第3話 マルチ 前編

 たまに入るバイト先の友達に飲んでいた。すると友人B佳が切り出してきた。

「あのね、この間、別の友達と居酒屋で飲んでいた時に知り合った人なんだけど…」

「ほぉ…」

(恋バナか?)


「なんかね、ネットの中のお店の権利を買わないかって」

「ほほぅ?」

 その頃はまだガラケー時代。PCなんて会社で使うものであって個人はあまり持っていない時代。インターネットっていう言葉が出始めたばかりの時代。


「で、是非!友達にも話を聞いて欲しいって言うんだけど!!いいかな?ね?ね?お願い!」

(う~~ん…断りづらい…)

「いいよ…」

「ありがとうっ!!」

 ものすごい笑顔でお礼を言われた。その日はそれからは普通に楽しく飲んだ。


 大学の法学部に行っている友人に相談してみた。

「うん、マルチだね」

「マルチ?」


「うん、ねずみ講は知ってる?」

「大体は?」


「一人が二人紹介して、そのまた二人が二人ずつ紹介してってどんどん増えていくヤツね。ねずみ講は犯罪だから知ってるよね?」

「うん、ニュースで聞いた事がある」


「マルチも同じように一人が二人を紹介して、そのまた二人が二人ずつ紹介してって増えていくんだよ」

「ねずみ講と一緒じゃん!何が違うの?」


「うん、ねずみ講は金だけだから犯罪。マルチ商法は一応商品の売買を伴っているんだよ。だから犯罪じゃないんだ。スレスレって事。とにかくその日はハンコ持って行っちゃダメだよ」

「あぁ、なんかハンコ持ってきてってめっちゃ念を押されたわ。そういや…」


「うん!絶対ダメ!分かった?」

「分かった」



 指定された日。場所は駅にある大きいファミリーレストランだった。

「こんにちは!君が友達の鴨居(仮)さん?」

 めっちゃ爽やかなスーツ姿の男性がそこには友人と立っていた。


 席に誘導される。その席は角の席だった。2面壁。

壁と壁にくっつく席に私。その隣に友人B佳。そして対面にさわやかスーツ姿の彼。


(あぁ、この座り方…もうめっちゃアカンやつやん…)

 この時点で私は腹をくくった。



 そう、実はわたくし…似たようなバイトをした事があるのです…

 それはブランドとコラボをした化粧品の販売という事での募集。田舎のくせにそこそこに良いバイト代。飛びつきました。


 持ち物は…卒業名簿。あの時代、卒業アルバムに卒業生名簿なるものがあったんですよ。今じゃ信じられないと思いますが、なんと!親の働いている企業名まで入っていた。個人情報駄々洩れな物があったんです!!昭和恐るべし!


 蓋を開ければ、友人宅に電話をかけまくり、来てもらってフェイシャルエステを体験してもらうというバイトでした。でも、抜けているのは「歩合制」じゃなかった事。「時給制」だからね、掛けているフリしてました。あとは電話に出てもらえなかったフリ。


 で、そこでいただいたのがマニュアル…


友人来店

友人体験

体験後、私、友人、社員で話す。

座り方は友人が壁際奥、その横は私。その対面に社員。

つまり、簡単には逃げられない位置に座らせる。

肌写真を見せて10年後こんなシミ増えますと

不安を与える

エステを続ければシミはできないし綺麗になる

希望を持たせる

社員が感想など聞きながら、エステのメニューや、商品を説明する。

今日だけの限定価格を提示する

社員が席を立つ

その間に私が友達から本音、不安を探る。

社員戻る。私が不安を説明する。

社員、その不安を打ち消す説明をする。

「今なら…」「今日なら…」限定説明をもう一度する。

今を逃すと損をするという説明。

人間は損失を避けようとする心理的傾向『損失回避の法則』利用

私「一緒に頑張ろうよ」

あくまでも『一緒に』一人じゃないよを強調する。

契約


この流れがセリフ付きでマニュアルとして渡されていたのです。

うん、すぐ辞めました。しかし卒業名簿は返却されず。


座り方が正にそれ!それやないかぁい!!だったのです。

もうヤバみしか感じなかった…


さぁどうする?




 





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