15話 きらきら光る金平糖②

『そうだ下条君。次はどうするの? また作戦会議する?』


 ベランダに出て夜風に当たりながら、俺は今後の展望を考える。


 次の段階。それはもう考えてある。

 しかし二人にとってそれは、まさに地獄のような試練となるだろう。


 果たして精神を保っていられるか……。


 だからと言ってやらない訳にはいかない。

 有名になるためなら、それくらいは乗り越えてもらわないと困る。


「んーそうだなぁ。実は次にやるべきことは考えてあるんだけど、もしかしたら二人には大変かもしれないからどーしたもんかなぁと」


 自分で言いながら、我ながら意地の悪い言い方だなと小さく苦笑する。


『お、下条君。私達のことを見くびってるねー?』


『有名になって楽にお金を稼ぐためなら、なんでもこいです!』


「そうかそうか。やる気満々で俺は嬉しいよ。それじゃあ遠慮なく伝えるけど、次にやるのは――」


 言葉を区切り、心の準備を与える。


 そして――



「学校で俺がつるんでるグループに、二人も入ってもらうから」



 俺は二人に、死刑宣告をした。



『『……………………え?』』


「俺がクラスで仲良くしてる奴らいるだろ? あそこに二人も入ってもらう。つまり次にやることはずばり、友達作りだ!」


『『……むりむりむりむりむりむりむりむりむりぃぃぃ!!!!』』


 電話越しから聞こえる大絶叫。

 阿鼻叫喚の地獄絵図がそこにあった。


『ななななんで急に友達作り!? なんで!? 意味わかんない! それVtuberとなんか関係あるの!? ないよね!? ないから別にやらなくていいよね!?』


『下条君のグループってあれですよね!? 菜月さんとか橘さんがいるキラキラ陽キャグループ! ぜぇぇぇったい無理です! そんな所にいたら灰になります! 呼吸困難です! 目が焼かれます!』


「まぁ落ち着けよ二人とも。これにはちゃんと理由があってだな。今後フォロワーが増えて知名度が上がれば当然、他のVとコラボすることも出てくる。個人勢にとってコラボは知名度を高める大事な手段だ。それなのにコミュ障じゃお話にならないだろ? だから今の内に特訓するって訳だ。おーけー?」


『ノー! ぜったいノー! そんなことしなくても下条君と話してれば別に練習にはなるじゃん! わざわざそんな猛獣の群れに飛び込まなくたってよくない!?』


 陽キャは猛獣なのか。知らなかった。


「あれあれ? さっきまで得意げにしてたのは誰だったっけぇ? 期待に応えてくれるんじゃなかったのかな?」


『ぐ、ぐぬぬぬ……』


『まさかそのためにわざとああいう会話を……』


「本気でトップ目指すなら、それくらいできないとだめだぞ。遅かれ早かれ、だ。それに他人と関わった方が配信で喋る話題も見つけやすいしな。メリットしかない。お分かり?」


『……正論パンチは嫌われるんだよ?』


『……やっぱ陽キャ意地悪怪人ですね』


「よぉし明日徹底的にしごいてやるから覚悟しとけよな」


 そんな軽口を叩くも、向こうからの反応はない。

 やはり二人にとってこのハードルは些か高すぎたか……?


 でも、それを越えられなければトップにはなれない。

 有名になればなるほど他人との関わりは増えていく。

 案件なんかで会社とのやり取りも発生するし、そういう人と人との繋がりが新たな仕事を生み出すこともある。


 越えなければならない壁。

 だが……物事には順序がある。


 もっと低いハードルから徐々にステップアップしていく方が、彼女達のためになるかもしれない。

 少し、急ぎ過ぎたのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、藤白が口を開いた。


『分かった。分かったよ。ここで逃げ出したら女が廃るもんね。やるよ。やるけど……ちゃんとフォローはしてね……? 絶対だよ?』


 不安そうで、怖くて、若干声も震えているけど、それでもその声音には確たる信念が宿っていた。

 顔は見えないけど、きっとどこまでも真っ直ぐな目をしているんだろうな。


「あぁ、もちろんだ」


『う、上手くお話できる自信ないですけど……下条君の期待には、応えないと……ですからね。私もやります。やりますけど……上手く喋れなくても笑わないでくださいよ? 絶対ですよ?』


「分かった。笑わないよ。約束する」


 明日、藤白と奈良瀬は仮面を外す。

 孤高のお姫様というベールを脱ぎ捨てて、本当の自分をさらけ出す。


 それを少し、楽しみにしている自分がいた。


『まぁ、その……友達も……欲しいと思ってたしね、うん。丁度いいかな……』


『そうですね……流石に学校での友達が結乃ちゃんだけっていうのも……あれでしたからね……』


「ん? 俺達も、もう友達だろ。別に藤白さんと奈良瀬さんだけじゃないじゃん」


『『え?』』


「え?」


 なんでそこで固まるんだ……?

 もしかして、友達と思ってたのって俺だけ……?


『友達……なの?』


「え、俺はそう思ってたんだけど、違うの?」


 だとすればかなりショックなんだが。


『そっか……友達……友達かぁ。えへへ』


『友達、だったんですね……そうですか……ふふ』


「えーっと……?」


『ううん、なんでもない! ちょっと嬉しかっただけ!』


『結乃ちゃん以外のお友達なんて、久しぶりでしたから。嬉しいです』


「……そっか」


 なら、よかった。


『あ、ごめんね。結構長電話しちゃった』


「気にすんな。こっちこそ悪かったな、話長引かせて。それじゃあ、明日また学校で」


『うん、おやすみ下条君』


『おやすみなさい』


「あぁ、藤白さんも奈良瀬さんも、おやすみ」


 ぷつりと、電話が切れる。


 俺はなんとなしに、もう一度星に向かって手を伸ばした。


 きらきらと光り輝く金平糖が、すぐ側にあるような、そんな気がした。

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