#16 異世界人の受難Part04



もはや何もできないままここで殺される。リアを助ける、なんて気張って来てみたものの、結局何もできずに殺されて終わる。それが俺の短い人生だと思うと、笑えるほどに情けなくなった。



そして、死に対する恐怖が底知れず込み上げてくる。身体が震えて、吐き気を催すほどに怖かった。だが、リアを守らなくちゃいけない。そのために来たんだ。一度やると決めたことはやる。



「リア、逃げろ。こいつは俺が止める」

「ちょ、一人でなにを」

「いいから行けッ!! 俺は死んでもリアを逃がすッ!!」

「ごほッ! 余計な真似を、ごほっ、するなッ!!」



この狭い階段と低い天井なら俺を飛び越えることもできないし、その間にリアを逃がすことも可能だろう。



「早く行けッ!!」

「あなたを置いて逃げられるわけがないでしょッ!! バカも休み休み言ってッ!!」

「いいからッ!!」



狐の面が動こうとした時だった。突然の轟音に見舞われて、ボロい家の屋根が吹き飛んだ。

あまりの突然の爆音と爆風で、心臓が止まるかと思った。これには狐の面も驚愕していて、頭上を見上げたまま硬直していた。



いったいなにが起きたのか。ガスでも充満していて爆発したというのだろうか。だが、空に浮かぶ人影を見てようやく状況が理解できた。



「ハルトを傷つける奴はすべて殺す」

「ゴホッ……お、お前は何者だ……」

「ハルトの恋人で、許嫁で、婚約者で、それから愛を育む者。あたしは今怒り頂点なのだよ、そこの剣士」

「無詠唱だと……殿下のほかにもう一人無詠唱魔道士か……分が悪いな」



リリンが空に浮いていた。

いつも後ろに縛っていた真紅の髪を下ろして、その髪がまるで生きているかのように宙を泳いでいる。体調が戻ったようで顔の血色は良い。珍しく白いワンピースを着て、どこかに出かけるつもりだったのだろうか。



「リリン!!」

「あたしはハルトを二度と失わないと決めたんだ。それなのにこんな体たらくで、自分に活を入れたいよ。ごめん、ハルト。あたしがいながら」

「いや、それはいいんだけど……」



狐の面はリアとリリンを交互に見て、状況を判断しようとしている。まさか俺がリアのほかに別の異世界人と一緒にいるなんて思いもよらなかったのだろう。



「そこの剣士。お前はエルムヴィーゼからなにしに来た? 答えによっては骨も残らず消すからな」

「お前に関係のないことだ」

「はい、消し炭決定なり」



狐の面はさっきリアの魔法を無力化した魔道具のガラス玉を投げた。だが、リリンはそんなのお構いなしに炎を放つ。しかも連続で。魔道具のガラス玉はリリンの炎に包まれて消失。その後、家に引火し、リアが慌てて氷の魔法で消し止めた。



「くっ」



狐の面は勝ち目がないと判断したのか、隣の家の屋根に飛び、そこからビルの雨水管を足がかりにして、またとなりのビルの屋根に降りて逃げていった。



「あ、こら待て、逃げるな」

「リリン、深追いするな」

「でも、あいつまたリアとハルトを狙うよ?」

「俺はリリンのことも心配だ。まだなにか隠し持ってるかもしれないだろ」

「……分かった。ハルトの言うとおりにするよ」



リリンは消し飛んだ家の二階部分に着地して、俺に抱きついた。



「ハルトが無事で良かったぁ。でもダメだよ。あたしに無断で無茶しちゃうの。そういうのは今後一切禁止だからねっ!」

「あ、ああ。そうだな。悪かった」

「それと、リア」

「……はい」

「随分としおらしいじゃないか。あたしに言うことは?」

「ごめん」

「ごめんじゃ分からないよ?」

「ごめんなさい。迷惑かけて」

「……うん。分かればよろしい」



そう言ってリリンは氷漬けになった男に手をかざした。リリンの炎が舐めるように氷を溶かし、パンツ一丁の男はその場に倒れ込んだ。



「それで、あの剣士は誰なのさ。答え方によっては生焼けの刑に処しちゃうよ?」

「ぼ、ぼぼ、ぼ、僕は……こ、ここ、ここに来る女をす、す、好きにしていいって、言うから」

「誰が? 答えなさい、この豚」



リアは土下座する男の頬を足裏でグリグリを責め立てた。いや、これはM男にすればむしろご褒美なのではないだろうか。しかも相手はSっ気たっぷりな雰囲気のリアだ。リリンは嘆息しながら、その様子に「やっぱり変態じゃん」とつぶやく。



もちろん、変態と指摘したのはリアに対してだろうが。



「も、も、も、もっと、もっと罵ってく、ください」

「なに喜んでるのよ、気持ち悪い。春斗、こいつ頭おかしいんじゃないのかしら」

「逆効果だろ……」



しかもリアのコーデがミニスカにニーハイだから、余計に際立つというか。



「答えなさい。あの狐の仮面の人は、女なの? 男なの?」

「お、お、女」

「おい、なんでそう思う? 根拠は?」

「お、お、お前には、こ、こた、答えない。び、び、美女ふ、ふたりもつれ、連れて、む、むかつくぞ」



なんかカチンと来た。



「それで、女だという根拠は? この豚、はやく言いなさい」



狐の面をして身体のラインは見えないようにローブを羽織っていた。背丈は俺よりは低い。だが、165以上はあったと思う。男でもそれくらいの身長の者はいるし、身長だけで性別の判断はつかない。



「い、い、いいい、異世界、異世界マッチングで、」

「異世界マッチングでマッチしたのがあの狐の面だったってこと?」

「そ、そそそ、そう」

「他に情報は? ほら答えなさい」

「あ、あああ、足をな、舐めさせ、舐めさせてくれたら、」

「気持ち悪いわ。もう無理」



リリンがなにか思いついたように男の前に立ち、人差し指に火を灯した。



「用済みならとっとと燃やそっか。安心して。生焼けで死なない程度に焼いてあげるよ。あたしって優しいんだぁ」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ」

「あたしね、エルムヴィーゼでは要らないものは全部燃やしてたんだ〜〜〜。エコでしょ?」

「や、や、やめ」

「ほら、吐け。燃やされる前に吐け。言わなければリリンが焼くわよ」

「い、いい、言います。いい、言いますから」



狐の面の女の名前は不明。結局、変態男も性別が女というくらいしか分からなかったらしい。異世界省に届け出をする前で、名を名乗っていないために変態男からしても狐の面の女の正体を知る術がなかったというのが実際のところ。だが、俺の怒りは収まらない。こいつはリアに触れたんだ。罪は重いぞ。



「おい。このまま警察に突き出してもいいんだぞ」



だが、それをするとリアとリリンが犯罪行為をしたことも露見してしまい、強制送還になりかねない。



「そうなったらお前は監禁、暴行の罪に問われる。そればかりか、一生この二人から命を狙われることになるんだ」

「ひ、ひぃぃぃ、それだけはご勘弁を」

「なら、この件は黙っておけ。誰にも言うな。警察や近所から咎められたらガス爆発だ。いいな?」

「は、は、はい、分かりました」



半殺しにしたいところだが、こちらもタダでは済まない。リアとリリンの平穏を壊すわけにもいかないから、この辺りで手を打つしかないだろう。



その後、リリンは気になることがあると言って飛んで先に帰宅した。俺はリアとともに徒歩で新宿駅に向かう途中だ。



「あの……春斗」

「うん?」

「来てくれて……その、ありがと」

「そうだ。リア。このっ!」

「いだだだだっ、ごめんなさい、もうしませんから~~~」



リアのこめかみをグーでグリグリのアイアンクローを食らわしてやった。こいつは勝手にいなくなった上に極度の心配を掛けやがって。もしなにかあったら、どうするつもりだったんだ。ったく。



「一言相談くらいしろ。あんな置き手紙を残して出ていったら誰でも心配するだろ」

「……ごめん」

「リア、なにがあっても俺のそばからいなくなるな。俺がリアを守る」

「春斗……?」



本当に心配した。

リアともう二度と会えなくなるかと思った。

そう思ったら勝手に身体が動き、路上だと言うのにリアを抱きしめてしまった。そこで緊張の糸が切れてしまったのだと思う。カッコ悪いけど、ずっと我慢していた感情が一気に溢れ出してしまった。



「春斗……な、なにしてんのよ」

「わ……るい」

「泣いてるの?」

「泣いてねえよ」



リアは俺を抱きしめ返してくれた。背中に手のひらの温もりを感じる。

誰かに抱きしめてもらったのはいつぶりなのだろう。覚えていないし、された記憶も残っていない。人間ってこんなに温かいんだな。



「春斗……うん。ありがとう。助けに来てくれたとき……嬉しかった。わたし、」

「……ああ」

「春斗と出会えて良かった」



これではっきりした。

俺はリアのことを守る。



「リア、エルムヴィーゼでのこと教えてくれるか?」

「……分かった」



リアは俺から離れて、ゆっくりとした口調で話し始めた。






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