#20 異世界人の気持ち



春斗のことを好きになった理由は未だに解明していない。出会ったときから、いや出会う前から春斗のことを好きだったなんて馬鹿げた話を口にしても、誰も理解してくれないと思う。わたし自身も馬鹿げた話だと思っている。



運命なんて言葉で片付けるのは簡単だけれども、それは解決の糸口を遠ざけることになってしまう。



今回の件はメーチャ店長に依頼されて、軒先に立って客を引き入れろという仕事の最中に話は遡る。ちょうど春斗とモブ男がお昼時にきた直前のこと。ある客がわたしに手紙を渡してきたのだ。



“青原春斗はいつでも殺せる。青原春斗に危害を加えない代わりにリアーティ王女が一人で来い。時間は明朝六時。話せば青原春斗を殺す。住所は別添の紙に書いてある”



そんな内容だった。



その夜は雷が酷く、わたしは過去の拷問の影響で暗闇が苦手だけれど、同時に雷も苦手。だって、音がすごいから仕方ないわよね。それで春斗にそばにいてもらって抱きついていたら、感情が抑えきれなくなってしまった。



誰かに自分の気持ちを伝えるのははじめてだった。言ったところで春斗が困惑することは分かっていた。でも、ここで言わなければ、翌日は命がないかもしれない。そう思っていたから言えたのだと思う。



言いたいことは言えた。そして、きっと明日わたしの命運は尽きる。

そう覚悟をしていた。



春斗の腕の中で寝ていて気持ちがよかった。まだ日が昇らない時間に起きて、春斗の寝顔をしばらく眺めていた。なんで好きになっちゃったんだろうって。平凡で、バカでエロくて、アホで間抜けなただの青年なのに。



でも、よさこいで旗を振っている姿はカッコよかったな。



こんなに愛おしいなんて、わたしはどうしちゃったんだろう。このままだと決心が鈍る。だから、置き手紙をして家を出た。



同封された地図の場所に行くと、かなり汚いけれど、思っていたような拷問部屋のあるような砦ではなく、なんと普通の家だった。扉を開けて家の中に入るといきなり狐の面が現れてわたしを拘束した。だから魔法を使おうと思ったら、なにも起きなかった。足元にはガラスの玉が転がっていて、それが魔法を吸収しているのだと悟った。



そして狐の面の背後から現れたのは巨漢だった。わたしは察した。このままだとあの豚のような汚い男に犯されて、慰み者にされてしまう。なんとかしなければならないけれど、魔法が使えない。狐の面の姿が見えなくなったところで、わたしは賭けに出た。



「わたしとシたいなら、お風呂くらい入ってきなさいよ」

「お、おおお、お風呂入ってくる」



男は嬉々として階段を降りていった。なんとか時間を稼げた。

そして、しばらくして部屋に春斗が入ってきた。

絶対に来ないと思っていたのに、なにも期待していなかったのに。春斗はちゃんと来てくれた。わたしのことなんて忘れて、リリンと仲良くすれば万事解決のはずなのに。けれど、春斗は助けに来てくれた。



嬉しかった。心の底から。だから、わたしは絶対にこの人を裏切らない。一生を捧げようと心に誓った。



だから、ここで春斗を受け入れようと思う。それはわたしの役割だし、子を授かることは願いだったはず。それに好きな人となら、そういうことをしても何も問題なんてない。



「なんてな。俺も覚悟ができてない」

「え?」

「だが、リアは覚悟ができていなくても俺を受け入れようとしてくれただろ」

「……あ、当たり前でしょ。婚約者だもの」

「お姫様。婚約をしたとはいえ未婚の身。自身を安売りするのはいかがなものかと存じますが?」



それはそうかもしれないけれど、春斗がしたいんじゃないの?

春斗がしたいなら……わたしは受け入れるのに。

でも、こんな思いつきじゃなくて、ちゃんとしたいな。



「なにそれらしいこと言ってるのよ。本当は野獣のくせに」

「せっかく人が白馬の王子様らしいことを言ってるのにな」

「……ふーん。白馬の王子様ね。わたし、王族は嫌いなの」

「自分も王族のくせに」

「そんなこと言って、本当はわたしの四肢を拘束して、わたしをメチャクチャにしたいくせに」

「だから、それはエロゲの世界な」



わたしから降りた春斗は、わたしの横に寝そべって天井を見上げた。



「俺は逃げない。ちゃんと答えを出すから」

「分かったわ」



春斗は幾度となく同じ事を口にする。それだけ迷いがあって、けれど覚悟を決めているのだろうと思う。



でも、わたしも正直このままでいいのかという迷いがないわけではない。わたしを狙った“狐の面の女”はまだ日本に潜んでいるし、ジュラミルダ帝国からの追っ手は続くだろう。だから、わたしが春斗と結婚をすれば、自ずと春斗にも魔の手が迫る可能性がある。そして、それは、生まれてくる子どもも同じ。



わたしはどうしたらいいのだろう。



「リア」

「なによ」

「そんなに心配するな」

「してないわよ」

「してるだろ。普段そんな顔してないぞ」

「……うるさい。どんな顔してたっていうのよ」

「悲しそうな顔」

「悪かったわね。幸薄そうで」



ぼーっとしているように見えて、春斗は意外にもわたしのことを見ているのね。

うん、そう。本当は離れたくない。春斗と一緒にいたい。



「また同じようなことがあったら、俺がなんとかする」

「その自信はどこから来るのかしら」

「だって、俺がいればリアは魔法が使えるんだろ」

「そうだけど……、そうかもしれないけれど」

「なら大丈夫だ。だから、リア」



春斗は横になったままわたしに顔を向けた。そして、笑った。不安なんてなにもないような顔をして、能天気にもほどがある。でも……。



「な、なに?」

「俺から離れるな」



でも……好き。

普段はふざけているくせに、ちゃんと欲しい言葉を言ってくれる。春斗と出会う前から好きって思っていたけど、そうじゃなくてもこの瞬間は惚れてしまう。こんなの反則だ。日本に来てもどうせ誰も信じられないと思っていたし、結婚相手なんてどうせろくでもない人なんだろうって思い込んでいた。



でも違った。



本当に好きな人と出会うことができた。



「ばか」

「ばかだよ。でもそれでいい」

「本当にばか。ばかばかばか」



もう後戻りはできない。わたしは春斗を信じる。春斗がそうしてくれたように。



だから、わたしが春斗を守る。

婚約者として。

もう離れない。



大好きな人だから。






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