#26 異世界の秘密Part01
プロローグはあたしが十五の誕生日を迎える日だった。
父と二人暮らしで、父は林業を営んでいる。木材は貴重な資源で、建築資材のほか木炭等の燃料にも使われていたために、うちがお金に困ったことはないと父は言っていた。でも、その割には裕福すぎた気がする。周りの子達に比べて食べ物はいつも豪華だったし、父が買ってくる衣服も上等品ばかりだった。
母は生まれた時に亡くなってしまった。母は都会人だったらしく、王都に住んでいたと父は話してくれた。嘘か本当か分からないけど、魔女の血を引いていたとか言っていた。魔女なんておとぎ話の中にしか出てこない存在で、きっとあたしが子どもなのをいいことにからかっていたのだろう。もちろん、自分が世界で影響力のある人物だとか、なにか使命があるとか思ったことなんて一度もなかった。
けれど、おかしいなと思い始めたのは十三歳を過ぎたあたりだった。あたしは生まれつき魔力値が高く、加えて秘密の魔法を使うことができた。どんな魔法なのかというと、“時を操れる”なんていうと大げさかもしれないけれど、自分でも絶対におかしいと思っていた。時を操れるなんていうと横暴でなんでもアリの魔法のようにも聞こえるけど、実際は時を一秒くらい止められるとか、一秒くらい時を戻す程度のなんの役にも立たない術式の魔法だった。たかが一秒の時間なんて、たとえばお皿を落としてしまった瞬間に発動して、割れないようにするとかそんな使い道しかない。
しかし、それを父に話すと父は血相を変えた。そして、それは秘密の魔法だと口外することを禁じられたのだ。
あたしが十五になる年の誕生日に、父はあたしを王都に連れて行ってくれるという。だから、あたしは誕生日の日を心待ちにしていたのだった。
誕生日の当日、三週間掛けてやってきたのはウィンサーム王国の王都。華やかな都市で街の至るところに花が植えられていた。“春の都”とも呼ばれる所以は、きっとそういうところなのだろう。
ウィンサーム王都は城郭都市で、検問はなぜか素通りさせてもらえた。
それから、父は馬車の荷台に積まれた木材を売るためにお店に立ち寄ったのだった。そのお店の前で街の景色を眺めていると、一人の少年が視界に入る。あたしの同じくらいの歳だと思う。彼の衣服はボロボロで、両手で抱きしめるように袋を大事そうに持っていた。少年の前に立ちふさがったゴロツキ二人組がなにをしようとしているのかなんてあたしにも分かった。
「おい、その金置いてけ」
「下民には不相応ってやつだ」
「嫌だ」
「生意気抜かしてんじゃねえぞ」
少年は殴る蹴るの暴行を加えられているにもかかわらず、周りの人も見て見ぬふりどころか、少年を見て笑っている人までいたのが衝撃だった。なぜあんなに酷いことをされて笑っていられるのか、あたしには理解できない。
あたしの身体は勝手に動いていた。
少年を助けるために魔法の術式を練り上げていた。これも後で知ったことだけど、魔法には詠唱が必要らしい。無詠唱で魔法を放つことのできる者は、生まれつき魔力値の高い王侯貴族くらいで、あたしのような一般人ができることではなかったらしい。
「無詠唱だとッ!?」
「兄貴、しかもこいつ炎の上位魔法の術式を……あわわ、逃げましょう」
もちろん魔法は空に放った。ゴロツキとはいえ、ここで魔法を使って殺すのはさすがに気が引ける。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう」
「あなた名前は?」
「ハルト」
「あたしはメルマリーテ。あなたはなにをしていたの?」
「母さんの……薬を買いに来たんだけど……」
「あ……お金」
気づくとゴロツキはちゃっかりお金を持って逃げていったのだった。こんなことなら、ちゃんと懲らしめるべきだった。ハルトはゴロツキにお金を奪われてしまい、薬を買うことも叶わず落ち込んでいた。でも、大丈夫。あたしがいるじゃない。
「薬を買いに行きましょう!」
「え?」
「いいから。ほら、どこに買いに行けばいいの?」
誕生日だから好きなものを買いなさいと、お父さんがくれたお小遣いがある。好きなもの……あたしはハルトのお母さんの薬を買うことに決めたのだった。
「ところで下民ってなに?」
「……僕のような魔法を使えないクズのことだよ」
「魔法が使えないの?」
「そうだよ。メルマリーテも酷い目に遭うから、僕なんて放っておいて逃げたほうがいいよ」
「くだらない。魔法なんて使えなくても別にいいじゃない」
「え……?」
「だって、魔法なんてなくても息はできるし、食べ物だって食べられる」
「メルマリーテは変なヤツだな」
当時のエルムヴィーゼはスクリフタージ教の信者が大半を占め、国家規模での信仰が盛んだった。その教会はすべからくして強大な影響力を持っていたのだ。そして、その教えのもと、下民と呼ばれる魔力を持たない者は迫害の対象となっていた。魔力とは神から与えられた加護そのものであり、魔力が高ければ高いほど神に愛されていることとなり、逆は……。前世の穢れのせいで神から罰せられているのだという残酷な身分制度が存在していたのだ。
ハルトの家は王都のスラムにあるらしい。異臭を放つ裏路地は疫病やら強盗の巣窟のような場所で、そんな中で育ったハルトは意外にも身体能力は高かった。城壁を軽々と上ったり、すごく高い屋根から飛び降りたり。その都度あたしはハルトの手を煩わせていた。
「なんでさっきはやり返さなかったの?」
「そんなことをしたら憲兵が飛んできて、すぐに処刑だよ」
「……正当防衛でも?」
「下民はどこまでいっても下民だから」
ようやくハルトの家に到着するというときだった。王都に駐在する騎士が一斉に押し寄せてきて、傍若無人にもスラムの人々に剣を突きつけている。騎士団はスラムを一掃すると言って下民を捕らえ始めたのだ。
「今日は聖女生誕の日になる。下民はすべて捕らえろ」
騎士の団長らしき男がそう言い放った。聖女生誕の日になぜ下民がいてはならないのか理解に苦しむけれど、ここでハルトを見捨てるわけにはいかない。なんとか隠れながらハルトの家に向かうことにした。
けれど運命は残酷だった。
あたしとハルトの目の前でハルトのお母さんは病気にもかかわらず、家から連れ出されて騎士の引いてきた移動用監獄が備え付けられた馬車の荷台に入れられてしまった。
「母さんッ!!」
「ハルトッ!! 待ってッ!!」
飛び出していこうとするハルトの服を引っ張って、なんとか引き戻した。ここで飛び出したら、ハルトまで捕まってしまう。
「そこにも下民がいるぞ。捕らえろ」
「逃げよう!!」
あたしはハルトの手を引いて必死に逃げた。騎士は追いかけてきたけれど、途中で神官らしき人に呼び止められて立ち止まり引き返していった。なにが起こったのか分からないけれど、どうやらあたし達は助かったらしい。
そうして父のいるはずの場所に戻ると、なぜか馬車だけが残されていて、父の姿はどこにも見当たらなかった。付近の通行人に聞いても誰も知らないという。そうして夜になって、結局父を見つけることのできないまま、あたしとハルトは路頭に迷うこととなる。
「母さん……」
「ハルト……辛いわよね。けど、今は助けられない。だから、なんとか生きて生きて、生き延びてその時を待ちましょう」
「……そんなことできるわけないだろ。相手はウィンサーム王国と教会なのに」
「だから強くなるの。まずは強くなってこの国で地位を得て、それでお母さんを助け出すしかないわ」
功績を認められれば爵位が与えられることもある。それはこの国での共通認識だった。爵位があれば国王や神官に掛け合って、恩赦を求めることもできるかもしれない。今はそれに賭けるしかない。武力で行動を起こしても結局は逃避行の日々が続く。それでは生きていけない。社会の仕組みの中でなんとかしなければならない。
翌日も、その翌日も父を探したけれど、とうとう見つけることができずに三日が経ってしまった。生きていく上でお金は絶対に必要だ。そうなるとなんとか稼ぐ方法を模索しなければならない。そこで、冒険者組合に登録して、モンスター討伐や探索をすることにした。幸い、あたしは魔法が使えるし、ハルトは体力もあるし腕力もある。
当然、あたしは年齢を十八歳に詐称した。怪しまれたけれど、なんとか登録することに成功したのだった。ここでハルトがあたしの一つ上の十六歳だったことがここで判明した。
そうして冒険者をしながら情報収集をして、あたしの父とハルトのお母さんの居場所を突き止めることに成功した。父はどうやら教会に断罪されて聖騎士に捕まってしまったらしい(逮捕の理由は調べても分からなかった)。ハルトのお母さんも下民として教会の地下牢にいるだろうとのことだ。
またウィンサームの国立図書館には足繁く通った。知識は武器になるとあたしは信じていたし、知見さえあればどんな難局も乗り越えられると父に教えられたからだ。
各地のモンスター討伐の依頼を受け、遺跡に足を運び、実績を積み上げていくうちにあたし達は名を馳せ有名になっていった。もちろん、ハルトが下民だということは一切言っていないし、なぜかバレることもなかった。
そんな中、あたしとハルトは恋仲になった。そういう年頃だったこともあるし、互いに惹かれ合ったのも肉親を助け出したいという境遇が似ていたからかもしれない。しかし、きっかけはどうであれ、あたしとハルトがそういう仲になることは運命にも似たなにかだったと確信している。運命なんて非常に安っぽいとは思うけれど。
冒険者として活動をはじめて五年が経過したとき、冒険者組合にとんでもない討伐依頼が舞い込んできた。その内容は、ウィンサームの南の交通の要所である谷に出没したドラゴンを討伐するというもの。そもそもこの世界にドラゴンが出現することなどほとんどなく、その存在を信じない人もいるくらいだ。もしどこかに現れたとしたら、その場所に災害級の被害をもたらすと言われており、その昔、ドラゴンが一国を滅ぼしたという歴史書も存在するほど。
「やれるのか?」
「やるしかないよ。だってチャンスじゃない。ここで伝説級の冒険者になれば、爵位を与えられて、それでお父さんを救うこともできる。もちろん、ハルトのお母さんだって!」
「……分かった。メルマリーテ、やってみよう」
とは言ったものの、二人でドラゴンを倒すことなんて不可能だ。歴史書によるとドラゴンが直近で現れたのはおよそ二〇〇年前で、そのときは千人単位でなんとか討伐を成功させたとある。しかし、被害は甚大で八〇〇人以上の死亡者を出しているし、負傷者に関しては討伐に参加をしていない人を含めて三千人を超えている。しかも村の一つが地図から消滅するほどの災害をもたらしたというのだから尋常ではない。
だが、一つ伝説が残っている。かの有名な魔女リグニスは千年前、たった一人でドラゴンを討伐したのだ。
まあ、これはウィンサーム国立図書館の文献が正しければの話だが。千年前のことなんて話は誇張されているだろうし、なんとも嘘っぽいとあたしは思っていた。
そもそもリグニスの魔女なんておとぎ話の中の話だ。実在しないはず。
「討伐隊か……ここはやっぱり、冒険者組合でメンバーを募集したほうがいいな」
「ダメ。そういう大きい仕事は、必ず手柄を横取りする意地汚い冒険者が現れるのが相場じゃない。絶対にあたしとハルトの二人でやらなきゃ」
「……言いたいことは分かるけど、どう考えても無理だよ」
「そうとも限らないよ。うん、この天才的なあたしの魔力があれば。それにハルトのこれまで培ってきた剣術を用いれば或いは、」
「さすがに剣でなんとかなる相手じゃないって」
「そこで遺跡を探索して遺物を探しましょうって話」
遺物とは古代人の残したロストテクノロジーのことだ。現代エルムヴィーゼ人では到底作ることのできない古代人の叡智の結晶で、市場では高値で取引されている。
リグニスの魔女も遺物を使ってドラゴンを討伐したと書かれていたくらいだ。こちらは絶対におとぎ話だけど。
「……それだって、どこもかしこも冒険者が探索済みだからな」
「一箇所だけあるでしょ。誰も到達できていない場所が」
「……それって」
「そう。ウィンサーム宮殿地下の大迷宮」
「なっ!?」
ウィンサーム王国の地下には魔獣が眠る。魔獣は異世界より召喚されし、最悪の厄災とされる。文字通り世界を混沌に陥れて、滅んだ国は片手で収まらない。
そして、その魔獣を鎮めた者は勇者だった。その封印を守るために町を作ったことからウィンサーム王国が興ったとされている。勇者が地下迷宮を探索し、そこで起こしてしまった魔獣を自ら封印したのだから、笑えない話だ。
その地下大迷宮は現在王国と教会の共同管理となっていて、入ることすら難しい。だから、行くのならなんとか侵入せざるを得ない。
「それこそドラゴン討伐どころの話じゃないって。見つかったら犯罪者だぞ?」
「あたしなら多分行ける」
「多分って……」
「おそらく、まだ何かしらの遺物が残っているはずだし」
五百年前に勇者が封印をした魔獣が眠るために、大迷宮はほとんど人の手が入っていないと言われている。だからこそ、遺物を発見するなら大迷宮に限る。
「それにね、ハルト。あたし達は冒険がしたくて冒険者になったんじゃないよ」
「それは……そうだけど」
「肉親を助けるために冒険者をしてるんだよ。普通の人と同じことをしてたら、いつまで経ってもお母さんは戻ってこないって」
「……分かってる」
「あたし達の力を示さなきゃ」
力ある者が権力を握る。それがスクリフタージ教の教えだ。
魔力至上主義の原理主義が実権を握る教会は王族以上の力を持つ。つまり、そこに付け入るためには力を示すしかない。
だからこそ、ドラゴンを二人で討伐することに意義があるのだ。
そのためならなんだってやってやる。
結局ハルトを押し切る形で地下迷宮の最奥部を目指すことになった。それはとても危険な冒険で、これまでの遺跡探索とは一線を画す。
だけど拍子抜けするほど魔物がいない。遺物もない。なにもないのだ。ただ暗い道を進んでいくだけのつまらない探索だった。
冒険には慣れてきたつもりだったが、こんな探索ははじめてだった。
そして、ついに五〇階に到達した。五〇階前には扉があり、固く閉じられている。力のあるハルトが押しても開いてもびくともしない。これではとてもじゃないが開きそうにない。
けど、あたしが手を差し出すと扉はすんなりと開いた。そして扉の向こう、魔獣の封印があるはずの五〇階で、異様で不気味なものを見ることとなる。
それは……。
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