第3話すれ違い

黒川は朝の始発の電車で会社に向かう。

会社に到着するのは、朝の6時半だ。誰もいないオフィスでメールの確認をして、予定表を見て、喫煙所で缶コーヒーを飲みながらタバコに火をつける。

朝のこの時間帯は、手当てが付かないので、手書きの書類に2時間増しの残業時間を提出している。

それは、現場の暗黙の了解だった。

日比野課長も、そうしなさいと言う。

船舶の入港は、時間なぞ、お構い無しだ。

誰かが犠牲にならなくて行けない。

だから、倉庫管理責任者の黒川が朝イチで出勤するのだ。

8時半から業務開始だが、7時45分には日雇い労働者が集まる。

最近は、若い子から年寄り、はたまた外国人の労働者が目立つ。中間層がいないのだ。


8時半、業務開始。

デスクで書類整理していると、

「おはようございます」

と、トラックの運転手が言って事務所に入って来た。

「あら、八田さん。今日はえらい早いね?」

「はい。ニンジンを運べって言われて。この後は小麦粉です」

「大変だね」

「黒川さんは、6時半には出勤していると荒畑部長が言ってました。大変ですね」

「まぁ、誰かが犠牲にならなきゃね。はい、ハンコ。行って良いよ」

「ありがとうございます。また、来ます」

「うん、あ、八田さん。いつも何通勤?」

「ぼ、僕ですか?バスですけど」

「今日さ、オレ定時で上がるから、軽く飲まないかい?」

「良いっすよ」

「じゃ、そうだな。あおなみ線の稲永駅で待っててよ」

「はい」


黒川は八田と飲むつもりだ。

八田は、昼休みに妻の弥生にLINEで、

『黒川さんと、飲んでから帰る』

と、送った。返信がきた。OKらしい。


18時過ぎ、黒川が稲永駅に到着すると既に八田は待っていた。

「待たせたね」

「いえいえ」

「あおなみ線で名古屋駅まで出ようか?」

「はい」


2人はあおなみ線に乗り、名駅裏の焼き鳥屋に向かった。

ここの、ねぎまは、ねぎまぐろである。

それが、また美味いんだ。

2人は生ビールで乾杯して、

「まさか、黒川さんに誘われるとは思っていませんでした」

「いや、八田さんが余りに真面目だから誘ってみたんだよ」


八田は、店内は暖房が効き過ぎて服を1枚脱ぎたかっがやめた。

実は、入れ墨が入っているのだ。

八田は、黒川にそれがバレたらまずいと思い脱ぐ事が出来ないのだ。


「八田さん、暑いでしょ?脱げば?」

「大丈夫です」

「もしかして、入れ墨?大丈夫だよ。港湾関係者は入れ墨の人が多いから」

と、黒川が言うと八田はTシャツ姿になった。

少し、見える程度だった。


「八田さんは、結婚して長いの?」

「5年目です。授かり婚で」

「へぇ~、オレ半年前に失恋しちゃった」

「理由は何ですか?」

「オレより、IT企業の男の方が良いらしい」

「……そんな理由で」

「女って、分かんないよ。9年間交際していたのに!」

「辛いですね」

「うん。まぁ〜、次はマイルドな女性が良いな。瀬戸内寂聴見たいな」

「……この数年前に亡くなりましたよね」

「うん。あの人、自由奔放だったからね」

「そうでしたか」


2人は2時間ほど飲んで帰宅した。

黒川は途中、コンビニへ寄ったのでそこで八田と別れた。


「ただいま」

「あら、直樹君お帰り」

「楽しかったよ。勘定は黒川さんが支払ってくれた」

「今度、お礼しなきゃね」

「うん。良い人だった」


ガタン


隣の住人が帰宅したようだ。


「あぁ〜、今夜の酒は美味かっなぁ。どこかに女、転がって無いかなぁ〜。……ダメか。歯槽膿漏気味だし」


「直樹君、ご飯食べる?」

「梅茶漬け」

「はいはい」 

息子の純也は、きかんしゃトーマスをみていた。


翌朝。

5時。

黒川は目が覚めた。そこから、歯磨き、ひげ剃り、着替えて5時40分の始発の電車で会社に向かった。


八田直樹は、お隣さんのドアの締める音で目覚めた。

『お隣さん、朝、はえ〜なぁ』 

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