13話 これが有名Vtuberへの第一歩②

『あ、えっと、お先にどうぞ』


『い、いえ、こころちゃんが先にどうぞ』


『……すい、言いたいことあったんでしょ? いいよ先に言って』


『……こころちゃんこそ何を言おうとしたんですか? 遠慮しないで先にどうぞ』


『『……………………』』


 再びの無言。

 でもこれは、さっきとは違う。


 これは、意味のある無言だ。


 まるで嵐の前の静けさのように、言葉にできない謎の緊張感が画面越しに伝わってくる。


 さっきまでゆらゆらと揺れていた二人のアバターは、今は全く微動だにしていない。

 二人は若干お互いを見つめるような斜めの向きで固まっている。


 視線が交錯し、火花が飛び散っている……ように見えた。


 そしてついに――


『私が先でいいって言ってるんだから、すいが先に喋りなよ!』


『そのセリフ、そっくりそのままお返しします!』


『なんでそういう変なとこで頑固なのかな!? もっと頭柔らかくしよ?』


『働きたくないからVtuberやってるとかいうこころちゃんより、楽して稼ぎたいからVtuberやってる私の方がよっぽど頭柔らかいと思いますけど!?』


『ちょ、皆の前でそんなこと言わないでよ! イメージ崩れちゃうじゃん!』


『白羽こころだから純朴なイメージ……みたいな話ですか? そんなイメージはぽいですよ、ぽい』


『んなっ!? そ、それを言うならすいだって黒羽だし、いかにも意地悪なイメージだよね! ほら、ぴったりじゃん!』


『純朴のフリした社不よりマシです!』


『なにをー!』


『なんですかー!』


「ぷっ……くくっ……ははははは!」


 腹の底から、笑いがこみ上げてくる。


 リスナー置いてけぼりでマジの喧嘩始めてるよ、この二人!


 今までだんまりだったリスナー達も、思い思いにコメントで反応を示していた。


:なんだこれw

:二人ともそんなキャラだったっけ?

:働きたくないからVtuberやるってどういうことよwww

:喧嘩するほど仲がいいとはこのことですね

:うーん尊い


 そう、これだ。

 これこそが俺の思い描いていたイメージ。


 二人の明け透けな関係性。やたらと働きたくないことを押し出すその思考。

 そう言ったものをちゃんとさらけ出せばきっと面白いに違いないと、俺はファミレスでのやり取りを見た時に感じたのだ。


 しかし、まさかここまで上手くハマるとはなぁ。


 視聴人数はさっきまで5人だったのに今は10人まで増えていた。

 まぁ偶々開いた配信でこんな言い合いしてたら、そりゃあ気にもなるよな。


「大成功じゃな。流石は兄ぃじゃ」


 莉子はくつくつと笑いながら、俺の椅子にもたれかかるように肘を置いた。


「ま、ちょっとひやっとしたけど」


「しかしこうなると予想しておったのじゃろう? よくこの二人の個性を見抜いたな」


「それはあれだ。一緒にご飯食べたお陰だな」


 今日のお昼休み、それにファミレスでのあの一幕を見ていなかったら尻込みしていたかもしれない。


 今日以前の白羽こころと黒羽すいは、言うなれば学校での藤白と奈良瀬だ。

 本来の自分を隠し、偽り、取り繕い、仮面をつけて素の自分を見せないようにしていた。


 それじゃあだめだ。

 自分を偽っていては、人は寄ってこない。


 それは学校でも、配信でも同じことだ。


 ――だからこそ、次の段階に進むための手筈はもう整えてある。


「兄ぃ、悪い顔しとるぞ」


「……二人にとっては、次が本当の試練かもな」


 こころとすいの会話は互いの悪い所を言い合う大暴露大会と化していた。

 ちゃんとコメントも拾いながら、それでもぎゃーぎゃー言い合う二人にもう仮面をつけていた面影はない。


 視聴人数は既に30人を超えていた。

 コメントの流れもかつてないほどに早い。


「ふふ、こやつらも兄ぃに見初められたのが運の尽きよの」


「なんだその言い草は」


「なんたって我がその犠牲者第一号じゃからな!」


「……莉子も初配信の時はドモりまくってて凄かったよなぁ。保存したアーカイブが確かこの辺に――」


「だぁぁぁぁぁ! なんでそんなもん持ってるんじゃ! 消せ! 今すぐに消せ!」


 莉子は俺の手からマウスを引ったくり、莉子配信のログが詰まったフォルダごと消去した。


「ふぅ……人の黒歴史を後生大事に保存しとるなんて趣味の悪い……」


 そこまで言って、俺が取り乱すでもなくにこにこ話を聞いていることに疑問を抱いたのか、莉子の動きが止まる。


「あ、さっき消したの全部クラウドに保存してあるから」


「はっ!? はぁぁ!? なんじゃそれ、聞いとらんぞ!」


「言ってないもん」


「は、早く消せ! 今すぐ消せ!」


「大丈夫だって。クラウドへのログインパスワード忘れちゃったからさ。もう俺が見ることもないよ」


 嘘だけど。


「ぐ、ぐぬぬ……ならその記憶ごと忘れてくれ。いいな? もう思い出してはならんぞ?」


「はいはい」


 莉子は小さくため息をつくと、部屋の扉をがちゃりと開ける。


「あれ、見て行かないのか?」


「配信があるのでな。それに――」


 莉子はくるりと振り返り、好戦的な、不敵な笑みを浮かべる。


「我も少し、熱が移ったようじゃ」


 それだけを言い残して、そそくさと自分の部屋に去って行った。


「……負けず嫌いめ」


 俺はぽつりと呟く。

 しかしそれは、莉子が二人のことを認めたということに他ならない。


 新人Vtuberを、100万フォロワー越えの大物Vtuberが意識している。

 きっと二人にはそれだけの魅力がある。


 莉子も同業者として、本能でそれを感じ取ったのだろう。


 PCの画面に目を落とすと、既に視聴人数は50人越え。

 コメントも先程よりも更に盛り上がっている。


「もしかしたら……本当にいけるかもしれないな」


 莉子もまだ達成できていない、Vtuber界の頂点。

 背中にぞくりと、悪寒が走る。


 これは恐れか、それとも期待か。


 そんな思いを胸に秘め、俺は腕組みをしてこころとすいの配信を見守った。

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