7話 彼女達は指南役をご所望らしい②
「……あれ、ちょっと待って。初期から見てるって言った? こころとすいの……ううん、私達の配信」
藤白はそう言って、自ら正体を明かした。
(やっぱり、二人が白羽こころと黒羽すいだったのか)
だが俺は、特にそれに対して言及せずに会話を続ける。
「うん、そうだよ。登録者が5人くらいの時からかな」
「5人!? そんな最初から!?」
「新人Vtuber見るのが俺の日課だからね」
「そうなんだ……コメントとかも、もしかしてしてくれてた……?」
そう尋ねる藤白の声は、震えていた。
なんだ……?
なんか二人の様子が、ちょっと変だ。
よそよそしいというか、不安と怯えが混じっているというか……。
しかし考えてもその理由は分からない。
「コメントもしたね。台本読んでるみたいな感じなの直した方がいいとか、もっと誰でも入れるような話が聞きたいとか、色々言っちゃったけど……」
だから俺は素直に答える。
すると二人は顔を見合わせて、小さく震え出した。
「あのアドバイスくれてたの……」
「全部、下条君……だったんですか……?」
「あー……まぁ、そうだけど……」
(これ、もしかしてまずい状況……?)
莉子の言葉が脳裏によぎる。
二人は俺のアドバイスに耳を貸して改善してくれていたけど、それが嫌々だった可能性はある。
もしかしたら、俺は彼女らに嫌われているのかもしれない。
自然と、喉が鳴った。
固唾を飲んで次の言葉を待っていると、二人は顔を見合わせて小さく頷き――
「「下条君……!」」
唐突に、俺の手を握り締めてきた。
「え、何……?」
「私達、どうしてもVtuberとして成功したいの……!」
「だから私達の指南役として……有名になるための手ほどきをしてくれませんか?」
「し、指南役……?」
指南役ってのはあれか……指南する役ってことか。
いやそんなのは分かりきってるんだけど、え……俺が彼女達のサポートをするってことか?
混乱する俺をよそに、二人は話を続ける。
「最初に配信した時ね、ほんとーに、ほんとーに全然誰も見てくれなくて、いつも視聴人数0か1人で……心折れそうだったの……」
「そんな時に下条君のコメントが来て……最初は偉そうな人だなぁなんて思いましたけど」
「ぐふっ……!」
急に飛んできた言葉のナイフに、俺の心はめちゃくちゃに切り裂かれた。
「言うことにも一理あるので実践してみようって話になったんです。そしたらどんどん登録者も増えて!」
「私達、下条君に感謝してるの! 正直Vtuberとして有名になるために何をすればいいのかとか分からないから、いつかこのコメントしてる人に連絡取って色々聞いてみたいと思ってたの。だから……!」
ぎゅっ、と握られた手に力が籠るのを感じる。
「もし、迷惑じゃなければ……私達に教えて欲しいの……。だめ……かな……?」
不安げに尋ねる藤白だが、その目は真剣そのもの。
奈良瀬もまた、じっと俺の瞳を見つめていた。
正直、俺は迷っていた。
そんなお節介を赤の他人である彼女達にしてもいいのか。
――中学の時、あんなことがあったのに。
状況が違うのは分かっている。
これは彼女達からのお願いであって、俺の独りよがりでも暴走でもない。
だから大丈夫。頭の中では分かっている。
けれど、踏ん切りがつかなかった。
ふと、藤白と奈良瀬と、目が合う。
強い輝きを秘めたその瞳は、教室での姿とは丸っきり異なる。
教室内での二人はどこか他人行儀で、他を寄せ付けない雰囲気があった。
でも今は違う。
寄り添うように、求めるように、願うように、俺を見ていた。
見たこともない、その強い意志。
その瞳を見つめていると、握られた手にぎゅっと力が籠る。
「……分かった。指南役は引き受ける。でもその前に一つ聞きたいんだけど……」
気付けば、そう口にしていた。
どうして承諾する気になったのか、自分でも上手く言葉にできない。
けれども一つだけ、聞いてみたくなった。
それは彼女達の原動力。本気度。熱量。
すなわち――
「どうしてそこまでして、有名になりたいんだ?」
その根幹を支えるものが、一体何なのかということだ。
これ程までに真剣な顔……さぞかし高尚な理由があるに違いない。
それを俺は、知りたくなった。
俺の問いに、二人は表情を崩さない。
真っ直ぐに、俺だけを見つめていた。
そして、その閉ざされた口が、ゆっくりと開く。
「それは……」
「それは……?」
ごくり、と喉が鳴った。
「ぜぇぇぇったいに……! 将来! 働きたくないからだね!」
「楽してお金を! 稼ぎたいからですね!!」
春の生温かい風が俺達の間を通り抜ける。
やっぱり断った方がいいかもしれない……!
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