四
絶賛、下痢です。
もちろんニャー子からは見えないところ、茂みの中に入って用を足しています。
上のお口からも二回ほど吐きました。
原因がどの食材かというのは良くわからないし、火の通りが甘かったから何か細菌が残っていたとかそう言うたぐいの症状かもしれない。
ただ一つ確かなことは、今日のうちに集めた食材で安心して食べられるもの、ニャー子に食べさせることができるものはいまだ未確定ということだけだ。
持っててよかった、ポケットティッシュ。
もっとも、僕が現在進行形で何枚も使ってしまっているので、もうすぐなくなる……。
「ごろちゃん、お水だけでも飲める?」
「……また吐くかもしれないし、今はいいよ」
シリアスに、ヤバくなってきたな。
嘔吐と下痢で僕は体中の水分をかなり失ってしまっている。
この分だと、おそらく脱水症状で近いうちにダウンしてしまうだろう。
ニャー子の持っている水は本当に最終手段で、僕は島で真水を確保できたらそっちを優先して使いたいと思っている。
しかし、良く考えるとここの生水は飲んでも平気なのだろうか?
軽い気持ちで飲んだら、また嘔吐や下痢との戦いになるのではないか?
水を沸かして飲みたくても、鍋がないのにどうやって?
食べ物の確保もままならない状態で、この先どうしたら?
今は天気がいいから助かってるけど、天幕のないこの状態で雨が降ったら一発で病気になってしまうんじゃないか?
出すものを出して体調の方は落ち着いた。
体中が衰弱しきっているのを感じるけど、意識だけはしっかり持たないと。
「……ニャー子、ヤバいのは、あのタコみたいなやつかもしれない。あれは食べるな」
「そ、そうなん?」
「根拠はないけどね。ただ、巻貝みたいなのと蟹みたいなのは食べるところが少なかったから、僕はちょっとしか食べてないんだ。なにしろ不味かったし。でもタコみたいなやつは足を一本まるまるかじって食べたから、もしも体調が悪くなった原因が食べ物だとしたらタコの可能性が一番高いかなって思っただけさ」
もう、ニャー子を無事に帰すことだけを考えた方がいいかもしれない。
だったらここの生水を飲んでも大丈夫かどうか、一刻も早く、僕の体で確認しないと……。
「ま、まだ起き上ったら、アカンて……」
「大丈夫だって。僕の方がお兄ちゃんなんだぞ、心配するなよ」
ニャー子は小さい頃からのほほん、のんびりしていて他の友達の後ろをちょこちょこついて行くタイプの子だったと思う。
家が近かったこともあって、僕も山の中とか、川の近くとかで遊んでるときに、ニャー子を子分代わりに連れ回したなあ。
ちんちくりんの林檎ほっぺで、典型的な田舎の女の子って感じの子だったんだけど。
もう、学校を卒業して社会に出て、働いてるんだよな。
保育士さんなんて、立派な仕事だと思う。
未来のある子どもたちを面倒見て、育てて。
まだまだニャー子は新人の駆け出しだろうけど、気持ちのあったかい、いい保育士さんになるんだろうって想像がはっきりとできる。
「な、なんなん? あたしの顔、ずーっと見て……」
「いや、久しぶりに会ったけどニャー子があんまり変わってなくて、安心したんだ。そのことをまだ言ってなかったなーと思ってさ」
「え、え~、あたしだってそれなりに変わったし、大人になったんやで? まだペーペーやけど、仕事行って社会人の苦労味わっとるしぃ」
「ははは、ごめん。立派な大人に今まさになってる途中なんだよな、ニャー子は」
「せやねん。いつまでも田舎の子供とちゃうねんから」
僕は……なにもないからなあ。
漫画を読んだり、イラストを描いたりするのが好きだった。
だから大学ではその手のサークルに入ったけれど、真剣に絵を描いているやつにはついて行けず、ただ遊んで消費してるだけのオタクにもなりきれず、中途半端な状態でサークルからは足が遠のいてしまった。
食べていくためとか、親を安心させるためとかで地元の企業に就職を決めたけれど、そこで働くことに実感や覚悟なんて一つもない。
おそらくこのまま、僕は何にもなれないままただ働いて、ただ生きていって、ただ死ぬんだろうなということを最近ちょくちょく思うようになった。
なにもない僕と、すでに何かを成し遂げつつあるニャー子と、どっちの命が優先されなければならないかなんて、考える余地もない……。
「十分休んだし、もう大丈夫だよ。沢の方に水を確保しに行こう」
「いや、ゴロちゃん休んどってええって。あたしが行くし」
「いいんだ、僕が行きたいんだ。ニャー子のために、何かしたいんだよ」
僕の言葉にニャー子はハッとしたような表情を浮かべた。
あ、まずいなこれは。
ニャー子は悟ってしまったのかもしれない。
二人とも、あるいはまず先に僕の方が、もう絶望的であるということを。
「……せやったら、あたしがお水汲んで来る間に、ごろちゃんにして欲しいことがあんねん」
「ん、なんだ?」
「砂浜にな、でっかく絵を描いてほしいんや。なんでもええけど、可愛い動物の絵とかな」
「なんでそんなこと……」
「あたし、ごろちゃんの描く絵が好きやねん。ほら、ええ感じの棒もあるし、砂浜こんなに広いしな? そ、それに、でっかい絵を描いたら、ヘリとか飛行機とかから見つけやすいかもしれへんやろ?」
助かるための目印、というのはニャー子なりの方便だろう。
ニャー子も僕たちの最期が近いことを確信したのだ。
それでも恨み言も泣き言も言わずに、今したいこと、今できること、自分たちの好きなことをやろうと言って僕を元気づけてくれているんだろう。
ニャー子だけでもなんとか無事に、帰してやりたかったんだけどな……。
どうやらそれは僕の力では及ばない願いらしい。
「わかった、水の方は任せたよ。なにに入れて汲んで来るつもりだ?」
「あたしのハンドバッグ、合皮やしな。多分漏れんで水くらい運べると思うんや。バケツみとおな感じで」
「そっか。無理はするなよ。行き帰り気を付けてな」
「うん。その前に、チョコ食べてまおや」
「そうだな、うん、キノコも美味いな。スナックの部分がカリカリしてて気持ちいい」
「あたしは普段、タケノコしか買わへんのやけどな。これは難波でなんか福引したら貰ったんや」
「キノコ派じゃなかったのか……」
遠慮することなかったかもな、そう思うとなんだかおかしかった。
水を入れた容器は火にかけても燃えないの理屈で、ニャー子のバッグが上手く水を入れられたならそれを沸かすことができるかもしれないな。
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