8話 放課後の道すがら①
放課後。
帰りのHRが終わって、教室内に喧騒がやってくる。
鞄を引っ提げて急ぎ足に部活へ向かったり、あくびを嚙み殺しながらとたとたと帰路に着いたり、友人と雑談したり。
そんな風に各々が、この放課後という特別な時間と向き合って忙しくなる頃。
俺は席に座ったまま、ぼんやりと藤白と奈良瀬に目を向ける。
二人は手早く荷物を纏めると、全く飾り気のない鞄をささっと肩にかけて教室から出て行く。
その後ろ姿を目で追いかけていると、廊下に出た二人と目が合った。
どういう表情をしていいか分からないとでもいうように、二人は恥ずかしいような困ったような笑みを浮かべる。
俺がなんとなしに手を振ると、藤白も奈良瀬も面白いくらいに肩を跳ね上げた。
二人はきょろきょろと視線をさまよわせてから小さくお辞儀をして、たかたかと廊下の奥へ駆けて行く。
そんな二人の様子を微笑ましく思っていると、
「おい、陽翔」
クラスメイトの谷口光希が側に立って俺を見下ろしていた。俺とよくつるんでいる友人の一人で、ギターが得意な軽音楽部の軽薄男。
少し長めの前髪が垂れてゆらゆらと揺れている。
「どうした光希。そんな震えて」
肩を震わせて握りこぶしを作っている光希は、今にも爆発寸前といった感じだ。
(あ、これまたしょうもないこと言い出すやつだ)
なんて思ったのも束の間――
「藤白と! 奈良瀬と! 仲良くなるなんてズルい! どんなイカサマ使ったんだ!? 脅しでもしたのか!?」
声を張り上げた光希は、案の定訳の分からないことを言い出した。
いや訳は分かるんだけど、溜めて溜めて言い出すことがそれかよ。
「誰が脅しだ。普通にお昼ご飯一緒に食べただけだよ」
「いやでもだってお昼の時、なんか耳打ちしてたじゃん!? 疑うじゃん!? ズルいじゃん!!?」
じゃんじゃんうるさいじゃん、こいつ。
やべ、つい口調が。
「それ、俺も気になってたんだよね」
そう言って光希の肩にぽんと手を乗せたのは、同じく友人の鳴海悠。
短く切り揃えた髪に180は超えるであろう長身、水泳部で鍛えた大きな肩幅と引き締まった体。
それでいて知的な面を思わせるスクエアの眼鏡から、キリッとした瞳が覗いていた。
「線を引いて誰とも深く関わろうとしなかった孤高のお姫様達が、どうして陽翔にはあっさり付いて行ったんだろう、ってね」
悠はにやにやと口角を上げた。
こいつのことだ。別に俺が脅したなんて思ってないだろうけど、余計なちゃちゃを入れたんじゃないかとは考えてそうだ。
まぁあながち間違ってないけど。
俺は軽く肩を
「俺の巧みな話術と優れた容姿に惹かれたんじゃないか?」
「ブフゥッ!」
その噴き出したような笑い声は、光希でも悠でもなく、俺の後ろから聞こえてきた。
俺はぐるりと首を回し、椅子に座って腹を抱えて笑っている一人の女の子に物申す。
「そんなに笑われると、流石に傷付くんですけど……?」
「だって、なんかすました感じで言うから、面白くって……ぷふっ」
金髪の髪に派手めな化粧。着崩した制服は胸元が開かれ、けたけたと揺れる足はスカート丈が短いせいで際どいラインを行ったり来たりしている。
橘早紀は、端的に言えばギャルだ。
だけれど、楽しそうに笑うその表情と耳元に光るイルカのイヤリングからは、ちょっとしたあどけなさも垣間見えた。
「橘は他と違って俺の良さに気付ける側だと思ったんだけどなぁ」
「気付いてる、気付いてるよ? 気付いてるけど……ぷふっ」
「はいおっけー今すぐに俺の良い所10個言ってもらおうかな!?」
「顔が良いのと……あと面白い所かな」
「全然10個じゃないんだけど……ちなみにどの辺が面白い?」
「……え、全部?」
「存在がってこと!?」
げらげらと笑う橘に、俺は悠と顔を見合わせる。
変なツボに入った時の橘は一生笑ってるからな、もう放っておこう。
悠が、ふっと小さく微笑んだ。
「ま、そういうことにしておくよ。藤白さんと奈良瀬さんが陽翔の毒牙にかからないことを祈る」
「俺は納得してないけどな! 自分だけいい思いしやがって!」
光希は腕を組んでぷりぷりと怒っている。
男がそんなぷりぷりしてても気持ち悪いだけだぞ。
「じゃあお前もお昼誘えばいいじゃん」
「この前断られたの見てたよね!?」
あぁ、確かに二年生になってすぐに話しかけてたような気がする。一刀両断されてたけど。
あまりにも一瞬の出来事で記憶から抜けてたわ。
「光希は3Bだから可能性ないっしょ」
爆笑の渦から生還した橘が吐き捨てるように言った。
「え、3B関係ある?」
「あたしだったら選ばないもん」
「そん……ばかな……楽器やってればモテるって知恵袋に書いてあったのに……」
3Bというのは、所謂付き合ってはいけない3つの職業というやつだ。
バンドマン、美容師、バーテンダー。
理由はそれぞれ異なるが、バンドマンは夢追い人で常に金がないから、らしい。
それでいうと光希は確かに金はないな、うん。
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