#25 異世界人とのキス
リアと水族館に出かけた一週間後の7月27日。日曜日。
天気は快晴過ぎるくらいに晴れ渡っていて、夏本番。
今度はリリンを連れてデートに行く羽目に。リアが水族館なら、あたしは動物園に行きたいと対抗心を燃やした挙げ句、マニアックにも地方の動物園に向かうことになった。
東京にも動物園は幾つか存在するが、リアと同様に少しだけ遠出をしたいというリリンの希望を聞くことに。そうなると都内と横浜あたりは“行きたい候補リスト”から消え、また北海道や九州、関西も早々に赤ペンで罫線が引かれた。さすがに遠すぎるということで、関東内で選んだ結果、ある地方の動物園が目的地になったのだ。
「久しぶりだね。ハルトと二人で出かけるなんていつぶりだろう」
「はじめてだろ」
「馬鹿言っちゃいけないよ。前世では毎日一緒だったんだから。そう考えると九百二十年、いや、計算が違うなぁ。九百九十八年……うーん」
「いや、軽く平安時代あたりだろ、それ」
「魂が世界樹の葉になるまで、約千年も掛かるんだからむしろ早い方だと思うよ」
さすがにネタだよな、とも思ったが、リリンは割と本気のような口ぶりだったために言葉を飲み込んだ。動物園までは大体二時間前後で着く予定。ほぼ真っ直ぐの常磐道をひたすら走っているだけなのに、リリンは楽しそうだ。
「車っていう乗り物は便利だね。自動馬車みたいだ」
「自動馬車? なんだそれ」
「風の魔石を付けた馬車でさ、馬がいなくても走るんだよ。まあ、所詮は帝国の作った粗悪品だからすぐに壊れるだろうけどね。使い捨てならなかなかいいんじゃないかな」
「あ、そう」
助手席に座ったリリンは、いつも以上に楽しそうに鼻歌混じりに俺に話しかけてくる。リリンはリアとは違って人見知りをしない性格で話しやすい。妄想癖(これはリアもあるのだが)とたまに闇落ちするのが玉に瑕だが、それ以外は普通の女の子だ。
だが、いつも無理をしているんじゃないかって思うことがある。特に、リアの過去を知ってからはどことなくそんな感じがする。誰もいないところでは表情が翳るような。まるでいつも無理に笑っているような。気のせいかもしれないが。
「ところでリアは一人で大丈夫なのか?」
「君は心配性だなぁ。リアの心配をしなくてもいいように、せっかくゴーレムを配備してきたんじゃないか」
「それが心配なんだよ。そのゴーレムは本当に役に立つんだろうな?」
「あたしが作った最高傑作の魔道具だよ? そこら辺の宮廷魔道士よりも強いって」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「だから何度も言ってるじゃないか。頭のおかしい殺し屋だって、アレの前では手も足も出ないよ」
俺とリリンがデートをするにあたって、リアは留守番となる。俺がいないということは、リアが魔力を使い切れば俺という貯蔵庫がいないために補充ができなくなる。そんな留守中を“狐の面の女”に襲われるとまずいので、リリンがゴーレムという人の形をした護衛を置いてきたのだが、これがまた細い棒人間みたいな粘土の人形で心もとない。
百均とホームセンターで取り揃えた材料でこしらえた、なんともひ弱そうな人形なんだよな。たとえリリンの魔法が込められているとしても、見た目から判断するとあまりにも脆弱そうで逆に心配になるというか。
「あれで強いとか冗談でしかないだろ」
「失礼な。ああ見えて対魔法、対物理攻撃を無効化できるんだから。しかも契約した相手に近づくと問答無用で中級土魔法の攻撃を放つ、無敵の下僕なんだよ?」
「中級魔法ってどれくらい強いんだ?」
「そーだね。ええっと、人間が整列をしていたら三〇人くらいを串刺しにできるような鉄の槍を撃てるくらいって言えば分かる?」
「メチャクチャあぶねえだろ」
「あはは。だから家から出なければ大丈夫。あとはルーンの魔法陣も部屋全体に配備しておいたから、リアの存在は外から感知できないさ。探索系の魔法を使う魔道士でも見破れないよ」
「リリンって何者なんだよ……」
話を聞く限り、エルムヴィーゼではメチャクチャ強い魔道士だったんじゃないかって思う。そういえば、召喚する際もこちらを無視して勝手に出てきたわけだし。
「ただの貴族の娘だよ。今はね」
「そうは見えないな」
「あ、見て。山が見えてきたよ。ドラゴンとか住んでいないよね?」
「……ドラゴンって本当にいたんだな」
「それはいるよ。まあ、あまり思い出したくはないけど……。いたらいたで災害級のヤバいヤツなんだけどね」
俺達の住むマンションからは決して見ることのできない山を望み、リリンのテンションは爆上がりらしい。山といっても特段なにか有名な山じゃなくて、高速道路から見える普通の低山。これを見てドラゴンを連想するのはいかにもエルムヴィーゼ人らしい。
休憩がてらにサービスエリアに立ち寄った。普段電車移動がデフォの俺にとって、サービスエリアは未知だ。スターボックスコーヒーがあったり、コンビニがあったりとなかなか面白い。朝食を食べずに出てきたために、ここで軽く食べようということになった。
「あたしは蕎麦にしようかな」
「リリンは日本に馴染むのが早いな」
「馴染むというよりは、好奇心旺盛なだけだよ。蕎麦という麺類はエルムヴィーゼでは絶対に食べられない代物だからね。ちなみに小麦はあったから、パスタに似た麺類はあったよ」
「いかにも異世界らしいな」
二人で同じメニューをオーダーした。呼び出しブザーが鳴ったらカウンターまで取りに行くのはフードコートと同じ仕組み。
「ところで、ハルトはリアのこと好きなのかい?」
テーブルに両手で頬杖をつき、リリンは真っ直ぐに俺を見てそう聞いてきた。蕎麦の出来上がりを待つ間にぶっこんできたな。
「それは……ごめん。俺も分からない」
「リアはさ、あたしと似てるんだ」
「……え?」
全然似ていない。むしろ正反対の性格だと思う。人懐っこいリリンと人をあまり信頼しないリア。いや、それはあくまでも表面上だけの話だ。実際、リアはヴェリアのときも人見知りをそこまでしなかった。望郷の念を抱いていたからなのかもしれないが、まるで旧知の仲と話しているときのような表情をしていた。あそこだけを切り取ると人見知りとはいえないような気もする。
リリンは誰とでもすぐに打ち解ける性格をしている。飯旨飯店では客とよく喋って仕事をしないとメーチャさんが嘆いていたくらいだ。
「なんでそう思うんだ?」
「なんとなく。同じ匂いがする」
「そうか? 同じシャンプー使ってるからだろ?」
「そういうことじゃないんだよ。まったく君は」
そこで呼び出しブザーのバイブが鳴って、会話をぶった切られた。二人で蕎麦を取りに行き、手を合わせていただくことに。
「あたしはね、こう見えて嫉妬深いんだ。昔だったらリアを消し炭にしていたかもしれないし、この前のデートも容認しなかったと思う」
「こええよ。いきなり魔王みたいなこと言うなよな」
「魔王か。的を射た表現だね。あたしを一言で表すなら少なからず当たっているよ」
かき揚げを器用に箸で挟みながら、リリンは笑った。嫉妬深いのはそうかもしれない。リリンが日本に来た日、リアを見た瞬間、消し炭にしようとしていたのを思い出す。だが、実際はリアを受け入れたのだ。いつも言い争いをしているものの、共同生活をしているくらいだから互いに嫌いではないと思うし、むしろ仲が良いシーンを見ることもある。
ああ、それがさっきリリンの言っていた同じ匂いってやつなのか。
「あたしはリアに負けるつもりはないけど、もしハルトがリアを選んだとしても大切にしてやってほしい」
「は? リリンらしくないな」
「そうだね。自分でもそう思うよ。リグニスの魔女の末裔が聞いて呆れるね。あ、この薬味なかなか美味しいじゃないかっ!」
「リグニスの魔女の末裔……?」
「あー……なんでもない。昔の話。リアには言っちゃダメだよ。怯えさせることになってもやりづらいし」
リグニスの魔女の末裔というのは、恐ろしい存在なのか。
よく分からないが、今後も口にするのはやめておこう。
「分かった。で、リリンのことは教えてくれないのか?」
「そうだなぁ。デート中にハルトがあたしをキュンってさせてくれたら教えてあげる♡」
「なんだそれ」
蕎麦を完食して車に戻り、再び目的地に向けて出発をした。
そこから約一時間進むと、ようやく動物園に辿り着いた。動物園は遊園地に併設されており、最近リニューアルしたばかりらしく、ネットで見たイメージよりも綺麗。しかも動物園から海が見えて風が気持ち良い。東京のジメッとした空気とは違って爽やかな気候だった。
入場料金はなんと、たったの四百円。二人合わせて八百円とリーズナブル。威張れる金額ではないが、リリンの分も入場券を購入した。
「ありがとう、ハルト」
「これくらい別にどうってことない」
ゲートを潜ってすぐにゾウがいた。暑いのか鼻で水を啜って、背中にバシャッと掛けている。
「これがゾウかぁ〜〜〜意外に小さいね」
「インドゾウだからな。アフリカゾウはもっと大きいんじゃないか」
とはいえ、アフリカゾウを見たことがないからどれくらい差があるのか分からない。どちらにしても巨体だと俺は思う。だがリリンは比較対象が違ったらしい。
「オーガの半分か。でも大人しそうで可愛い」
「ゾウをオーガと比較する人はなかなかいないと思うぞ」
「そう? 冒険者上がりならみんな思うんじゃないかな」
リリンが冒険者上がりなのは知っている。前になにかの拍子に行っていた気がする。しかし、冒険者上がりのエルムヴィーゼ人が動物園にいる光景を見たことがないから、本当にそんなことを思うのかは甚だ疑問だ。
道なりに進むと、次はいきなり爬虫類館だった。ゾウの後にヘビとかトカゲか。なかなかのインパクトだ。
「ドラゴンいるかな……」
「いないいない。日本にドラゴンいたら大騒ぎになるって」
「でも、海外にはいるってネットに書いてあったよ。コモドドラゴンってやつ」
「それは……ドラゴンっぽいけど、実際はトカゲの一種だから」
「えー……つまんない。アースドラゴンっぽい見た目だったのに」
爬虫類館の中は、意外にも明るくてなかなか見ごたえのある造りだった。
「いるじゃんっ! これこれ」
「なに……インドシナウォータードラゴン? だから、これもトカゲだって」
「水面を走るのか。このオチビちゃんなかなかやるね」
だが、夜行性なのかどうかは分からないが、見ていてもまったく動く気配がいない。それからヘビやらトカゲを一通り見て爬虫類館を出ると、ヤギや羊、ウサギのいるふれあい広場だった。飼育員に言われるがまま、小さいウサギを膝の上に乗せてリリンははしゃいだ。
「かわいい〜〜〜」
「リリン、こっち向いて」
「うん?」
リリンの写真を撮った。ウサギの背を撫でるリリンの表情がなぜか懐かしく感じて、なんとなく写真を撮りたいと思った。懐かしいという感覚がどこから来るものなのか分からなかったが、リリンが一瞬別の女性に見えた気がした。
「あれ……なんだこれ」
「ハルト?」
「気持ち悪い」
「……魔力を他人に供給できるってことは、その逆もあるんってことなんだよ」
「え?」
「あたしの魔力が逆流したんだろうね。まあ、大したことじゃないって。それよりも、次はあのヤギたちに餌をあげたいんだけど」
「あ、ああ」
リリンは冒険者としてモンスターを狩る反面、聖女のように人だけではなく動物が寄ってくるほど、慈愛に満ちていた。餌を持っているからという側面もあるだろうけど、そうじゃなくて、動物たちはリリンに何かを感じ取っている。おそらく。
「少し休もうか」
「……ああ」
近くのベンチに座って、遠くに見える海を眺めた。この光景をどこかで見たことがあるような気がする。それは遠い国の……なんだ、これは。
「ごめんね。汚い真似をして。でもハルト……思い出して」
「リリン?」
隣に座るリリンは、俺の顎を人差し指で持ち上げる。そして、瞳を閉じたリリンは俺の唇に自分の唇を重ねた。
——キスをした。
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