「おおー、でっかいキツネさんの絵や~♪」

「お帰り。水は……汲めなかったか」


 どうにかして水を汲んで帰ろうと苦戦格闘した跡がニャー子にはあった。

 彼女の持っていたバッグも着ている服も履いている靴も、びしょ濡れだったから。


「う、うん……ごめんな。でも美味しい水やったで? あたしがなんともなかったら、あとでごろちゃんも飲んできたらええよ!」

「ば、バカっ! 生のまま飲んだのかよ!」

「喉、乾いとったし……」


 ばつが悪そうに目を伏せるニャー子。

 再会して島に飛ばされてはじめて、僕はニャー子に対して声を荒げてしまった。

 ああ、こんな顔をさせるつもりじゃなかったのにな。


「ご、ごめんごめん。怒ってるんじゃないんだ。ただ、喉が渇いたならさ」


 僕はペットボトルの水のキャップを外し、ニャー子に渡す。


「ごろちゃん……」

「僕も、半分貰うよ。お腹空いたから、残りのパンも食べちゃおう」

「う、うん、せやね!」


 僕たちは二人で水を分け合い、大事に大事に味わって飲んだ。

 食事を終えて夕陽を見ながら、僕は砂浜に描いている途中の絵の仕上げにかかった。

 だだっ広い白砂のキャンパスに、その辺で拾った流木の筆で、大きな大きなキツネの絵を描く。

 いつだったか、ニャー子の家族と僕の家族で動物園に一緒に行ったとき、キツネを可愛い可愛いと連呼していたのを思い出したのだ。


「なんや、キツネ見てたらうどん食べたなって来たわ~」


 ある意味この状況で残酷とも思えることを、ニャー子は笑顔で言う。


「あー、ええなあ。けつねに玉子のっけて、一味どばどばぶっかけて食いたいわあ」

「ごろちゃん、東京弁から関西弁に戻ってるやん。笑える~」


 おっと油断した。


「あたし知ってるで。ごろちゃんがカッコつけて東京弁喋っとったんは、小さい頃から漫画家になって東京でデビューするって決めてたからなんやって」

「僕の黒歴史を一々掘り返すなや。これだから幼馴染は」

「……ほんまは、東京の大学行くつもりやったんやろ?」


 なんでそんなことをニャー子が知っているんだろうと驚く。

 思い当たる節がないわけではないけれど。


「うちの親に聞いたのか? まあ、そうだな……結局色々あって大阪にしたんだけど」


 田舎を、関西を離れて東京の大学に行けば、自分の中の何かが変わるとあの頃の僕は思っていた。

 それこそ文科系サークルで仲間と切磋琢磨して、好きなイラストや漫画を描きつづけて、在学中にデビューとかできるかもくらいのことを想像しなかったことがないとは言えない。

 でもそれは間違いで、結局それができる奴はどこで暮らそうとそれができるだろうし、できなかった僕はどこの大学に行ったところで、結局できないまま大学生活を終えていただろう。


「後悔しとる?」

「いいや、東京の大学に通ってたら、あのタイミング、難波発の電車の中でニャー子に再会できなかったと思うしな」

「いやいや、ええ風に言っとるけど、どこの大学に行ったってたまに奈良に帰省くらいするやろ。帰って来たついでにうちの家に顔くらい出してもええやん」

「いやまあ、年頃の男子なんで、そう言うのは照れ臭いっていうか……」

「男子ってめんどくさいわ~」


 ニャー子とは別に雰囲気が悪くなって疎遠になったとかそう言うこともない。

 高校生時代も家の近辺や駅前で顔を見かけたときに、他愛ない挨拶や世間話を交わす程度には気さくな間柄だった。

 ほんと、ただ照れ臭いってだけで頻繁に遊ばなくなったんだよな。

 バカな話だなと思う。

 会って話せば、こんなに心が落ち着くのに。

 この子が大事だと、今になって心の底から思い知っているというのに。


「なあ、ニャー子」

「うん?」

「ニャー子が好きだ。ニャー子といると、元気になれる。幸せな気分になる」

「あたしも、ごろちゃんが好きやで。ずっと前から」

「今まであんまり会わなくて、寂しい思いさせてたか?」

「せやな~、めっちゃ寂しかってん。でも今は二人っきりで、ぴったり一緒にいられて、幸せやで……」


 そう言ってニャー子は僕に肩を寄せてきた。

 出来上がった砂浜の巨大絵を二人で眺めながら、僕たちはしばらく満月の下で肩を寄せ合って。

 そのうち、どちらが言い出したわけでもなく服を脱ぎ、体を重ね合って眠りについた。

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