「今夜はこの絵の周りで火を焚いて、ライトアップみたいにせえへん?」

「お前、元気だね……」


 この島に飛ばされてからの、二度目の夜明け。

 人間、二日三日のサバイバルと乏しい食料というだけではなかなか死なないモノらしく、前日におかしなものを食べた僕も上と下で随分排泄したおかげか幾分か体が軽い。

 チョコ菓子とパンとミネラルウォータースゲエってマジ思います、はい。

 カロリー量だけで言ったら結構あるから、それなりに今日も活動できそうだな。

 この島の季節が現段階で冬なのか秋なのかはよくわからないけれど、茂みの方に分け入ればそれなりに枯れ枝や枯草は存在する。

 ライターを持っているおかげもあって火を起こすことだけは不便もなく、そこに関してはありがたかった。

 クソ不味い巻貝と蟹を少しだけ食べてみたものの、今回は体調不良も襲ってこない。

 生水を飲んだニャー子もとりあえず平気そうにしているので、僕も沢まで行って直接に手で水を掬って飲んだ。

 甘露とはこのことか!

 と、脳内美食倶楽部の代表者が顔アップで叫んだほどに美味しい水だった。


「木のツルを紐代わりにして釣竿が作れないかな……」

「あたし、北海道のクマが鮭をチョップでバシーンって弾いて狩るやつ、あれやってみたいねん。子供の頃からの憧れやねん。沢に魚とかおったかなあ……」

「やめろ、風邪ひくから」


 キツネと言いクマと言い、ニャー子はなにか北海道的なものに特別な思い入れでもあるのだろうか?

 まったくもってお恥ずかしい話ではあるけれど、ヤることヤって精神的にも肉体的にもすっきりしたせいか、僕は生き続ける意志と気力を取り戻していた。

 この状況で多少頑張ったところで、助けが来なければ詰みだという考えは変わらない。

 それでもニャー子と二人で、やれることだけはしっかりやった上で天命を待とうという心境に変わったのだ。

 僕はどうなってもいい、ニャー子だけでも、と最初は思っていた。

 でもきっと、僕が先に死んだらニャー子は悲しむのだ。

 なら、ニャー子を悲しませないためにも二人一緒に足並みそろえて頑張るしかない。


「森の方ももう少し、なにがあるのか詳しく見てみないとな……」

「ある~日、森の中♪」


 ある意味不吉な歌を口ずさむニャー子と共に、茂みを分け入って島の中央部へ向かう。

 今日は気温が高いので、沢で水回りの作業をしてもそうそう体は冷えないだろう。

 燃料に関しては今のところ心配することもないしな。

 などと作業的なことに考えを巡らせていると、少しモジモジした様子でニャー子が僕の服の袖を引っ張る。


「……ごろちゃん、あたし、体洗いたいねんけど」

「!? わ、わかった。覗かないように、でもこの近くで見張ってるよ。焚火の準備とか、しとこうかな!」


 自分の中の邪念を払うように無駄に大声を出しながら、僕はニャー子が沐浴している間に枯れ枝や枯草を一か所にまとめていた。

 その時、聞き慣れない異音が木々の奥から聞こえてくるのを確認した。

 グルルルル、ガフゥゥ……。

 そんな、なにかが唸るような物音だった。

 まずい、これはきっとヤバいやつだぞと思い、沢の水で体を洗っているニャー子に知らせ……ってそれ覗きだ!

 まあそんなことは言ってられないから構わず凸らざるを得ないけど。

 緊急事態だからそうしたまでで、断じて裸のニャー子が水で体を洗っているシーンを凝視したいから全力で森の中を走っているわけではないことをご理解いただきたい。


「ぶべっ!!」


 くそ、頭の中が邪念に満たされていたせいか、天罰が下って木の根っこに足を引っ掛けて転んでしまった……。

 ただ転んだだけで、特にどこの骨が折れているわけではないなと自分の体を確認し、再び走り出したその瞬間。


「グルァァァッ!!!」


 今しがた、僕が転んで臥せっていた場所に巨大な獣が躍りかかり、太い前足とその先端に備えている爪を振り下ろした!!!

 う、動き出すのが一瞬遅れていたら、僕の体は獣の爪に完全に引き裂かれていた……。


「フシュルルルルル……」


 額に角が生えた、赤い虎。

 今しがた僕を襲って、そして舌なめずりをしている獣を表現するならそんな感じだった。

 体は、大きく、中型~大型のクマ程度はある……。

 声を、声を出さないと。

 ニャー子に、ここは危険だと伝えないと。


「あ、ぅぁ……」


 しかし、恐怖と緊張による体の硬直で、僕は大声を張り上げることができなかった。

 ならここで食い止めなければ!

 こいつがニャー子の元にたどり着かないよう、ここで僕が足止めをしなければ!

 くくそ、動け、僕の体! 声を出せ、僕の喉!


「にゃ、ニャー子ぉーーーー!! 逃げろーーーーーー!!!」


 なんとか大声を振り絞った僕に、目の前の獣は一瞬怯むような動作をして後ろに下がった。

 しかし、僕がそれ以上の脅威にならないと判断したのか、次の瞬間には咆哮を上げて跳びかかってきた。

 ああ、ニャー子と一緒に、奈良に帰りたかったな。

 結局何にもなれなかった僕だけれど、ニャー子が愛おしいと思うこの気持ちだけは本物だった。

 一緒に奈良で働いて、ニャー子が喜ぶような絵をたまに描いて……。

 ああ、そんな未来もきっとあったんだろうな。

 ニャー子、いつまでも笑顔を忘れず、幸せにな。

 そう思って目を閉じた僕に、とどめの一撃は振りおろされなかった。

 代わりに、ドギュッ! という鈍い音が鳴ったのが聞こえた。


「ガォ……ブギャァァ……」

「え、ちょ、うわわわ……!」


 うめき声を上げながら、一角虎は力を失って僕の上に崩れ落ちた。

 見れば、虎の額を貫くように、一本の弓矢が刺さっている。


「なんでこんなわけのわからん魔獣と人間がこの島にいるんだぁ?」


 わなわなとふるえている僕の耳に、ハスキーな女性の声が聞こえた。

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