#27 異世界の秘密Part02


「魔獣じゃないよ……人間なの……これ?」

「……な、なんなんだよ、いったい」



そこにはキラキラ光る木が生えていて、その木の中に同化するように人が氷漬けにされていた。いや、木というよりも、巨大な枝にも見える。地面から生えた巨大過ぎる枝だ。幹がなく、太い枝から幾重にも枝分かれしている。



五〇階は巨大なホールになっていて、広い空間にその巨大過ぎる枝があるだけ。やっぱりウィンサーム国立図書館の文献は当てにならない。魔獣なんてどこにもいないじゃないか。それにこの木と人はいったいなんなのよ。



『ようやく来ましたか。運命に導かれし者よ』

「誰?」

「……なにかが喋ったぞ?」

『あなたの目の前にいる者です。リグニスの末裔よ』

「え……リグニス?」



リグニスといえば、おとぎ話のリグニスの魔女しか思いつかない。



『あなたがここに来ることは運命なのです。勇者リグニスの末裔よ』

「……運命なんて安っぽい言葉で片付けないで。ちゃんと説明して」



ハルトとは運命で結ばれている、なんて思っていたあたしが言えたセリフではないけれど、運命という言葉はすべての事象の説明を省ける便利な言葉だ。全然論理的じゃない。



『そうですね。順を追って、いえ遡ってみましょう』



女はそう言って目を開いた。赤い目だった。暗い部屋で不気味に光っている。女の周囲にはなにかの粒子が無数に漂っている。その一つ一つが摩擦して羽音のような機械のような、そんな音を上げていた。



『あなたはドラゴンを退治したい。いえ、その前に父親を助けたい。いやいや、そもそも父親に王都に連れてこられた。もっと前に遡ると、あなたが生まれる年のはじめに父親のもとに教会の神官が訪れた』

「なんの話?」

『スクリフタージの神官はあなたが生まれる前年に世界樹の神託を受けました。そして、神官は神託に従って父親に会ったのです。十五になる年に王都の大教会に連れてくるように、と』

「……どういうこと? あなたなんでそんなことまで知っているの?」

『運命を司るからです。あなたがここに来た理由をこれからお教えします』



木の中に氷漬けにされた女性はまだ若く、あたしと同じくらいの年齢に見えた。口を動かしていないのにどうやって話しているのか。そして、何者なのか。



『あなたの父親は約束どおりに十五になったあなたを王都に連れてきた。しかし、あなたがいなくなってしまった。そう、ハルトという少年を助けたためです。あなたの父親は聖女を逃したために背信の罪に問われ投獄されてしまった』

「そんな……あたしのせいで……?」



知らなかった。そういえば騎士が聖女生誕の日だからといって、スラムの人たちを次々と投獄していったのを思い出す。あれもすべてあたしのせい?



「うそ……そんな」

「違う。メルマリーテのせいじゃない」



崩れ落ちたあたしをハルトが支えてくれた。「大丈夫だ」と言って背中を擦りながら。



『スクリフタージの教えによれば、魔力があり、国に貢献したものこそ貴族の爵位を得るにふさわしいとあります。そう、世界樹の名において騎士に任命することがスクリフタージの使命なのです。その神託は誰が与えたのでしょう?』

「なにを言って……」

「もうやめろ。もういい。メルマリーテ、行こう」



聞きたくない。



『ドラゴンは世界樹の使いなのです。すべてあなたがここに来るための道筋なのです。あなたは偶然にもドラゴンを倒せる武器の存在を知っていた。そう、聖剣です』

「待て。聖剣? そんな話聞いてないぞ? メルマリーテ?」

「嫌だ……あたし……」

『ただし、聖剣とは名ばかりで、実際は剣と同化する遺物。あなた達は聖女の役目をご存知ですか?』



あたしは聖女として……聖剣と同化して……それで。

文献にあった魔獣とは……つまり。勇者が封印した魔獣とは……。



『そしてその聖剣はどこにあると思いますか?』

「あなたが……魔獣」

『魔獣ですか。そう呼ばれたこともありましたね。妾が聖剣“イグドラシルプロジェクト”。スクリフタージの神官たちは“神の声”なんて呼んでいます』

「なぜ……あたしを追わせなかったの。冒険者組合でも本名を出していたんだから……いくらでも……捕まえられたでしょ……?」

『自らの意思で同化しなければ意味がないのです』



ハルトはあたしの前に立って、イグドラシルプロジェクトと名乗った女の視界を遮った。



「そんなことさせない。メルマリーテはメルマリーテだ」

『構いませんよ。行きなさい。この先に出口があります。ただし、あなたが欲する時、妾はあなたの力になりましょう。そのときは必ず来る……っふふふ』



ふははははははひゃはははははッ!!



そしてイグドラシルプロジェクトは薄気味悪く笑った。引き攣るように、上ずったように、それでいて楽しそうに。



あたしはハルトに肩を抱かれながら、なんとかホールを脱した。

イグドラシルプロジェクトの言うとおり、五十階の先は気の遠くなるような階段が続いていて、精神的に参っているところにとどめを刺された気分だった。



出口は大教会の隠し扉に続いていた。大教会にはなぜか誰もおらず、すんなりと脱出することができた。すべてはあの女の目論見通りになっている。あの女はあたしに聖剣を使わせて魔獣にさせたいわけだ。その目的はよく分からない。けれど、そのせいでみんな犠牲になって。



「それで……ドラゴンは諦めるか?」

「倒すしか道がない」

「やっぱり人を雇おう」

「ダメ。絶対に」



リグニスは存在した。ならば、ドラゴンを一人で倒したのも本当だろう。ならば、あたしにだって可能なはずだ。あたしはドラゴンを倒し、絶対に道を切り開く。



それしかない。

このままあの女の言う通りにさせてたまるか。



しかし、ウィンサームの地下大迷宮から帰還して二週間が過ぎても、決定的な討伐方法はなにも思い浮かばなかった。そればかりか、命知らずの冒険者パーティーがリーダーとなって、ドラゴン討伐隊を募っていた。このままだと先を越されるかもしれない。そんな焦燥感を抱きながら、あたしはただ無意味な毎日を送っていた。



さらに二週間が過ぎ、ウィンサームの国内外から集まった討伐隊五〇〇人が討伐に向かうらしいとの情報を得た。それであたしとハルトは山の頂から、討伐の様子を窺うことにしたのだ。



切り立った山と山の間の道にドラゴンはいた。赤い鱗を持つ巨大な体躯が道を塞いでいる。冒険者たちが挟み撃ちにして攻撃を仕掛けるが、硬い鱗は物理攻撃も魔法攻撃も通らず、ただ負傷者を増やすだけ。冒険者たちが弱いのではなく、異様なまでにドラゴンが強く、まともにやり合っても敵う相手ではないということが分かった。



「なあ、メルマリーテ」

「なに?」

「あれは人の力ではどうしようもないだろ。諦めよう」

「でも……」

「死んだら元も子もない。僕は……メルマリーテをみすみす失いたくない。このままどこかで二人で静かに暮らそう……な?」

「……お母さんを救わなくちゃ」

「どうにもならない……」



それもいいかもしれない。でも、一生後悔して生きることになる。そんなの嫌だ。



「後悔するくらいなら、いっそ死んだほうがマシだよ。あたしは決めたことは絶対にやり抜く。ごめん」

「そう言うと思ってた。僕もメルマリーテと運命を添い遂げるよ」

「ハルト……ありがとうね」

「礼を言うのは僕の方だって」



聖剣を使わないとなるとドラゴンを倒すことは難しいかもしれない。

代替案はあるのか。ドラゴンを狩る以上にスクリフタージに力を認めさせることが可能なのか。あたしの知る限り、ただ探索をしていて爵位を与えられた者など見たことも聞いたこともない。国の窮地を救ったとか、誰もなし得なかったことを成し遂げた者だけが爵位を与えられるのだ。



ここで諦めたら、今までしてきたことが無駄になる。



討伐隊が討伐に失敗し、撤退をはじめた。負傷者多数で完全な敗走だった。こうなったら一か八かだ。



「ちょ、おい、メルマリーテ!?」



あたしは魔法で空中に浮きながら山を降りて、ドラゴンの前に立った。

やるしかない。なんとかやるしかない。ここでやらなきゃ、なにも変わらない。神でもなんでもいい。あたしに少しだけの勇気を。



足が震える。



「あたしはあなたを倒したい」



ハルトがようやくあたしに追いついてきた。



「リグニスの末裔がここに来た」



あたしがそう呟くとドラゴンは目を見開いた。黄色い琥珀のような目がギロっとあたしを睨む。父が言っていた、“お前の母は魔女の末裔だ”という言葉は嘘なんかじゃなかったのだ。今まで信じてこなくてごめんなさい。



リグニスの魔女はドラゴンを倒したことがあるという伝説が残っている。これはおとぎ話なのか歴史書なのか区別がつかないような眉唾物の書籍に書いてあったことだが、イグドラシルプロジェクトの言葉を聞いた後なら信じられる話だ。魔獣と化したリグニスなら可能だったはずだ。魔獣が滅ぼしたのは村などではなく、国なのだから。



『人間。お前がリグニスの後継者ならなぜ聖剣を持たない?』



まさか。ドラゴンが喋った。ドラゴンは知性的な生物だと書物には書いてあった。だが、まさか人語を話せるなんてあり得ない。



「断ったから。イグドラシルプロジェクトの提案は蹴ってきた」

『愚かな。リグニスは使命を全うした。聖剣がなければそれも叶わんことよ。世界樹と同化したリグニスに会ったのだろう?』



世界樹と同化したリグニス……?



「僕もなんとなく変だとは思ったんだ。あの女はどう見ても人間だった。魔獣とかそういう類のものじゃなかっただろ」

「嘘だ……五百年も生きる人間なんているはず……」



あの女がリグニスだとしたら、その自我はリグニスではない。自らをイグドラシルプロジェクトと名乗っていた。つまり、リグニスはすでにこの世に存在しておらず、イグドラシルプロジェクトに身体を乗っ取られてしまったのではないだろうか。つまり、イグドラシルプロジェクトは生き続けるために、新たな身体を欲している?



突如、あたしの頭の中に砂嵐のような音が走った。気づくと周囲に小さく細かいなにかの粒子が漂っていた。これは、イグドラシルプロジェクトの周囲を飛んでいたものと同じもの?



『運命はあなたのもの。メルマリーテ。そのドラゴンを討ちなさい』

「運命は……あたしのもの」



気づくと魔法を撃ち込んでいた。まるで自分が自分ではないみたいにドラゴンに炎の魔法を何発も撃ち込んでいた。その一つ一つが上位魔法など比べ物にならないくらいの威力で、ドラゴンの硬い鱗を貫通させていた。



「メルマリーテッ!?」

「消えろッ!! イグドラシルプロジェクトッ!!」



声のする方に魔法を撃ち込んでいた。魔法は粒子を捉えていたはずなのに、次々とドラゴンに命中していく。



『少しだけ力を貸しましょう』

「いらない。あたしに話しかけないでッ!!」

『あなたの身体に妾の一部を追跡させていたのです』

「やめてッ!!」

『これは運命です。ここであなた達がこのトカゲを殺すことによって、動き出すのです』



次に魔法を撃ち込むと、ドラゴンがノックバックした。けれどドラゴンはすぐに体勢を整えて顎を大きく開く。まずい。ドラゴンのブレスが来る。さっき冒険者が戦っているところを見ていたけれど、あのブレスは範囲が広く、ここからではどうやっても避けきれない。



気づいたときには、ドラゴンのブレスにハルトが飲み込まれてしまった。



「時を司る女神の意思に従い、理を今一度解き、再度構築せよ」



ドラゴンの口の中に炎が押し込まれるように戻っていく。巻き戻った時間は三秒。一秒戻すだけでも大変なのに、三秒も戻してしまった。あたしの中の魔力は空になるくらいに霧散していく。これであたしは初級の魔法すら使えなくなる。それくらいに“秘密の魔法”は魔力の消費が激しい。



「はっ!? ブレスが? なんだ今の!?」

「ハルト……今度は避けて」

「……メルマリーテか。ありがとう。大丈夫だ」



ハルトには時が戻った様子が見えている。魔力共有という術式のバフ系の魔法だ。これはバフを重ねがけできる魔法で、一つの魔法を共有できるという超絶便利魔法なのだ。だから、時を戻したときにハルトもあたし同様、時間が巻き戻ったのが見えたというわけだ。



ハルトはブレスを避けて跳躍し、ドラゴンの鼻先を切り裂いた。だが、不可解にも冒険者がどうやっても傷つけられなかったドラゴンの皮膚をハルトの剣が裂いたのだ。



「行ける」

「えっ!?」

「妾が力を貸そう」

「誰……?」



ハルトの声はハルトのものではなかった。もっと低く、おぞましい感じがした。それはあの暗闇の中で薄っすらと光る氷の中の女から聞こえてきたような声音で、あたしは思い出して身震いをしてしまったほどだ。



ハルトの剣が赤く染まる。そんなバフを見たことがない。あの剣は遺物でもなければ、魔剣でもない。ドラゴンは前足を上げて振りかざし、ハルトめがけて鋭い爪を振り下ろした。けれど、ハルトが剣を薙ぐとドラゴンの鉤爪を軽くへし折って、返す刃でドラゴンの首元を切り裂いた。その瞬間、赤く光る粒子がハルトの身体から抜けていくのをあたしは見逃さなかった。



あいつは、地下迷宮からずっとあたし達を付けていて、思惑通りに動かそうとしていたんだ。

あたし達にドラゴンを倒させることになんの意味があるというの?



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