14話 きらきら光る金平糖①

 俺はベランダで、ぼんやりと星を眺める。

 きらきら光る星は色とりどりの金平糖みたいだ。


 なんとなしに手を伸ばしてみて、なんだかセンチメンタルな気持ちになっている自分が恥ずかしくなって手を引っ込める。


 夜風がはらはらと流れて、火照った体を優しく包み込んだ。


 結果として、今日の配信は大成功だった。

 俺の思惑通りに藤白と奈良瀬は個性を発揮して、リスナーを魅了した。


 50人以下だったフォロワーも今日一日で100人まで増え、まさに指南役としての面目躍如だろう。


 もちろん、頑張ったのはあの二人だ。

 俺はただちょっとアドバイスしただけ。


 それでも、自分のことのように嬉しかった。


「嬉しい……か……」


 その自分の感情と向き合うのが、喜ばしくもあり、怖くもあった。


(ここまで他人に深く入り込んだのは、中学以来だな……)


 入り込んで、入り込み過ぎて、孤立した中学時代。

 学校に行けなくなって、ずっと閉じこもっていたあの時代。


 思い出すだけで、誰かに心臓を鷲掴みされているみたいに、胸がぎゅっと苦しくなる。



 俺は、上手くやれているだろうか。


 俺は、嫌われていないだろうか。


 俺は、迷惑がられていないだろうか。


 俺は、あの二人に、余計なお世話だと思われていないだろうか。


 俺は、俺は、俺は、俺は――



 ――ごうん、ごうん、ごうん。


 遠くで電車の走る音が聞こえてきた。


 目の前に広がるのはなんの変哲もない住宅街。

 ぽつぽつと伸びる街灯と、きらきらと輝く星に照らされて、帰宅途中だろう人の姿が見えた。


 ふと思う。


 この世界の、一体どれだけの人が素の自分をさらけ出せているのだろうか。

 満員電車に揺られる人も、今家に向かって歩いている人も、自分自身を素直に表に出せているのだろうか。


(あぁ、そうか)


 ずっと疑問だった。

 すぐにお節介をしてしまう俺が、それを表に出さないようにしていた俺が、どうしてあの二人の提案をすんなり聞き入れたのか。


 似ていると、そう思ったんだ。


 偽って、取り繕って、仮面をつけて。


 バレないように、気付かれないように、悟られないように。


 そうやって線を引いて、その線を越えて自分が向こう側に行くことも、他人をこちら側に招くこともない。


 そういう生き方。


 俺も、同じなんだ。



 ――テロロ、テロロ、テロロ、テロロン。


 自室に置いてあったスマホが鳴った。


 ベランダから部屋に戻って画面に目を向けると、そこには藤白の名前。


 タップしてスマホを耳にあてると、


『あ、下条君!? あのね、本当はすぐにでも連絡しようと思ったんだけどこっちもなんていうか、中々冷静でいられなくってさ、私も真白も興奮冷めやらぬっていうか――』


『本当に私、あんなに沢山の人が見に来てくれるなんて思ってもみなかったですよ! もうびっくりというか、凄いというか、いえむしろ怖いです! 下条君は怖いです!』


 結構な音量で藤白と奈良瀬の声が聞こえてきた。


「え、えぇ? ちょ、ちょっと二人とも一旦落ち着け。どうどう」


『あ、ごめんね……すぅー、ふぅー……うん、もう大丈夫』


 藤白の息遣いがもろに耳にかかって、少しこそばゆい。


 というか藤白と奈良瀬、一緒の所にいるのか。

 向こうのスマホはスピーカーにしているようで、ぱたぱたとしたスリッパの音とか、ぎぃという椅子を引く音とか、そういった生活音が聞こえてくる。


「それでどうした? なんかトラブルでもあったか?」


 あまりそれらを意識しないように平坦な口調で言うと、「え?」と間の抜けた声が返ってきた。


『違うよー。私達は、ただ単にお礼が言いたかっただけ!』


「お礼……?」


 ぽつりと呟くと、少しの間が空いて、そして――


『下条君、ありがとね』


『本当にありがとうございます。下条君のお陰で配信は大盛り上がりでしたよ』


 ふんわりと優しい声音で、二人はそう言った。


 ――あぁ、そうか。


 ――俺は、二人の役に立てたのか。


「……別に俺はなんもしてないよ。ただアドバイスしただけだし」


『何言ってるの! それがなきゃフォロワー100人越えなんて出来てないんだから、どう考えても下条君のお陰でしょ!』


『そうですよ。ここは変にかっこつけて謙遜しないで、素直にどういたしましての方が好感度高いですよ!』


『そうそう。私達は素直に感謝してるんだから、下条君は素直に受け取ればいいの!』


 そんな明け透けな物言いに、俺の心がすっと軽くなる。


 線を一歩、跨ぐように。跨いでもいいよと、言われたみたいに。


「……そうだな。どういたしまして、だな」


 俺は二人に、笑いかけた。


 電話口からもくすくすと笑い声が聞こえてくる。

 くすぐったいけど、でもそれがとても心地よかった。


『てな訳で、これからもよろしくね』


『ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします』


「あぁ、任された。俺が二人を名実ともにトップのVtuberにしてみせるよ」


『おぉ! トップになったらどれくらい稼げるかな?』


『年収一千万とか……ですかね?』


「一千万なんて、志が低いぞ。一億……いや五億くらい目指してなんぼよ」


『ご、五億!? それは流石に望み過ぎじゃ……』


「いけるさ、絶対に。二人には熱意も才能もある。正しい努力だってできる。絶対なれるさ。俺が保証する」


 電話口からの反応は、ない。

 突然の無言タイムに戸惑っていると、


『……下条君って、急にかっこいいこと言うよね』


『きっとこれが素なんですよ。かっこいいこと言わないと死んじゃう病なんです』


 二人は嘆息混じりにそんなことを言い出した。


「誰がかっこつけだ! せっかく良いこと言ったのに!」


 藤白と奈良瀬はからからと笑って、


『でも、嬉しい。ありがと』


『下条君の期待に応えられるよう、精一杯頑張りますね』


 その言葉に、俺の鼓動が、段々と早くなっていく。


「おう……。期待してるよ」


 バク、バク、バク。

 やけにうるさい心臓の音。


 俺は向こうに聞こえないように、小さく深呼吸した。


 ……またベランダ出て涼んでおくか。

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