#18 異世界人の秘密Part02



それから迂回して中立国ガームに向かうことにしたものの、馬車を失い、同時に食料も失ってしまった。中立国ガームまであと三月は掛かるらしい。そうなると、補給をしなれば絶望的状況で、村か町に立ち寄らなければならない。



「どこも帝国軍が駐留しています」

「なんとかなるでしょう?」

「だといいのですが」



水は川で調達できたとして、食料はさすがに難しかった。野生動物を狩ることも考えたが無理だった。帝国軍は自軍の兵糧の消費を抑えるために、進軍の最中に狩りをしているとしか考えられない。だからなのか、どこもかしこも帝国兵がいて、迂闊に行動できなかったのだ。見つかれば死ぬまで追われるだろうし、狩りをして魔力探知に引っかかれば、それだけで帝国兵が駆けつけてくる。



「この兵の数は異常です。これは……かなり異常です」

「そういうものなの?」

「街道沿いを行かなればおそらく殿下では歩けませんし……」

「ごめんなさい……足手まといで」

「いえ、言葉が過ぎました」

「いいのよ。シトラ迷惑かけるわね」

「とんでもございません」



それでもなんとか町に着くと、シトラは食料を調達してくると言って、わたしを置いて行ってしまった。町の外の洞窟の中で身を潜めて待っていると、一時間ほどしてシトラは戻ってきた。このときの食事が一番美味しかったのを記憶している。



干し肉とパン、それにトマトに葉っぱの野菜だけ。それなのに王城で食べるなによりも美味しかった。パンに干し肉とトマト、葉っぱを挟んで食べると良いとシトラに教えられて、フォークもなければナイフもないから、手づかみで食べた。



「美味しい……」

「良かったです。申し訳ございません。こんな物しか手に入らなくて」

「なにを言っているのよ。バカなの? こんなに美味しいものが食べられるなら、王城を出てみるのも悪くなかったわ」

「姫……」



食料を調達できたことで先に進むことができた。



それからガームに向けて旅を続けて、一ヶ月が過ぎたときだった。

シトラとの別れはあっけないものだった。

中立国ガームを目の前にして、帝国軍に見つかってしまった。はじめは旅人だと思われていたのだが、わたしの言葉遣いに目ざとく気づいた一人の帝国騎士は、すぐにわたしの正体に気づいたのだった。



「リアーティだ」

「こいつが!?」

「姫、はやく逃げてくださいッ!! ここは私がッ!!」

「バカを言わないで。わたしも戦うわ」

「姫ッ!! せっかくここまで来たのですよッ!! 一緒に付いてきた仲間の命を無駄にしないでくださいッ!!!」

「でも、」



シトラは風魔法でわたしを吹き飛ばした。中立国ガームの国境までわずか一日という距離だったのに。吹き飛ばされたわたしはそのまま湖に落ちてしまった。ずぶ濡れのままなんとか岸までたどり着き、シトラの様子を見ると……。



シトラは動かなくなっていた。帝国兵に担がれて、自動馬車という魔道具に乗せられて連れて行かれてしまうところだった。戻って応戦すればシトラを取り戻せるかもしれない。でも、シトラの言葉が頭にこびりついて離れない。



仲間の命を無駄にしないでほしい。



わたしははじめて慟哭した。走りながら泣き叫んだ。

帝国兵がわたしを追ってきているのが分かった。なんとしてでも逃げなくてはいけない。だから、懸命に手足を動かした。今までこんなに歩いたことがないのだから、足にはいくつものマメができていた。本当は痛くて痛くて、歩くのもやっとだった。でも、シトラにそんな弱音を吐けるはずがない。



わたしのために彼女たちは命を賭してくれたのだ。



悔しかった。



だから、絶対に封印は守らなければならない。シトラ、お父様、お母様がわたしに託したのだから。



だが、現実は残酷だった。帝国の自動馬車に追いつかれてしまい、わたしは捕縛されたのだった。そして、一番近いエルゴランズ山脈にある帝国の砦に連れて行かれて、狭い拷問部屋に閉じ込められて、尋問のときを待つことに。



王城から出たことのないわたしにとって、人生で一番の恐怖だった。なにをされるのだろうか。痛いのか。辱めに逢うのか。考えただけで震えが止まらなかった。砦に連れてこられて一日が経った。朝一番に兵士がやってきて、鉄の枷を嵌められて、



「まずはお前の精神を壊す」

「屈強な戦士でも耐えられない。すぐにおかしくなっちまうからな」



閉じ込められたのは、真っ暗な部屋だった。何も見えなければ何も聞こえない。暗闇に目が慣れたとしても、視界はすべて黒。黒、黒、黒。どんなに叫んでも反響もしなければ、なんの反応もない。あまりの閉塞感に耳が潰れるんじゃないかってくらいに空気が重かった。



効果はすぐに現れ始めた。



時間の感覚がないから、どれくらい経ったのか分からない。そして、幻覚が見え始めた。父や母、それにシトラ。乳母だったメイド、それから食事を運んでくれたメイド。みんながわたしに牙を向いた。



『お前が悪い』

『お前だけ生き延びたのか』

『憎い。死ねばよかったのに』

『お前なんて生まれなければ良かった』



どれも耳を疑うような声だった。耳をふさいでも聞こえてくる声がずっとわたしを苦しめる。叫んでも消えない声に耳を切り落としたくなったが、魔法は封じられているし、刃物もなくただ悶え苦しむしかなかった。



どれくらい時が経っただろうか。扉が開き、二人組の兵士が部屋に入ってきた。


「鍵はどこだ?」

「……知らな……いわ」



帝国はなんと鍵を探していたのだ。鍵はわたしの命。それを知っているのはウィンサーム王族と貴族の一部のみ。わたしが答えないことで、また正気だと思われたのだろう。



「答えないか。まだ掛かるな」

「ま、待って……」



再び扉は固く閉ざされてしまった。



数日後、また扉が開く。

だが、答えようがない。最後の最後までわたしは自分の命が鍵だということを黙秘した。ちなみに身体的・性的な拷問を受けなかったのはわたしが王族で、この後帝国の貴族たちの慰み者になる予定だったからと兵士が口を滑らせた。つまり傷物にするなというお達しがあったのだろう。なんとも馬鹿げている話だ。



それからどれくらい経ったのだろう。わたしはうめき声を上げて身体を震わせていた。そんなわたしが解放されたのは、実に七十二時間後だったらしい。まったく時間の感覚がなかったために、一ヶ月以上閉じ込められていたものだと思い込んでいたが、実に三日間しか経っていなかったことに衝撃を受けた。



助けてくれたのはレジスタンスの騎士で、砦を攻め落として、帝国軍を打ち破ったのだと説明してくれた。



この拷問からわたしは暗闇が苦手になった。いや、暗闇だけではない。明かりがあろうと闇が存在する夜が怖くなってしまった。



レジスタンスの騎士に連れられて、なんとか中立国ガームへの入国を果たした。

中立国ガームの議会の勧めもあり、帝国の手の届かない異世界である日本に行くことを決心した。それから一年間、中立国ガーム議会の庇護下に入り、日本について勉強をした。



わたしが生き残り、子を授かることがシトラやお父様、お母様、ウィンサーム王国すべての願いであることを胸に刻んで。



エルムヴィーゼでのわたしはこんな感じだった。



と、これがわたしのこれまでの軌跡で、春斗が入り込む余地などないはず。ないはずなのだが、なぜか春斗のことを見ると懐かしい気持ちになる。顔を見るとドキドキしてしまう。余計なこと一言を言って誤魔化したくなる。



出会って初日にもかかわらず、甘えたくなってしまう。



わたしはおかしくなってしまったのだろうか?

この謎を解きたい。



いや、絶対に解かなればならない!



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