12話 これが有名Vtuberへの第一歩①
配信画面、待機よし。
「あーーーーーーー」
スピーカー、音量よし。
「うーーーーーーー」
キーボードの調子、よし。
「はぁーーーーーー」
心構え、よ――
「さっきからあーとかうーとかうるさいな。いい加減に機嫌直せよ」
俺は椅子をくるりと回して自室のベッドに目を向ける。
そこにはうつ伏せで枕に顔を埋めて唸り声を上げている妹の姿があった。
「ずるいのじゃ。ずるいのじゃずるいのじゃずるいのじゃ! 自分だけ外食なぞしおって!」
「仕方ないだろ、誘われたんだから。お前ももう中三なんだから飯の用意くらい自分でやれ」
「そぉぉいう話ではなぁぁぁい! 可愛い妹を置いて一人だけ美味い物を食べてるのが許せんという話じゃ! 我なんか今日カップ麺ぞ!? 一人寂しく! カップ麺! 心は痛まんのか!?」
うちの親はバリバリの仕事人間だ。
今は地方に単身赴任中で、帰ってくるのは月に一回程度。
だから俺がいつも晩飯の支度をしている訳だが、友達とご飯くらいは勘弁して頂きたい。
「お詫びにプリン買ってきただろ?」
「あれは美味じゃった。兄ぃも中々見る目がある」
「はい、てな訳でこの話は終わり――」
「終わっとらん!」
「分かった分かった。今度連れてってやるから。サイゼでいいか?」
「だめじゃ! ロイホがいいのじゃ!」
「却下。行くなら自分の金で行け。トップVtuberさん」
サイゼは言わずと知れた激安ファミレスだが、ロイホは逆にファミレスの中でも単価の高いお店だ。
普通の高校生がおいそれと行ける場所ではない。
「ぐっ……ケチ臭いのぉ。じゃあサイゼで構わんぞ」
フォロワー100万人越えのトップVtuberなのに家の金でロイホ行きたがる奴にケチ臭いとか言われる筋合いないと思う。
変な所で守銭奴なんだよな、こいつ。
「あっと……そろそろ始まるな。莉子、あんまり騒ぐなよ」
「サイゼに連れてってくれるなら騒ぎはせん」
「はいはい」
配信待機の画面がパッと切り替わり、見慣れたアバターが姿を現す。
『白羽こころとぉー』
『黒羽すいのー』
『『雑談生放送ぉー!』』
配信は時間通りに始まった。
俺は手早くコメントを打つ。
:こんにちは
:俺の嫁達の配信へようこそ
:待ってましたー
:今日も可愛いです!
すると殆ど同時にいくつかのコメントが流れた。
視聴人数は昨日と特に変わらず5人。恐らくこの中に新規はいない。
つまりは、これが今の固定リスナーの数なのだろう。
『シモハルさん、こんにちはー』
シモハルは俺のハンドルネームだ。下条陽翔だからシモハル。
安直だけど割と気に入っている。
『ミスターあるじさん、こんにちはです。俺の嫁達……って私達のことですかね? なんかちょっと恥ずかしいです』
二人は残りのコメントにも律儀に返事をしていく。
というか俺の嫁達の配信へようこそって、結構香ばしいコメントだな……。
熱烈なファンがいるのは良いことだけど、厄介オタクに群れられると今後のマーケティングに支障が出るから注意しないと。
『それで、今日はちょっと先に皆に言わなきゃいけないことがあって』
藤白――もとい白羽こころのいつもと違う雰囲気に、ぽつぽつとコメントで反応があった。
俺はコメントしないで、腕組みした状態で流れを見守る。
「……後方彼氏面じゃな」
「うっせぇ」
画面上の奈良瀬――黒羽すいがゆらゆらと揺れる。
視線をさまよわせた後、ぴたっと正面を向いた。
なんだかその動きが現実の奈良瀬で再生されてちょっと面白い。
『実は今日は、話すことを何も決めていません!』
『そうなの! だからぶっつけ本番! 話したいことを話したいように話していくね!』
:おおおお……お?
:それって普通では?
:むしろ今までは話す内容決めてたんかw
うん、そりゃそういう反応になるよな。
こころとすいはリスナーのコメントに対してリアクションを返す。
少ないとはいえ、何人かコメントしてくれる固定リスナーがいるのはラッキーだったな。
これなら幾分か二人の負担も減るだろう。
しかし、そう思っていたのも束の間。
『えーっと、それで……何から喋ろう……?』
『どうしましょうね……?』
『『……………………』』
唐突に現れる無言の時間。
まるでそれに呼応するように、コメントもぴたりと止まる。
俺はそれを、ただ黙って見ていた。
「ほぅ……なるほど……」
ふとベッドに腰掛けている莉子を見ると、顎に手を当てて何やら物知り顔でにやついている。
「兄ぃもスパルタじゃのぅ」
帰ってきてから莉子には白羽こころと黒羽すいの正体については教えていた。
自分自身がVtuberである莉子は中の人に関する情報をぺらぺら喋ったりもしないし、何よりその道のプロだ。
プレイヤーである莉子の視点は何かと参考になると思って情報共有をしたのだが、どうやら俺のやりたいことも莉子には理解できたらしい。
「まぁ大丈夫だろ。あの二人なら」
そう言いながらも俺の指は自然とキーボードに伸びていた。
いざとなればいつでも助け船が出せるように。
カチ、コチ、カチ、コチ。
時計の音がやけに耳に残る。
もう十秒は経っただろうか。
そろそろ離脱者が出てもおかしくない。
(やっぱり二人にはまだ早かったか……?)
そんな考えが脳裏をよぎり、無意識のうちにキーボードを叩く。
コメントを送信するためにエンターキーを押そうとした……その時。
『『あの!』』
二人の声が、重なった。
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