11話 『第一回Vtuberとして人気になって自堕落するためにはどうするか』会議②

 女性Vtuberに求められているのは第一に可愛さ、第二にちょっとした面白さだ。

 その面白さこそがV自身の個性と言えるだろう。


 彼女達にも個性がある。というか個性しかない。

 今日話していてそれが十二分に理解できた。


 でもそれを引き出すには台本に頼っていてはいけないのだ。


「そのためには藤白さんと奈良瀬さんには素の状態でいてもらわないと困る訳だ。だから台本禁止」


 藤白がすぅっと手を上げた。


「はい、藤白さん」


「えーっと、つまり個性を出すために台本禁止ってことだよね? その個性があれば、無言だったとしても『なんかいい感じ』になると」


「そういうこと。まぁ、どう『いい感じ』になるのかは俺も予想しきれないけど」


 浮かんだイメージの確度は高い。

 だが絶対という保証はないし、上手くハマるかどうかは実際にやってみないと分からない。


「理屈はなんとなく分かった。でも下条君、一つ大事なことを忘れてるよ」


「大事なこと?」


 自分の思考を振り返るも、特に見落としがあるようには思えない。

 藤白には、俺に見えてない何か別の視点があるのだろうか。


 藤白はやたらと真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 奈良瀬もまた、藤白の言いたいことがなんなのか分かったのか、固唾を飲んで見守っていた。


 藤白がすぅーっと、一つ深呼吸を挟む。


 気付けば口の中に大量の唾が出ていた。

 ごくり、と飲み込む。

 その音がやたらと大きく感じられたのは、この雰囲気のせいだろうか。



 そしてついに、藤白の口が開く――



「私達、別に特別な個性なんて何も持ってないよ?」


「は?」


「「え?」」


 その瞬間、このテーブルだけ音が消えた。

 周りの客の声がやけに大きく感じられる。


 何を言ってるんだ、こいつは……?


「……誰が個性ないって?」


「私達」


 藤白は自分と奈良瀬を交互に指差した。


 俺はもう辛抱ならなくなって、ずびしと藤白と奈良瀬に指を突き立てた。


「陰キャで! コミュ障で! 菜月の前であんな面白い反応して! それでいて高校生の癖に働きたくないとか言う理由でVtuber始めた君達の、どこが個性ないっつうんだよ!」


「えぇ!? 陽キャの前にいたら焼き焦がされるのなんて当然じゃん!」


「だから、私は働きたくない訳じゃなくて楽してお金を稼ぎたいって言ったじゃないですか!」


 なぜか見当違いの反論をしてくる藤白と奈良瀬。


「あぁもうほらそういうとこ! そういうとこもう面白いじゃん!」


「ぐっ……なんだか馬鹿にされてる気がするんだけど……」


「ソンナコトナイヨ?」


 馬鹿にしているとしたら精々半分くらいだ。


「とにかく、だ。自信を持て! 藤白さんも奈良瀬さんも、ちゃんと個性あるから大丈夫! 俺が保証する!」


 二人は訝しむようにこちらを見つめていた。

 俺は居住まいを正して、真っ直ぐに見つめ返す。


「それに、他にも根拠はあるぞ。だってほら、二人は可愛いからさ」


「「かわっ……!?」」


 白羽こころと黒羽すいに求められているのはがちがちの笑いじゃない。

 可愛さの中に見えるちょっとした面白さだ。


 だからこそやりようはある。

 それに二人ならきっと狙わなくても、自然とできるんじゃないかという予感があった。


 ……というのを説明しようと思ったら、二人は顔を真っ赤にしてふにゃふにゃと体を揺らしていた。


「そ、そんなナチュラルに……下条君こなれすぎでしょ……うぅ恥ずかしい……」


「これが陽キャの口説き文句というやつですか……び、びっくりしました……」


 俯きながらぼそぼそと呟く二人。

 なんかいらん勘違いしてるな、こいつら。


「可愛いって言ったのはあれな。白羽こころと黒羽すいのことな」


 俺の言葉に、二人はぴしっと石のように固まった。

 赤く染まっていた頬が、また別の意味で紅潮していく。


「そ、そんなの知ってたもん! 何を言ってるんだろうねぇ下条君は!」


「こころもすいも可愛いですからね! と、当然理解してましたよ、ええ!」


 羞恥によって先程よりも赤く染まった顔をぷりぷりとさせて、二人は早口でまくし立てた。


 それがおかしくて、俺はついつい軽口を叩きたくなってしまう。


「そうだよなぁ、もちろん知ってたよなぁ。あぁでも、現実の二人が可愛いって思ったのも本当だけどね」


 そう言って微笑むと今度こそ耳まで真っ赤に染め上げて、「あわわわ」とか言いながら慌てふためていた。

 なんだこの可愛い生き物。


「おーい。話の続きするから戻ってこーい」


 俺は二人の前で手を振る。

 するとようやく息を吹き返したのか、肩で息をしながらこちらを恐ろしいものを見るような目で睨んでいた。


「あ、悪魔……陽キャ悪魔だ……」


「妖怪女たらし陽キャ悪魔ですね……」


「いやそこまで言う!?」


 自然と、ぷっと笑い声が上がった。

 その声は伝播し、三人でくすくすと笑う。


 あったかくてくすぐったくて、とっても好きな空気。

 色で言うならオレンジとか黄色とか、そんなほっとするような色。


 いつまでも浸っていたい。


 そう思いながらも、俺はこほんと咳払いを挟む。


「そんで話を戻すけど……二人には台本を使わずに素のままで喋って欲しいんだ。無言になっちゃうとかはあんまり気にしないで、いつも二人が話してるみたいな感じで。できそう?」


 藤白と奈良瀬は顔を見合わせると、こくりと頷いた。


「私達から指南役をお願いして、こっちができないってのもカッコ悪いしね」


「ですね。自信はないですけど、やるだけやってみます」


 俺の目を真っ直ぐに見つめながら答える姿に、迷いは見えない。

 こういう時の胆力は目を見張るものがあるな。


「まぁ俺も会話が続かなさそうだったらコメントで話題振るから、あんまり気負わずに行こうぜ」


「あ、コメントしてくれるんだ」


「そりゃあ指南役だからな。後ろで腕組んで見てるだけってのも違うだろ」


「おぉ……下条君にもそういう優しい一面があるんですね……」


「え、君達俺のことなんだと思ってるの……?」


「陽キャ鬼畜お化け、だね」


「陽キャ意地悪怪人、ですね」


「よーしとりあえずそこに直れ。その歪んだ認知を正してやろう」


 腕まくりして軽く腰を浮かせると、二人は「こわーい」とかなんとか言いながら楽しそうに笑っていた。


 その様子を見ていると、とても学校では二人ぼっちのお姫様とは思えない。


 ちょっと人見知りで、ちょっと陽キャに苦手意識があって、でも多分それだけで本当の二人は親しみやすくて一緒にいて楽しい奴らだ。


 これなら、次の段階にも早めに進められそうだな。


「よし、それじゃあ今日はこの辺にしておくか。あんまり遅いと配信時間ギリギリになっちゃうし」


 俺が席を立とうとすると、


「あ、下条君……」


 藤白がおずおずと口を開いた。


「あの……えーっと……私達、ついでだからこのまま晩ご飯食べようかなって思ってるんだけど……」


 もごもごと口籠りながら、藤白はちらりと奈良瀬を見る。


「だからですね……よければ……その……一緒にご飯食べませんか?」


「も、もちろん無理にとは言わないよ! もし迷惑じゃなければって、話で……」


 徐々に言葉尻が萎んでいく藤白に、俺はくすりと笑みを浮かべて、


「そうだな。どうせだから食べてくか」


 するりとメニュー表を手に取った。


 嬉しいとも安心したとも取れる笑顔を見せて、藤白と奈良瀬もメニューを眺める。


 クラスメイトをご飯に誘う。

 俺にとってはなんでもないことだけど、きっと二人にとってはとても勇気のいることで、だからこそ誘ってもいいと思ってくれたことが嬉しかった。


 ポケットからスマホを取り出しLINEを開く。

 莉子に『今日は外で食べてくる。家にあるもの適当に食べててくれ』と送信すると、すぐに既読がついた。


『!!?!!??!!!??!?』


「…………」


 その送られてきた記号の羅列を見て、俺はスマホをポケットにしまう。


 帰ったら不貞腐れてそうだなぁ。

 帰りにプリンでも買ってやるか。


 そんなことを考えながら、俺もぼんやりとメニューを眺めるのだった。

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