#19 異世界人からの求婚
新宿駅に戻る道を歩きながらリアは色々と教えてくれた。リアの本名が、リアーティ・シエルラテ・マーバラ・ヘイラ・ウィンサームという、覚えられそうにない長い名前だということ。ウィンサームの王族であり、ジュラミルダ帝国に故郷を滅ぼされて日本に逃げてきたこと。また、自身が封印の鍵であって、ウィンサームの血が絶えれば魔獣メルマリーテの封印が解けてしまうこと。
「それで子どもを作らないと……大変なことに」
「……そうだったんだな」
「あの……出会ったときのこと、その……ごめんなさい」
「? なんだっけ?」
「散々ひどいこと言って。変態だとか、獣とか、エロいとか、」
「まあ、だいたい合ってるぞ」
「へ?」
「リアをはじめて見たとき、エロい想像をしたのは間違いないからな」
笑い飛ばしてやった。
壮絶な状況下に陥り、それで初対面の人物に心を許せるようなら、リアはおそらくここまで生き残っていない。むしろ気丈な振る舞いだったと言える。
「人が真剣な話をしているのに、このバカッ!!」
肩をグーパンされた。けれど、本気じゃない。
「でも、春斗が危険を顧みずに来てくれて……本当に嬉しかったの。だから、茶化さないで」
「ああ、ごめん」
「ウィンサーム国王継承第一位リアーティ・シエルラテ・マーバラ・ヘイラ・ウィンサームはあなたを正式な婚約者として認めます。我、ウィンサーム第一王女はあなたに一生涯を捧げ、この肉体が滅んでも決して裏切らず、来世も魂はともにあらんことを誓います」
リアはそう言って片膝を地面につけて、俺に低頭した。畏まりすぎて、逆にどう反応すればいいのか分からなくなる。あの口が悪く、ひねくれているリアがそこまで言うとなると、俺もなにか返さなければならないような気がするが、残念ながら気の利いたことがなにも思い浮かばない。
「ああ、ええっと、」
「春斗の言葉はなにもいらないわ」
「え?」
「これはあくまでもわたしの意思表明だもの。本当は春斗もわたしに振り向いて欲しいけれど、気持ちが固まっていないことくらい知ってるわよ」
「……いや、それは」
「だって、春斗だって同じでしょう? 一年で結婚の決心を固めるなんて難しいと思うもの」
「……まあ」
見透かされていたか。
「だが、俺はリアのそばにいたいと思った。これは事実なんだ」
「そう。なら一歩前進と捉えていいのよね?」
「それは間違いないよ」
事実、リアがいなくなったら嫌だという気持ちが強かった。このまま会えなくなったら絶望でしかないとも思えた。リアのことが好きとかそういうことかどうかは分からないが、少なくとも近くにいたいと思えるくらいには関係性は前進しているはず。
そうしてようやく帰宅したのだが、帰るなりリリンは俺に告げた。
「春斗は日本人なんだけど、魔力を持っている……というよりも魔力を分け与えられる特異体質かもしれない」
「は?」
「どういうことなのかしら?」
「昨日、あたしが体調不良で寝込んだじゃない?」
「ああ、もう大丈夫なのか?」
「うん。解析結果が出たのだけれどもね、魔力酔いだったんだ」
「……それはなんなのよ。聞いたことがないけれど?」
「魔力酔い?」
リリンは怪しげな魔法陣の書かれた紙を裏返しにしてテーブルに広げた。
「魔力っていうのは、なんだか分かるかい?」
「魂の波動でしょう?」
「そう、正解。その魂が魔力を放出せずに溜め続けるとどうなると思う?」
「どうなるのよ。もったいぶらずに言いなさいよ」
「つまり、溢れると酔うんだ。普通なら魔力中毒を引き起こすだろうけど、あたしはキャパが大きいからねっ」
「それだとわたしも同じ症状が出るんじゃなくて?」
「リアは魔法を定期的に使ってない? あたしは供給に対して放出量が少なすぎたんだ」
リリンが使った魔法は、チャームに林田の前髪を燃やすくらいだったな。対して、リアは浴室を丸々凍らしてゴキブリ退治をし、また、よさこいの練習の時にタオル冷やしてくれたな。あとは暑いからと言って、しょっちゅう涼しい風を出すとかしていたような……。
「言われてみればそうね」
「あたしはそれがなかったんだ。日本では特に魔法なんて使う場面が限られているからね。それでガス抜きをしたらほどよく調子よくなったってわけだよ」
「エルムヴィーゼではそういうことはなかったのか?」
「ないよ。自然界にあるマナなんてたかが知れてるからさ。春斗のはもうビンビンだよ、ビンビン。リア風に言うと身体が火照って、吹いちゃうくらいに溢れちゃうからの」
「なによ、わたし風って」
「あー。分かる。エロい感じ」
速攻でグーが飛んできた。今回は割と本気なやつ。
「あのさ、リアって何者なの?」
「……まあ、あなたにも迷惑を掛けたから言っておくわ」
リアは俺に話した内容をリリンにも話した。だが、リリンは予想以上に顔を強張らせていた。今まで見たことのないような顔をしていて、本当にリリンかと疑いたくなるような表情を浮かべた。
「よりによってウィンサーム家か」
「リリン? 大丈夫か?」
「ごめん。あたしやっぱりまだめまいがするから、先に寝るね」
そう言ってリアはよたよたとリビングを出て自室に戻っていった。
「どうしたんだ?」
「無理もないわ。一緒にいるわたしがウィンサームなんていう亡国の姫で、命を狙われているのだもの。春斗も嫌ならとっととわたしを強制送還させていいわよ。それであたなを恨むようなことはしないから」
「だから、俺は、」
「あたしはどこに行っても厄介者だもの。子種だけ分け与えてくれれば、その後は捨てても構わないわ」
「じゃあ、するか」
俺はリアの両手首を掴んで押し倒した。動けないようにリアに馬乗りになって、リアを見下ろす。
「な、なにするのよ、ばかっ」
「自分で言ったんだろ。子種を分け与えて欲しいって」
「言ったけど、今とは……」
「リアは誰かと真剣に交際したことや、その、“経験”したことはあるのか?」
「ないわよ。あるわけないでしょ、ばかっ!」
「なら、これが初めてだな。痛いぞ」
「う……お願い。まだ心の準備が」
リアは瞳に涙を浮かべて俺に懇願した。
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