16話 友達の輪の中へ①

「おはよー」


 一夜明けて、朝の教室。

 俺の挨拶に反応したのは教室の奥――窓際の席に固まっていたいつものメンバーだ。


「うぃーっす」


「陽翔、おはよー」


「はよぉ」


 光希、菜月、橘が順に挨拶を返してくる。

 悠はちらりと俺を見て、片手を上げて応えていた。


 そのらしさに苦笑しながら、俺は皆の方ではなく教室の入口に近い隅っこの席に座っている藤白と奈良瀬の元へと向かった。


「藤白さん、奈良瀬さん。おはよう」


 俺はにこにこと笑みを浮かべて……いや向こうからしたらにやにやした顔に見えてるのかもしれない。


 案の定、藤白も奈良瀬も顔を引き攣らせていた。


「お、おはよう……」


「おはようございます……」


 さっきまでざわざわと朝の喧騒に包まれていた教室内が、今は驚くほど静かだ。

 皆の視線が俺達に集まっていた。


「はい、それじゃあ立って」


「あ、う……えと、まだ心の準備が……」


「なぁに寝ぼけたこと言ってんの。ほら立って立って。奈良瀬さんも」


 俺は未だにぐずる二人を無理矢理に立たせると、その背中をぐいぐいと押していく。


 いつものメンバーが揃っている俺の席まで二人を追いやって、


「という訳で、今日から藤白さんも奈良瀬さんも我が陽翔グループの一員となりましたー。はい拍手!」


 パチパチパチと手を叩いた。


 教室内に虚しく響く俺の拍手。


「あれ、なんかリアクション薄くな――」


「「「「ええええええええええ!!??」」」」


 途端に沸き起こる大絶叫。教室内のあちこちで悲鳴が上がった。


「え、なんで!? やっぱり脅したのか!? 無理矢理なのか!? それは流石にヤバいぞ陽翔!」


 光希は俺の肩をがっしりと掴んで揺さぶった。


「だから、無理矢理じゃないって」


「あ、あたしも流石にびっくりだわ……一体どういう経緯でそうなるのよ」


 自分の席の机に座っていた橘が俺の頭を指で小突く。


「昨日少し話して、皆と友達になりたいって言うからさ。ね、藤白さん、奈良瀬さん」


 にこやかに微笑むと二人は気まずそうな顔を浮かべて視線をさまよわせた。


「う、うん……そうだよ……?」


「友達……なりたかったんです……?」


 おい、なんで疑問形なんだ。もうちょっとそれらしい反応してくれ。

 これじゃあマジで俺が言わせたみたいじゃないか。


「わー嬉しいなぁ! 私は大歓迎! よろしくね、結乃ちゃん、真白ちゃん!」


 菜月はそんなこと気にも留めずに、顔を綻ばせて二人の手をぶんぶんと握った。

 そのあまりにも無邪気で眩し過ぎる笑顔に藤白と奈良瀬は目を細める。


「え、菜月……あんたいつの間に名前で……」


「ふふ、昨日ちょっとね」


「ずるい! あたしも名前で呼びたい! ねぇ藤白さん、奈良瀬さん! いいかな!?」


 橘はとたた、と二人に駆け寄ると顔を寄せた。


 ふむ、その距離感は二人には少々圧が強すぎるんじゃないか。


「あ、う……え……」


「な、は、あ……」


 案の定、藤白も奈良瀬も言葉にならない声を上げていた。

 魚みたいに口がぱくぱくと動いている。


「私のことも名前でいいから! ね、いいでしょ? あたしも藤白さんと奈良瀬さんと仲良くしたいと思ってたんだよね!」


 菜月とはまた違った、圧倒的な陽のオーラ。

 菜月が包み込むような慈愛に溢れたほんわかタイプだとしたら、橘は元気いっぱい快活ごーごー、ぐいぐい距離を縮めてくるイケイケタイプだ。


 彼女の相手は、陰キャには少々荷が重いかもしれない。


 ちょっと助け船でも出してやるか、なんて思って二人の顔を盗み見る。

 気付けばぱくぱくさせていた口は真一文字に結ばれ、ぎゅっと力が籠っているのが見て取れた。


 二人はふらふらとさまよわせていた視線をしっかりと橘に合わせて、


「だ、大丈夫……えーっと、早紀」


「よ、よろしくお願いしますね。早紀さん」


 真っ向から名前を呼んだ。


(せ、成長したなぁ……二人とも)


 昨日の今日なのにこの変わりよう……胸の内からじんと熱いものがこみ上げてくる。


 もしかして、昨日の夜の話があったから勇気を出してくれたのだろうか。

 本当は怖いだろうに、不安だろうに、恥ずかしいだろうに。

 それでも逃げずに、きちんと向き合ってくれたのだろうか。


 なんだか二人のことを誇らしく感じる。


「うん、よろしくね! 結乃、真白!」


「「ふぐっ……!」」


 なんて感心していたら、二人は奇声を上げながら胸を抑えてふらついていた。


 成長したと思ったのはどうやら気のせいだったらしいな、うん。

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