっと親指を突き立てると、二人は恥ずかしそうに目を伏せて、それでもやっぱりさっき見たみたいに――



 ――ふんわりと微笑んだのだった。

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