18話 ダンス部ってダンスをする部活……ってこと?

「結乃も真白も部活入ってないの!? じゃあうちのダンス部に見学しに来なよ!」


 それはお昼休みのこと。

 俺達は朝に話した通り親睦会を兼ねて皆で学食に来ていた。


 食事を終えてのんびりと過ごしていた所、先程の発言が橘から飛び出したのだ。


 ちなみにのんびり過ごしていたのは俺と菜月と悠だけで、光希と橘は藤白と奈良瀬に質問ラッシュをしていたのだが――


「だ、ダンス部……?」


「それってもしかして、ダンスをする部活……ってことですか?」


 どうやら藤白と奈良瀬は橘の唐突な発言に頭をやられてしまったようだ。

 ダンス部……? と頭にクエッションマークを浮かべていた。


「あはは、何その質問。ダンス部がダンスしてなかったらそりゃあダンス部じゃないからね」


 至極当たり前のことを言う橘に二人はやっと意味を理解したのか、慌てた調子で首を横に振った。


「ダンスなんて、そんなのできる訳ないよ……!」


「ダンス部ってあれですよね、なんか凄い短いスカート履いて応援している……あれですよね? …………あんなので人前に出たら死んでしまいます!」


 あわわわ、と面白いくらいに慌てふためく二人を見て光希が突然立ち上がった。


「藤白と奈良瀬の……ダンス部コス!? それってもう最強じゃないか! いい! 凄くいい! 俺が見たいから二人ともぜひダンス部に入ってくれ!」


「光希はブレないなぁ」


「あんたはまたそうやって下心むき出しにしてさぁ……」


 苦笑する悠と呆れた様子の橘に対して、光希は眼鏡をくいっとやるポーズをする。

 眼鏡なしでやるとなんだか間抜けだな。


「見たいから見たいと言う。それの何がいけないというのかね?」


「あたしもチア服着たりしてるんだけど、光希からそんなこと聞いた覚えないんですけど?」


 橘の追及の眼差しに、光希はふっとニヒルな表情を浮かべた。


「…………つまりそういうことよ」


「どういう意味よそれおいこら!」


 突っかかる橘を「まぁまぁ」と菜月が宥める。

 このパターンもだいぶ定型化してきたな。うちのグループのお約束漫才って感じ。

 それ言ったら橘はぶち切れるだろうから言わないけど。


 藤白と奈良瀬以外のメンツは一年の時からの付き合いだ。

 こういうじゃれ合いはいつものこと。菜月も宥めてはいるが別に本気で止めようとしている訳じゃない。


「それで、どう? 結乃も真白も、お試しってことで。ちょっとだけさ」


 光希にヘッドロックを仕掛けていた橘がなんでもない風に藤白と奈良瀬に目を向ける。


 おい、光希の方も見てやれ。ばんばん手叩いてるぞ。


「あー……うー……ダンスかぁ……」


 藤白は困ったように頬をかいて、隣の奈良瀬と顔を見合わせる。


 それを見て橘はハッとして、慌てた調子で口を開いた。


「あ、いや別に無理に誘おうって訳じゃないからね! ちょっと言ってみただけだから全然気に――」


「やってみればいいんじゃね?」


 俺は、橘の言葉を遮った。


「へ? 下条君……?」


「別にただ見学するだけだろ? 合わないなと思ったら入らなきゃいいだけだし、それに……二人にはになると思うよ」


「「――ッ!!」」


 ここで断るのは簡単だ。

 でもそれじゃあ藤白も奈良瀬も変われない。


 いつまでもこちらから線を引いて他人を受け入れないでいたら、当然他人だって二人を受け入れてはくれない。

 そんなことを繰り返していてもコミュニケーション能力は向上しないのだ。


 もしこれがコラボ相手からのお誘いだとしたら?

 誰からの誘いもそうやって断っていたら周りから人はいなくなるだろう。


 トップVtuberになるために、働かないでいるために、楽してお金を稼ぐために。

 今ここで踏ん張れなきゃその願いは叶えられない。


 そういう意味を込めて、俺は藤白と奈良瀬を見つめる。

 二人は俺の言わんとすることが分かったのか、ぎゅっと固く口を結んだ。


 勇気を出すんだ藤白、奈良瀬。

 お前達の覚悟はその程度だったのか?


 二人の覚悟を問いただすかのように、睨み付けるかのように、熱い視線を送る。


 すると藤白は髪の毛をくるくると指で巻きながら、奈良瀬はもじもじと指を合わせながら、


「じゃあ、その、ちょっとだけ……なら……」


「お邪魔させて頂きます……」


 ぽつりと呟いた。


「ほんと!? うわ嬉しいなぁそう言ってもらえて。もちろん押し付ける気はないし入るかどうかは自由だからね。でももし二人が入ってくれたら……うちらの代は歴代最強になるね」


「何が?」


 俺の問いに、橘は真顔で答える。


「ツラが」


「ツラかよ!」


 まぁ確かに藤白も奈良瀬も特級の美少女だし、橘だって二人に負けず劣らずの美人だ。

 歴代最強というのも頷ける。


「陽翔ー、なんかやけに結乃ちゃんも真白ちゃんも陽翔の言うこと聞くねぇ?」


 にやにやと笑みを浮かべている菜月に、俺は同じように口角を上げた。


「二人の弱みは、がっちりと握ってるからな。もう藤白さんも奈良瀬さんも俺の思うがままよ」


「うわぁ、陽翔最低ー」


 そんな辛辣なセリフとは裏腹に、菜月はころころと笑う。


「隅に置けないなぁ陽翔は。これで何人目?」


 悠もまた、からかうように適当なことを言ってきた。


「両手じゃ足りんな……と言いたい所だけど、悠。誤解を招く発言はやめようね?」


「あれ、この前無垢な後輩を手籠めにしたって聞いたんだけど」


「おい、それどこ情報だ」


「光希」


「え、俺とばっちり!? 出まかせやめて!?」


 俺は光希にヘッドロックを仕掛ける。


「ちょ、ま、ギブギブ!」


「光希ならなんか言ってそうなんだよなぁ。本当は心当たりあったりしない?」


「……ソンナノナイヨ」


「誤魔化すの下手くそか!」


 そうして俺達はくつくつと笑う。

 藤白も奈良瀬も、笑っていた。



 それでいいんだ。

 他人の懐に入るのを恐れるな。


 自分をさらけ出すのを恐れるな。


 信頼関係は時間だけが生み出すものじゃない。

 どれだけ心を開けるか、相手のことを知ろうとできるか、興味を持とうと努力できるか、そう言った自分の中の心構え一つで生まれるものなんだ。


 藤白も奈良瀬も、きっと自分は陰キャだからコミュ障だからって、そうやって自信をなくして臆病になっているのかもしれない。


 俺はふと思い出す。

 友達が欲しいと言っていた昨日の二人のことを。


 そして今、俺も光希も悠も、菜月も橘も藤白も奈良瀬も、みんな笑っている。


 あぁ、大丈夫。

 大丈夫だ。


 二人が望むものをあげられているという事実に、酷く安堵している自分がいた。



 ***



「さぁ結乃、真白。早速部活に行くよぉ!」


 橘は帰りのHRが終わるや否や、藤白と奈良瀬の席まで行ってるんるん気分で二人を連れ出そうとしていた。


「くそぉ、いいなぁ……俺も見学行きたい」


「光希も部活あるでしょ。ほら、ぶつくさ文句言ってないで行くよ」


「早紀! 頼む! 写真を撮って後で俺に送ってくれぇぇぇぇ! 頼んだぞぉぉぉぉ!」


 なんて情けない捨て台詞なんだろう。

 光希は未練たらたらのまま、悠に引きずられて消えて行った。


「じゃあ菜月、俺達も帰るか――」


「え、下条君は私達と一緒にダンス部だよ?」


「え?」


 俺も行くのか……?

 てっきり後のことはよろしくって感じだと思ってたんだが。


「だって下条君が二人の背中を押したんだから、最後まで見届けるのが筋ってもんでしょ」


「そう……なのか……?」


 そう言われるとそうかもしれない。

 いや本当にそうか……? 分からん。


 分からんが、まぁ別に同行して困ることもないからいいか。


「あ、それなら菜月も一緒にどうだ?」


「ごめん、私今日はお父さんの相手しなくちゃいけないから……」


「あーおじさんの……それはご愁傷様です」


 おじさんはパワフルだからな。

 たまに相手しないと子供みたいに駄々こねるし、結構面倒くさい相手だ。


「最近陽翔が顔見せに来てくれないって嘆いてたよ?」


「……うん、まぁ……気が向いたらネ……」


 あの人の相手は命がけだからできるならお断りしたい。

 このままのらりくらりと限界までかわさせてもらおう。


「じゃあ、行ってくるわ。おじさんによろしく」


「はい、行ってらっしゃい」


 ふわふわと微笑む菜月に軽く手を振り、俺はひと足先に教室を出た。


「菜月、ごめんね。下条君借りてくねー!」


 橘も藤白と奈良瀬を連れて後に続く。


 藤白と奈良瀬のダンス部コスか……。

 橘のは前に見たことあるけど、結構可愛かったからな。きっと二人も似合うに違いない。


 期待に胸を膨らませて、俺達はダンス部の活動場所である講堂へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る