#17 異世界人の秘密Part01
春斗との出会いは召喚された6月7日で間違いない。それ以前のわたしはエルムヴィーゼにいたし、異界の民との接点はまったくなかった。
けれど、わたしは春斗のことを知っていた。いや、違うわね。そうじゃなくて、感情を覚えていたというのが正解だと思う。確かに春斗のことを見ると懐かしい気持ちになる。けれど記憶は曖昧で、自分がどこでなにをしていたのか分からない。過去のことを訊かれても思い出はバラバラで、自分がなにをしていたのか考えると頭が痛くなって吐き気がする。
そのパズルのピースを少しずつ組み立てていこうと思う。
わたしの生まれは、ウィンサーム王国という列強に数えられる大国だった。
わたしは生まれてから一六歳になるまで王城を出たことがなかった。箱入り娘といえば聞こえはいいが、実際は軟禁されているような状態で、悪く言えば世間知らずのお姫様だった。
一六歳になって半年が過ぎた頃、ジュラミラダ帝国の侵攻が始まった。圧倒的な軍事力を誇る帝国軍によってウィンサーム領地は次から次へ踏み荒らされて、ついには王都に迫っていた。
「姫、お逃げください」
「いやよ。父上も母上も残るのでしょう? ならわたしも」
「これは陛下のご命令です。リアーティ殿下、今すぐに王都を発ちます」
軟禁されていると嘆いていたくせに、いざ王都を出ていいと言われると反発したくなる。これは反抗期に近いものがあったのも理由の一つ。けれど本当は単純に怖かったのだ。
外の世界に触れることが怖かった。
どう生きればいいのか、どう人と接すればいいのか。今考えると馬鹿みたいな理由が、当時のわたしにとっては一大事だった。
もちろん、王族である両親のことや、身の回りのお世話をしてくれたメイドたちのことも心配だった。それに加えてわたしはそれ以上に突然自分の世界を追われるような感じがして、気が動転していたのを記憶している。
「シトラ、わたしは残るわ」
「いけません。強引にでもここを連れ出します」
「わたしだって、王族よ」
「そうです。だからこそです。姫は鍵なのですよ?」
鍵。
そう、わたしが軟禁されていた理由はそれだ。ウィンサーム王から生まれてくる子はもれなく鍵としての運命が付いて回る。その役目を解放されるときは、自身の子が生まれた時のみ。だから結婚して子を作ることは絶対だった。もし、それが破られる時、封印は解かれると小さい頃から教わっていた。もちろん、王族と一部の貴族が知る機密事項ではあったが。その封印が解かれれば、王国は滅びる。だから解いてはいけない。
この地を滅ぼす魔獣メルマリーテの封印を。
「滅べばいいんじゃないかしら」
「バカなことを言わないでください。滅べばいいのなら、兵士たちはなんのために戦っているのですか。なんのために命を落としているのですか……」
「……ごめんなさい」
シトラが大声を上げて怒ったのはいつぶりだろう。昔、かくれんぼをしていて、階段からわたしが転げ落ちたときだったのが最後だったと思う。幼馴染として生まれ育ったシトラは女ながらに騎士となって、今ではわたしの警護に付いている。どんなときもいつも一緒。それがシトラという子で、わたしが唯一絶対的信頼を置いている女の子だ。
「リアーティ・シエルラテ・マーバラ・ヘイラ・ウィンサーム殿下。私こと、シトラ・ミレニアムが必ずお守りします。ですから、どうかわたしを信頼して、」
「あなたを信頼しなかったことなんて一度もないでしょう? いいわ。行きましょう」
決心が付いたのは、シトラが涙を流したからだ。
シトラが涙を流したのはいつぶりだろう。どんなに遡ってもシトラの泣き顔を思い出すことはできなかった。
わたしの警護は少数で行われることになった。大軍ではかえって目立ってしまい、帝国軍に見つかり捕縛されて、最悪処刑されることもありうるからだ。それよりも商人に扮して少人数で移動したほうが、危険が少ないとシトラは判断した。
ただし、警護をする騎士たちはみな腕の立つ者ばかりだった。
目指す場所は中立国ガーム。道中補給のために帝国のレジスタンスと落ち合う手はずになっていたのだが、現実は残酷だった。
「森が……」
「シトラ、これはいったい?」
「レジスタンスがゲリラをしていたのですが、帝国によって大森林は焼かれてしまったようです」
「つまり、レジスタンスはどうなるの?」
「拠点は放棄したようです。補給は難しくなりました……申し訳ありません」
王都から馬車で二週間ほど進むと、レンドランの大森林と呼ばれる森が広がっているはずだった。今は炎に包まれていて、燻の臭いが立ち込めている。こんな大火災の森の中に入れば生きて帰ることはできない。汚染された空気を吸い込むだけで死に至るとシトラが説明してくれた。
「シトラ様、帝国兵ですッ!!」
「え?」
「哨戒兵が、」
「まずいわね」
「ここは我らが囮になります。殿下を連れてお逃げくださいッ!!」
「でも、シトラ」
「姫ッ!! 馬車から降りてくださいッ!! 逃げますよッ!!」
哨戒兵と呼ばれる鳥の羽のような魔道具を背中に付けた兵が、上空からわたしたちを探しているらしい。それで見つかれば、すぐに帝国軍に居場所が分かってしまう。だからすぐにどこか空から見えない場所に隠れなくてはならない。
シトラはわたしの手を引いて森の中に駆け出した。森の中は煙で充満していて、息を吸うこともままならない。わたしは咳き込んでしまった。そこで、シトラの風魔法によってなんとかわたしたちの周りだけ空気を送ってやり過ごすことになった。
「シトラ……魔力が」
「大丈夫です。鍛錬していますから」
さすがウィンサームの魔法騎士。半日ほど風魔法を使い続けることができたのだから、驚異的な魔力といえる。しかし、八時間ほど経過するとシトラは魔力を使い切ってしまった。むしろ、よくもここまで持ったものだ。
「申し訳……ありま……せん」
「なにを言っているの。あなたバカなの?」
「バカ……ですか?」
「そうよ。八時間も魔力を放出し続けて、普通は倒れるわよ」
八時間経った今でも星は見えず、夜は真っ赤に焦げ続けた。わたしの氷魔法で消せるような火災ではなく、焼け石に水だった。そして燻に耐えきれずに、わたし達は森を抜けざるを得なかった。
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