3話 Vtuberの中の人①

 自室にて正座待機していた俺は、食い入るように画面に映る二人を見つめる。


 白羽しらはこころ。

 まるで天使のような真っ白な羽と銀髪の髪をした美少女Vtuber。甘いボイスがヘッドホンから俺の耳にダイレクトで到達し、鼓膜がカワボに侵食される。


 黒羽くろはすい。

 悪魔のような真っ黒な羽と漆黒の髪。少し冷淡な声音から吐き出される敬語口調は、俺の火照った体を優しく冷まし、否応なしに胸を締め付ける。


 可愛い。とにかく可愛い。

 可愛すぎて心拍数が変に上昇しているのが分かる。


「声も可愛いけど、やっぱりガワが新人の個人勢とは思えないほどクオリティ高いな」


 Vtuberのガワ――つまり画面上に出ているキャラクターを作るには、それなりにお金がかかる。

 キャラクターデザインはイラストレーターさんにお願いしないといけないし、そこからモデリングするのにもお金がかかる。


 価格はピンキリだけど、普通は数十万円というお金が吹き飛ぶのだ。

 企業所属のVtuberならまだしも、個人でそれだけの大金を趣味に投じれる人は少ない。


「こういう埋もれた逸材を探すのが、スコッパーの醍醐味だよなぁ……」


 星の数ほどいるVtuber。その中から新人を中心に視聴し、隠れた逸材を探し当てる。

 それはまさに宝探しだ。


 ここは玉石混交のVtuber界隈。

 数多の石ころの中で一際輝く宝石を見つけた時の感動は、俺をスコッパーにするのに十分過ぎる魅力を放っていた。


 俺は二人の雑談に舌鼓ならぬ耳鼓を打ちながら、カタカタとキーボードを叩く。


「――ぃ。――のか?」


 その時、ヘッドホンの外から何か聞こえた。

 でもまぁ、多分気のせいだろう。そういうことにした。

 俺は今コメントを打つのに忙しいんだ。


 どんどんどん、とドアを叩く音がする。


「――ぅ。――じゃな」


 今日の配信の視聴人数は……5人か。

 まだまだ少ないなぁ。


 そんなことをぼんやりと考えていると、ぴたりとドアの叩く音が止んだ。


(あ、これ……嫌な予感)


 そう思ったのも束の間――


「でぇぇぇぇぇぇい!」


 部屋のドアが、思いっきり開け放たれた。


あにぃ! なぜ我を無視するのじゃ! 聞こえておったろう!?」


 現れたのは中学三年生の我が妹、下条莉子。

 低い背丈、長い髪、そしてバグった口調。


 我が妹は、のじゃロリだった。


「鍵かかってないんだから勝手に入ればいいだろ」


「何ぃ? 自室で卑猥な動画鑑賞でもしてると思って配慮したというのに、なんじゃその言い草は」


「いらねぇよそんな配慮!」


「ほう……本当にいらないのか?」


「……いります」


「うむうむ。素直が一番じゃ」


 莉子は頷くと、俺の頭に両手を乗せてパソコンの画面を覗き込む。


「また新人探しか。兄ぃも好きじゃのぅ。そんな木っ端共を見ても、大体ハズレじゃろうに」


「これが俺の趣味なんだよ。今の推しはこの二人だ」


「白羽こころと黒羽すい……知らんな」


「そらそうだ。まだチャンネル登録者数50人もいってないからな」


「このガワでか? そらなんとも珍妙な」


 世はVtuber戦国時代。ガワがいいだけで人気が取れるような甘い世界ではないのは確かだ。

 しかし、それでもやはりキャラデザの力というのはまだまだ侮れない。


 ガワが良くないとそもそものスタートラインにも立てないのだ。

 それでいうと二人のガワは十分に合格ライン。しかも女の子だ。

 それだけでフォロワー数百人いてもおかしくはないけど……。


「この二人、SNS使ってないみたいなんだ」


「……阿呆なのか? こやつらは」


 告知や宣伝、更には他のVtuberとの横の繋がり等、SNSにはフォロワーを増やす手段が多く眠っている。

 それらを駆使するのは最早常識だ。


「SNSを使わずに頂点に上り詰めるのは至難の業。それが成せるのは限られた一部の天才だけじゃ。この、我のような、天才、だけじゃ!」


 ばーんと効果音がなりそうなほど華麗に決めポーズをする莉子。

 だが俺はそんなふざけたポージングよりもよっぽど物申したいことがあった。


「おい待て。お前のSNS運用は俺が全部やってんじゃねぇか。何自分だけの力みたいに言ってんだ」


「ふっ、あんなめんどっ……些末なこと、我には必要ないのじゃ。何せ我はフォロワー100万越えのトップVtuberだからな!」


 ない胸を張り上げる莉子に、俺は胡乱な目を向ける。


 確かにこいつは自他共に認めるトップVtuberだ。

 そのキャラがのじゃロリだから現実でものじゃのじゃ言っている変人ではあるが……まぁ、実力があるのは認めよう。


 だが――


「ふーん。じゃあ俺もうSNS運用やんないから。後はご自分でどーぞご勝手に」


「あ、嘘。嘘じゃ! 我が悪かった! ちょっと調子に乗っただけなのじゃ! 後生じゃ! 頼むから我を見捨てないでくれぇ!」


「莉子がド底辺Vだった時に色々アドバイスしてやったのは誰だったのか、もう忘れちゃったのかぁ……お兄ちゃん悲しいなぁ……悲し過ぎてSNSアカウント誤って消しちゃいそう」


 俺は手に持ったスマホにぷるぷると指先を近付ける。


「あ、ちょ、ま、待って! だめ! それだめ! お兄ちゃん! 待ってって! 分かった! 私が悪かったから! ごめんなさいぃぃ!」


 俺は腕に縋りつく莉子に、にこりと笑みを浮かべてみせた。


「分かればよろしい」


「……兄ぃは鬼畜じゃ」


 ぶつぶつと文句を垂れる妹を無視してパソコンの画面に集中する。


 莉子のせいで最初の方のトークを聞き逃してしまった。

 後でアーカイブを確認せねば。


『それでね、今日はとんでもなく恥ずかしいことがあったんだよー。皆聞きたい?』


『あれはびっくりしましたね』


 二人のトークに耳を傾けていると、莉子がヘッドホンの片方を外して顔を寄せてきた。


「なんか……普通じゃな」


「そうなんだよなぁ」


 二人ともガワはいいし声も可愛い、けど……いかんせん普通過ぎる。

 個性がないのだ。


 今現在、Vtuberは数万人近く存在しているビッグコンテンツだ。

 当然ガワが良くて声も可愛い子なんて腐るほどいる。


 その中で目立つためには個性が必要となる。

 この子のために自分の時間とお金を使いたいと思わせられるほどの個性が。


 俺は真横にいる莉子をじっと見つめる。


「なんじゃ、そんなに見つめて。いかに兄ぃとはいえ、妹に惚れるのはいかんぞ」


 体をくねらせてふざけたことを抜かしている妹を見れば、個性というものを強く実感する。

 こいつは個性の塊だ。

 そりゃあフォロワー100万人も行くよな、と納得できるほどの個性。


 彼女達には、それがない。

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