#21 異世界人とのデート
なんだかんだと色々あったが、リアとリリンが日本に来てから一ヶ月が過ぎた。
リアを狙った“狐の面の女”はあれ以来、俺たちの前に姿を表していない。俺たちの日常は平和そのもの。それもそのはずで、狐の面の女からすればおそらく脅威でしかない。あれだけリリンの力を見せつけられたわけだし、おいそれと手を出せるものではないだろう。
それにしても俺は特異体質で、魔力共有の能力があるなんて未だに信じられない。
「春斗は毎日仕事。わたしは飯旨飯店の手伝い。その繰り返し。バカなの?」
「いきなりなんだ?」
「バカだからバカなのよ。このバカ」
「だから、なんで不機嫌の極みなんだよ」
メーチャさんは基本的に周辺の会社が休日のときには店を開かない。飯旨飯店のコアタイムは社会人が休憩を取る十一時から十四時あたりまで。それ以外は基本的にやる気がないらしい。つまり、リアもリリンも夜や土日祝日は休み。
二人は毎晩のように俺の家に入り浸っている。特に金曜の夜から日曜日の夜に掛けて、寝るとき以外、ほとんど自室に戻らず俺のプライバシーの侵害を続けている。今日もいつもの変わらないルーティンのなか、俺の一人の時間という貴重なリラックスタイムは蔑ろにされているわけだ。
リリンは勝手に俺のノートPCを使って日本のみならず、世界でなにが起きているのかの情報を収集し、世界の仕組みを勉強している。地頭がいいのかなんなのか分からないが、飲み込みが早い。
リアは“狐の面の女”事件の翌日にスマホを契約した。その理由は、四六時中俺がそばにいるとは限らないからだ。もし一人のときに危険が及ぶとなると必然と連絡手段が必要となる。たとえば、買い物に行ってトイレに行くときなんかは、確実に一人だからな。そんな折に狐の面の女が現れたら、スマホでピンチを知らせることができるだろう。
ついでにリリンも契約しているのだが、スマホを使わずになぜか俺のノートPCのほうがお気に入りらしい。
「このままだとなんの進展もしないまま、一生を終えそうね」
「進展ってなにが?」
「残り十ヶ月ちょっと。春斗は本当に将来を考えているのかしら。」
確かに決算期で仕事が忙しく、リアやリリンの相手をしていなかったと思う。そして、よさこいの練習が立て込んでいたのだ。八月の大きなイベントを控えて、よさこいの練習に熱が入っている。リアとリリンも演舞が楽しいらしく、練習には欠かさず顔を出していた。
とはいえ、多忙なのは言い訳に過ぎない。実際にはリアの言うとおり思考停止をしているのも確かだ。だが、他愛もない会話をして終わる日常は幸せであると同時に、時間として消費していくことを忘れたわけではない。来年の今頃は二人のうちどちらかとお別れをするのは確定事項だからな。
本音を言えば、リアもリリンも話してみればいい奴で、家族だと思っている。そんな家族と永遠の別れなんてしたくない。
だからなにも考えたくなくなってしまう。
「それでリアはハルトと愛情を深めたくてデートプランをずっと模索しているわけだね。乙女心がかわいいじゃないかっ☆」
「ち、違うわよ。誰がそんな、」
「ここ一週間くらいずっとデートスポットを探してるだろ。ラブコメのかまってちゃんだね。草生える」
「なに? 草がどこに生えてるっていうのよ」
「……すっかり日本人だな、リリンは」
「ねえ、ちょっと二人でなにを笑っているの。だからいったい草がどこから生えてくるっていうのっ!?」
「草生えるっていうのは、ネットスラングで、笑えるってことだ」
「はあ? 意味が分からないわ」
それで、リアは不貞腐れたような顔をしているから、仕方なく俺から話を振ることにした。
「それで、リアはどこに行きたいんだ?」
「春斗が……どうしても遊びに行きたいっていうなら、仕方ないからついて行ってもいいわよ」
「なら、近所のマクデナルデでいいだろ」
「は? バカなの。普通に考えて女の子と遊ぶのにちゃんと行程を決めないとデートとは言わないでしょう?」
「ちょっとハルトぉ。リアがデートに行くならあたしも連れてってくれないと納得行かないよ。そもそもハルトはリアに甘すぎなんじゃないのかい? そうやって、いつもリアのご機嫌ばかり取って。知らないからなっ」
今度はリリンが不機嫌になった。片方を立てれば片方が立たず、まるでシーソーの両端にそれぞれリアとリリンが座っているような状況。真ん中でバランスを保つのは至難の業だ。
「そもそもハルトはあたしのモノなんだからね?」
「リリンはいつもそうやって……ったく。本当に決めつけるのが好きなのね。この前も話したとおり、春斗を正式にウィンサーム王家の王女として受け入れる覚悟を決めたの。だから、あなたのモノではないと何度も説明したわよね?」
「それはお互い様じゃないか。あたしはハルトと前世で約束しているし」
「その意味不明な妄想はやめてもらえないかしら」
リリンの主張する前世の話もはじめはネタかと思ったが、リリン自身は大真面目のようでそこにかなりこだわっている。しかし、前世で俺となにがあったのか、それは頑なに話そうとしない。リアはそれを「どうせそこまで妄想が追いついていないのでしょう」と切り捨てた。
「じゃあ、来週の二十一日はリアと出かけよう。その次の週はリリン。それでどうだ?」
「……納得いかない」
「それはこっちのセリフだと思うけど。無理やりリアに付き合わされているハルトのことを少しは考えてあげればいいのに」
リアとリリンが睨み合っている。いつものことだが、こうなると面倒くさい。だが、最近よく使っている手がある。二人が納得する最善の方法は一つしかない。
「なら俺はどっちも行かない。喧嘩するなら、この話はナシだな」
「し、仕方ないから条件付きで許してあげる」
「ああ、あたしも同じ。条件付きでリアと出かけるのを認めようじゃないか」
二人が提示した条件は一つだけ。それは、デート中の身体的接触の禁止。リアとリリンは互いに同じ条件を口にして、互いに譲り合った。
それでようやくその場が収まって、結局二人と出かける羽目になったのだが、ここからが大変だった。どこに行きたいのか、なにをしたいのか。もちろん日帰りになるために、あまり遠くには行けない。
その後色々と話をしていると、リアの希望を聞き出すことに成功した。リアはどうやら水族館に行きたかったらしい。理由は単純明快で、エルムヴィーゼでは水の中の生き物を見る機会がなかったから。海の中に海洋生物の世界が広がっているなんて想像できない。だから見てみたかった。なるほど、リアも可愛いところがある。
7月21日の月曜日。今日は海の日
約束通りリアを水族館に連れて行くことになった。
電車じゃなくて、あえてレンタカーを借りて遠出をすることにした。電車でも良かったのかもしれないが、リアにはじめての自動車搭乗を体験させてあげたかったのだ。そういえば東京を出たこともなかったな。
田植えの終わった田んぼが高速道路の下に広がっている。
「なんだか落ち着くわね」
「まあ、そうだな。田舎のほうが好きなのか?」
「そうね……人が多いところは苦手かもしれないわね」
「それはなんとなく分かる」
「それに、もともと人間があまり好きじゃないのよ」
「それは……エルムヴィーゼでの経験から?」
「それもあるわ。あまり人を信用できないの。できないというよりも、したくないっていうのが正しいのかもしれないけれど」
「ああ、それも納得」
「なに勝手に納得してるのよ」
はじめて俺と会った日のことを思い出したら、確かに笑えるほど敵意むき出しだった気がする。今考えると、帝国に追われて日本に来たんだから、そうなるのも無理はないか。
「リアらしいなって」
「……悪かったわね。人見知りがひどくて」
「それはないだろ。どっちかっていうと触れると切れるジャックナイフみたいな」
「ちょっと言ってる意味は分からないけど、それはどう考えても悪口でしょう?」
「そんなことないって」
人見知りが度を越して、攻撃的になる性格なのかもしれない。エルムヴィーゼで酷い目に遭った代償なのか、それとも元々の性格なのか分からないが、どっちにしても人が苦手なことは理解した。
「それにしても、どこまでも田園風景が広がっているのね。わたしもこういうところで生まれ育ちたかったなって思うわ」
「今からでも遅くないだろ。リアがそうしたいならそうすればいい。誰に強要されることでもないからな」
「そうね。なら、春斗は一緒に来てくれるのよね?」
「……気が向いたらな」
「向かせるわよ。力付くで」
本気で力付くで移住させられそうで怖い。ただ、今日はいつもよりもリアの表情が柔らかい気がする。そういえば最近はリアとこうして二人きりになることがなかったな。
しばらく走ると右手側に海が見えてきた。快晴で太陽の光をたっぷり浴びたマリンブルーがキラキラと輝いている。
「え。これが海!? うわぁ〜〜〜〜綺麗っ!!」
「そうだが、見たことなかったのか?」
「うんっ! 日本に来てからの映像記録装置でしか見たことなかったの。ウィンサームや周辺国家は内陸だから、海とは縁が無いし、あっても大きい湖くらいだもの」
リアは助手席から俺の方の窓の外を眺めて目を輝かせた。こうして見ると、リアはやっぱり可愛いな。あのツンツンしたリアもこんな顔をするんだなと思ったら、すごくドキドキする。ギャップ萌えってやつだ。
「あ、船が見えるっ!」
「港が近くにあるからな。あれは、クルーズ客船だよ」
「クルーズ客船?」
「ああ。宿泊できるようになっていて、日本の各地を回って旅行する船だな。海外に行くような船もある」
「船で旅ができるの?」
「そうだな」
「素敵っ! ね、春斗、わたし達も、」
「俺達のような薄給じゃ難しい……ごめん」
「……つまんない」
不機嫌になるのかと思ったらそうでもなく、助手席側の窓を開けて外を眺め始めた。モアっと湿気を帯びた潮風が車内に充満する。
「良い匂いね。大自然な感じがするわね」
「そうか。来て良かったな」
「うんっ! 春斗」
「なんだ?」
「そ、その……連れてきてくれて」
「? なに?」
「ありがと」
窓の外に顔を向けながらリアはそう言った。昼間からそう素直になるとなんだか怖い。チラっとリアのほうを見たら、未だ視線は窓の外だが耳が真っ赤だった。ヤバい。このツンデレ可愛いな。
「別に俺はそんな礼を言われるようなことは、」
「そうね。婚約者としてわたしを楽しませることは当たり前だもの」
「はいはい」
「だ、だから、今日はわたしも……その」
「なんだ?」
「は、春斗を……た、た、楽しませて……あげるわ」
リアが正式に俺に求婚をして以来、かなり、だいぶ、大幅にリアは俺に心を許すようになった。人をエロだの変態だの散々罵るのは変わらないが、言い方に棘がなく、むしろ俺をからかって喜んでいるように見える。
「なら、たっぷり楽しませてもらおうじゃないか」
「うわ。やっぱり無理。変態すぎるわね。子作りのことばっかり考えてると、頭悪くなるわよ、このばかっ」
前言撤回。
エロゲのセリフを真似ただけでドン引きされて(いやよく考えたら当たり前か)、軽く肩パンを食らった。
水族館の敷地内の海辺の駐車場に車を停めて、館内に入る前に少しだけ海を見たいとリアは口にした。堤防の階段を上ってリアは手すりに両手をつき、身を乗り出すようにして海を眺める。
晴れ渡ったキャンディブルーの空も気持ち良い。
「すごいっ! 春斗見て、海ってどこまでも広がっているのねっ!」
「そうだな」
「シトラにも……見せてあげたかったな」
リアは潮風になびいた銀髪を耳に掛けて遥か水平線のほうを見ていた。
そうだよな。もし俺がリアと同じような境遇だとして、日本を離れてエルムヴィーゼに行くとなれば、それはそれで望郷の念を抱くだろうな。日本にいる家族や友人ともう二度と会えないかもしれないって考えたら、俺は立ち直れないかもしれない。そう考えると、むしろリアは気丈に振る舞っているほうだ。
シトラの話は聞いたことがある。リアを逃すために犠牲になった、と。
辛い過去があったからこそ、今のリアがある。
「リア、ごめんな」
「なにがよ?」
「なんか、リアの思いに気づいてやれなくて」
「別に春斗には関係のないことよ」
「そんな寂しいこと言うなよ。お節介かもしれないけどさ」
「そうね、考えておく」
顔に出さないだけで、リアは寂しいのだろうし、残してきた人たちのことを忘れたことなんてなかったんだろうな。
シトラにも見せたかった。
その一言がすべてを物語っているように感じた。
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