9話 放課後の道すがら②

「大丈夫だよ、光希君。人間の魅力は中身だから!」


 その時、今までこのやり取りをにこにこと見守っていた菜月がぐっと握りこぶしを作って光希を励ました。

 途端にぱぁぁっと花を咲かす光希。


「じゃあ俺と付き合ってください!」


「ごめんなさい」


「即答!?」


 俺達はけらけらと笑う。


 気付けばこうやって自然と人が集まって、いつものメンツでなんでもないような話をだらだらと続けてしまうのだ。

 それが俺の日常。俺達の日常。


 俺は失った時間を取り戻すかのように、青春を謳歌する。



 ――あぁやっぱり。


 この時間が、俺は好きなんだ。



「あっと、そろそろ部活の時間だ。それじゃお先に」


「んあ、俺もそろそろ行かねぇと」


「あたしもダンス部の練習あるんだった! また先輩に怒られちゃう。菜月も下条君も、またねぇ」


 悠、光希、橘がそれぞれ教室から出て行くのを、俺と菜月は見送った。


 春の穏やかな空気が、さらさらと教室に流れ込む。

 もうクラスメイトは皆帰ったのか、教室内にいるのは俺と菜月だけだ。


「私達も帰ろっか」


 そう言う菜月に、俺は口ごもって、


「あー悪い。今日は行く所があるんだ」


 少しだけ後ろめたい気持ちを隠しながら頬をかいた。


「もしかして、結乃ちゃんと真白ちゃん?」


 思わず頬がぴくりと反応してしまう。


 お昼休みの時、俺は放課後に会う約束を二人と交わしていた。


 二人の指南役を受け入れた俺は、今後の方針を話しておこうと思ったのだ。

 行動は早ければ早いほど良い。


 別段それを皆に話す必要はないかと思っていたけど、どうやら菜月に隠し事はできないらしい。


「まぁ、そんなとこ」


「ふーん」


 菜月は鞄を肩に引っ提げて、ぽてぽてと教室内を歩いて行く。

 中ほどまで歩いた所で振り向いて、にこりと微笑んだ。


「でも、途中までは一緒に帰れるでしょ? だから、一緒に帰ろ?」


 俺はどうにもその笑顔から目が離せなくて、一瞬だけ見惚れてしまう。

 吹き抜ける風に運ばれて、グラウンドの土とか、校舎前の花壇の花とか、色々な匂いが流れ込む。


「あぁ、そうだな。一緒に帰るか」


 鞄を掴んで立ち上がると、


「うん!」


 菜月はやっぱりとびきりの笑顔を浮かべたのだった。



   ***



「風が気持ちいいねー」


「そうだなぁ」


 俺達は桜並木をつらつらと歩く。

 時たまなびく風がとても心地いい。


 四月も中頃。

 ほんのりと暑さを感じる西日が木々の隙間から差し込んで、きらきらと輝いていた。


「結乃ちゃんと真白ちゃんとは仲良くなれそう?」


 菜月は風で流れる髪を、手でそっと抑えた。


「うーん、どうだろう。仲良くなれそうな気はするけど」


 同じ趣味を持っているし、仲良くはなれるだろう。たぶん。

 でも問題は、あの人見知りする性格だ。

 あと突然饒舌になる所とか、難儀しそうな所は沢山ある。


「でもまぁ、大丈夫だろ。結構似た所もあるし」


「似た所?」


「一つのことに夢中になる所、とか」


「へぇー、結乃ちゃんも真白ちゃんもそうなんだ。ちょっと意外かも」


 確かに傍から見たら、なんでも卒なくこなして飄々としてそうなイメージはあるかもしれない。

 少なくとも、俺は今日話すまでそうだった。


 でも彼女達には、本気でVtuberとして成功しようという気概があった。熱い魂があった。

 動機は不純だったけどな。


「陽翔。またお節介焼いてるんでしょ?」


「あー……」


 言葉が詰まる。図星だったからだ。


 今回は俺からではなくて、向こうからお願いされた点は違うかもしれない。

 でも結局指南役を引き受けている時点で同じことだ。


「そこが陽翔の良い所でもあり、悪い所でもあるね」


「なんも言えねぇっす……」


「ふふ、そんなしょぼくれないで。どっちかっていうと褒めてるから」


 ころころと笑う菜月に、俺は苦笑いを浮かべる。

 そんな俺を見てまたも菜月は笑うけれど、「でも……」と零して、


「……ちょっとだけ、心配かな」


 ふと立ち止まって、そう言った。


「菜月……」


「なーんて、私の方がお節介だったかな」


 さっきまでの笑顔とは違って、空元気のように力なく笑う姿に、ぎゅっと胸が痛んだ。


「そんな心配すんな。今は詳しく言えないけど、絶対、菜月の心配してるようなことにはならないから」


 それは本心からの言葉で、嘘偽りない言葉で、でもだからこそ菜月にとっては不安なのだろう。


 ――あの日、俺が学校に行かなくなった、あの日のことを思い出すから。


「……そっか。それなら安心だね」


 それはもう作り物の笑顔でも空元気でもなくて、ふんわりと和らぐ笑みが、確かにそこにあった。


「じゃあ私はこっちだから。陽翔、また明日ね!」


「あぁ、また明日」


 背を向けて歩き出す菜月を、俺はしばらくぼんやりと見つめていた。

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