10話 『第一回Vtuberとして人気になって自堕落するためにはどうするか』会議①

「ではただ今より、『第一回Vtuberとして人気になって自堕落するためにはどうするか』会議を始めます。はい拍手」


 テーブルを挟んで座っている藤白と奈良瀬がぱらぱらと拍手を挟んだ。


 場所は学校近くのファミレス。

 菜月と別れた俺は先に待っていた二人と合流して、今現在は作戦会議の真っ最中だ。


 それにしても――


「なんだ、その気の抜けた拍手は」


「……自堕落は言い過ぎじゃない?」


 藤白の言葉に隣に座っていた奈良瀬がこくこくと頷いた。


 あんな高らかに働きたくない宣言しといてどの口が言うんだい?


「ほぅ。ならVtuberになってどうなりたいのか……もう一度言ってもらおうか」


「働かずにお金を稼ぎたいだけだけど?」


「一切悪びらないな、藤白さん」


 どうやら彼女の中では働きたくないと自堕落はイコールではないらしい。

 ちょっと俺には分からない世界だった。


 というか、Vtuberだって一応労働の範疇に入るんじゃなかろうか。

 サラリーマンするよりは楽しいかもしれないけど、こっちはこっちで色々と大変だぞ?


「だって本心だもん」


 そう言って藤白はふんすっと胸を張る。

 どっかの妹とは違って張りのあるお胸様が自己主張していた。


 ブレザー越しにも分かる豊かな双子山。

 たまに男子トイレなんかで下世話にも藤白の体について熱く語っている奴がいるが、その気持ちも分かる。


 分かるが、俺は紳士なのですぐに目を逸らした。

 その辺の木っ端男子とは違うのだよ、俺は。


 なんとなしに、ドリンクバーから持ってきたジンジャーエールをちゅるりと飲む。

 しゅわしゅわとした喉ごしと適度な甘みが俺の心を爽やかな気持ちにさせてくれる。


 その時、ふと奈良瀬と目が合った。

 彼女は凛とした表情のまま何かを物申したそうにこちらを見つめている。


 顎で先を促すと、


「私は結乃ちゃんと違って、楽してお金を稼ぎたいのであって働きたくないとは言ってません」


 透き通るような澄んだ美声でそう言った。


「いや、そんな私の方がまともなこと言ってますみたいな感じ出されても一緒だから」


「え……?」


「なんで驚いてんの……?」


 俺そんなおかしいこと言った?


「そうだよ真白。そんないい子ぶらないで素直になろ? 本当は働きたくないんでしょ?」


「だから一緒にしないでください! 私は楽してお金を稼ぎたいだけなんです!」


「でも例えば突然目の前に現れたおじいさんから10億円もらったら、もう働かないでしょ?」


 奈良瀬はしらーっと顔を背けた。


「働……き、ます……よ……?」


「はい嘘ー」


 そのまま二人はやいのやいのと言い争いを続ける。


 なんというか、少し意外だ。

 確かに学校ではいつも二人でいるから仲が良いのは分かる。

 だけど、こんな軽口とか言い合うようには見えなかった。


 下校時みたいな二人っきりの時は談笑しているのを見たことがあるけど、教室ではあまり会話はない。

 こんな風に無邪気に話している姿を見たこともない。


 きっとこっちが二人の素、なのだろう。

 遠慮なく軽口を言い合って、ふざけあって、笑って、普段はそうやって過ごしているに違いない。


 それがなんだか微笑ましくて、つい笑みが零れてしまう。


「……なんでにやにやしてるの」


「ちょっと怖いです……下条君」


「いやいや、仲が良いんだなぁって思ってさ」


 二人は、本当はどういう人なのだろう。

 何が好きで、何が嫌いで、得意なこととか趣味とか、好きな映画とか音楽とか、運動は得意なのかとか本を読むのかとか。


 そんな他愛もない、でも大切なその人を形作る何かをもっと知りたいと、ふと思った。


 ――これもお節介なのかもな。


 心の中で自嘲気味に笑う。

 煤みたいなのがもやもやと胸の中に広がって、なんだかざわざわする。


「下条君……?」


 藤白の声にハッとして、俺は顔を上げた。

 まるで取り繕うように、にっと笑みを浮かべる。


「それじゃあ二人を自堕落にするために、そろそろ本題に入りますか」


「自堕落反対ー」


「自堕落禁止ですー」


「はいはい」


 考えたって仕方のないことだ。俺は俺の、やるべきことをやる。

 Vtuberの指南は、彼女達が望んだことだ。


 ――だからこれは、お節介じゃない。


 ――だからそれ以上は、深く入り込まない。


 ――そう、決めたんだから。



 ***



「二人は配信の時、話す内容って事前に決めてる?」


 藤白はこくりと頷く。


「うん、いつも台本用意してるよ」


「それ今日から禁止ね」


「「え!?」」


 驚愕の色に染まる二人に対して、俺は淡々と話を続ける。


「Vtuberで最も大事なのは個性だ。個性っていうと曖昧な感じだけど、要はその人らしさってことだな。台本だとそれが出ない。それじゃあ有名にはなれない」


 何十万もフォロワーがいる配信者が台本を用意してるかっていうと、そんなことはないだろう。

 前々から準備していた企画、とかなら流れを把握するために台本を用意することもあるかもしれないが、それはあくまで特殊ケース。


 普通の雑談配信では台本なんて用意しないのが普通だ。


 台本に沿って会話をするとなると遊びが出ない。それにどうしても噓臭くなってしまう。

 自分らしさを込みで台本が書けるなら書いてもいいかもしれないが、まぁ現実的ではない。


「でも……台本がないと何喋ったらいいか分かんないし……」


「そ、そうですよ。初めて配信した時に何も喋れなかったから、台本用意するように決めたんです。なのに台本なしだなんて……。無言はタブーなんですよね?」


 奈良瀬が言っていることは正しい。

 配信において無言の時間というのはなるべく作らないのがベストだ。


 初見のユーザーが配信を開いた時に無言だったら、ほぼ間違いなくブラウザバックする。

 だから無言時間をなるべく作らず、できるだけなんでもいいから喋る。


 それは正しい。


 でも、二人はあることを見逃している。


「奈良瀬さんの言ってることは概ね正しいけど、あんま気にしなくてもいいと思うよ」


「な、なんでですか……?」


「藤白さんと奈良瀬さんは『二人組のVtuber』だから」


 二人はきょとんと小首を傾げる。


「えーっと……言ってる意味がよく……」


「一人で延々と喋り続けるのって大変でしょ? でも二人いるならある程度カバーできる」


「で、でも……それで結局上手く喋れなかったから台本を――」


「それでいいんだよ」


「え?」


「例え喋れなくても、無言になっちゃっても、別にいいんだ」


 二人の関係性、そしてやり取り。

 それらを見て俺の頭の中にはあるイメージが浮かび上がっていた。


「多分、そっちの方が面白い」

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