#14 異世界人の受難Part02



6月21日土曜日。8時過ぎ。



日本に来たばかりで、知り合いが俺やメーチャさん、リリンしかいないリアにとって、いったいどんな用事があるというのか。もし用事があったとしても一人で行く必要なんてない。それに、まだ中野駅周辺や異世界省あたりしか地理が分からないはず。



そう考えると、リアが一人で行動するにあたって考えられる衝動は、あまり多くは思い浮かばない。



エルムヴィーゼ絡みの問題が起きて、一人で解決しなければいけない事象が起きてしまったこと。リアがエルムヴィーゼでなにをしていたのか、俺は聞いていない。もし、なにか大きな問題を抱えていたとして、それを俺に言わなかったのだとしたら、今回も一人で解決しようとしているのだろう。



“戻らなかったら探さないでいい”



この一文がそれを物語っている。けれど、エルムヴィーゼの問題を誰が日本に持ち込んだというのか。さらに、それをリアが知るとすればどういう状況なのか。俺と一緒のときにはそういった事案は発生していない。そうなるとメーチャさんの中華料理屋“飯旨飯店”で働いていたときになにかあったのかもしれない。リリンに聞くのが手っ取り早いが、今は寝込んでいる。そうなるとメーチャさんに聞いたほうがいいだろう。



さっそくメーチャさんのもとに向かうことにした。



この時間ならメーチャさんは厨房で仕込みをしているはずだ。階段を駆け下りて一階の“準備中”の札の掛かった飯旨飯店の扉を開ける。清掃の行き届いた食堂を抜けて、ごま油の匂いが漂う厨房を覗き込むと、メーチャさんが中華鍋に向かってシシトウを炒めているところだった。



「朝早くからどうしたアル?」

「リアがいなくなった。それで、リアになにかなかったか聞きたくて」

「……愛想尽かして出ていったアルか?」

「そうかもしれない……でも、置き手紙があって、」

「ウィンサーム王国はジュラミルダ帝国の侵攻の憂き目に遭い、戦争開始わずか半年で滅んだアル」

「え……?」



確かリアは、出身を“ウィンサーム”と言っていた。



「そのウィンサーム王国には、水銀のような髪に蒼玉の瞳を持つ美しい王女がいたネ。ジュラミルダ帝国は、エルムヴィーゼ人が一生を遊んで暮らせるほどの懸賞金をその王女に掛けたアル」

「待てって。リアが? あんなツンツンしてるひねくれ者が王女様?」

「誰もリアが王女とは言っていないアル。可能性を示しただけネ。だけど、現にいなくなったアルな?」

「……ああ」

「春斗、たとえリアに危険が迫っていても、お前が行ったところでどうにもならないアル」

「分かってる。けど、俺がいかなかったら、あいつは……誰を頼ればいいんだよ。こんな未知の世界で誰にも頼らずに危険な目に遭っているとしたら、」



あれ、俺ってそんなキャラだっけ。

こういうときはいつも見なかったことにして目を逸らしてきたじゃないか。だって、俺がなにをしても結果は変わらない。だから、意味がない行動なんだ。こういうことは警察と異世界省に任せるとして、俺は黙っていたほうがいい。



「死ぬアルな」

「……分かってる」

「エルムヴィーゼからリアを追ってきた奴がいるとしたら、お前もリアも確実に死ぬネ」

「ああ」

「それでも行くか?」



“春斗が……好きなの。自分でもどうしちゃったのかなって思うくらいに”



そんなこと言った後に消えるなよな。馬鹿が。

俺がここで引き下がって、リアが死んだとしたら一生後悔するだろ。

キャラじゃなくても、後悔を一生引きずって生きていくくらいなら死んだほうがマシなだよ、クソ馬鹿が。帰ってきたら説教だからな。



「行くよ」

「声が震えてるアル」

「っさい。メーチャさん居場所に見当が付くか?」

「……GPSを仕込んでおいたアル」

「え?」

「リアもリリンも目を離すとサボって逃げようとするアル。だから、逃げられないようにGPSを靴に仕込んだアル」

「恐っ」

「家賃分は稼いでもらわないと困るアルからな」



メーチャさんから俺のスマホにリアの位置情報を転送してもらった。ビーコンの示す場所はどうやら新宿らしい。それにしても逃げないようにGPSを仕込むとか、どんだけ金の亡者なんだよ。怖すぎるだろ。



「春斗」

「うん?」

「行くなと言っても行くアルな?」

「……ああ」

「これを持っていけアル」

「なにこれ?」

「メーチャ特製の護身用の武器アル」



胡椒と唐辛子の入った小瓶だった。どこからどう見ても調味料にしか見えない。



「は? なにに使うんだよ」

「催涙ガスは素人には扱いが難しいアル。そこでそれアル。素人は下手な武器を使うよりも生存率が高いアル。うちに襲いかかってきた馬鹿は大抵それで撃沈するアルな」

「な、なるほど。じゃあ、持っていく」

「気をつけろアル」



駅までダッシュして、そこから中央快速に乗り新宿まで移動した。その間も心臓は激しく動いていて背中の汗は尋常じゃなく、恐怖と不安で押しつぶされそうだった。自分の身になにか良くないことが起きそうな予感と、リアにもしものことがあったら嫌だという焦燥感。



新宿駅の東口から出て、スマホの地図アプリのアイコンの示す場所に近づいていく。雑居ビルやら暗い倉庫、廃ビルなんかを想像していたのだが、実際は年季の入った住宅街だった。昭和に建てられた家が建ち並んでいて、下町な雰囲気といえば分かりやすい。



だが、いざGPSの示す位置に来てみたら鳥肌が立った。そこは、築四〇年は過ぎているだろう古い家で、そこの一軒だけ、どことなくインディーズのホラーゲームを想像してしまう異様な雰囲気。



庭は背の高い草が生い茂り、ゴミ袋が放置されている。また、黄土色の外壁は薄汚れていて、なにかのシミが無数にこびり付いている。また、塀にも家の外壁にも植物のツルがつたっていて、一階も二階も雨戸が閉まっている。



ああ、インディーズのホラーゲームもそうだが、昔やったエロゲにもこんな家が舞台だったのがあったな。あれはエログロ系のクソみたいなゲームで、美少女がSMを通り越して惨殺されていたっけ……。って余計なことを思い出すな、俺。自分で自分を追い込んでどうする。



ここにリアがいるとしたら、いったい中ではなにが行われているのだろう。もしここにリアがいたとしても、異様に静か過ぎる。人の気配が全くしない。いや、外から見ても分からない。



軋んでキーキー煩い門扉を開けて、草の生い茂る庭に足を踏み入れる。なるべく音が鳴らないように静かに歩いているつもりでも、草の擦れる音がしてしまう。これは蚊に刺されそうだ。それにゴミが異臭を放っている。



玄関の前に立って、どうするか考える。インターホンを押してみるか。押してどうなる?

ここに異世界人がいますか?

なんて聞いたところで、「います」なんて言うのだろうか。むしろ、リアの置き手紙の反応からして、なにか危険が伴うから探さないでと書いたのだろう。あんな分かりやすく、アニメでしか見ないような内容の手紙を書くリアなのだから、ここは素直に受け取ったほうがいい。



不法侵入だとしても、こっそり入るしかない。



玄関のドアは予想通り施錠されている。仕方ない。どこか入れそうな場所を探すか。

家の周りをぐるっと回ると、壁をトタンで直している箇所があり、そこのネジが外れかかっていた。少し浮かせば侵入できそうだ。



「ふぅ……」



一度呼吸を整えて侵入を試みる。なんとか入ることができた。入った場所は使われていない倉庫のようだった。だが、入ってギョッとした。乱雑に置かれたフィギュアで、足の踏み場もないくらいに荒れている。雨漏りしているのか、床は腐っているし、どのフィギュアも黒ずんでいる。本来なら可愛いキャラだったはずだが、こうなるとホラー以外の何者でもない。怖すぎる。



住人はアニメオタクか。うーん、リアとの接点がイマイチ分からない。



倉庫を抜けると廊下だった。耳を澄ますと奥の方からシャワーのような音が聞こえてくる。住人が風呂にでも入っているのだろうか。廊下から一番手前の扉を開いて、俺はさらに後悔した。リビング部分(と思われる)はカップ麺やら空いたペットボトルやら、脱ぎかけの服やら、よく分からないゴミが散乱していて……予想はしていたが、要はゴミ屋敷だ



あまりの異臭にそっと扉を閉めた。反対側の扉も同じような感じだったが、こっちはゴミ袋がいくつも積み重なっていて、その奥に仏壇が見えた。壁には遺影が掛かっている。あぁ、本当に見なきゃ良かった。



「……最悪だ」



思わず本音が漏れてしまった。



廊下の奥に進むとL字になっていて、そのまま真っすぐ行けば階段。左に曲がれば風呂場なのだろう。中からは鼻歌が聞こえてきて、男がシャワーを浴びているようだった。一階部分にある部屋にはリアはいなそうだ。



階段を進み二階に上がってすぐの部屋は子ども部屋のようで、ここにもリアはいなかった。なんでここも異臭がするんだよ。ゴミくらい捨てろ。その隣の部屋の扉は少しだけ開いている。



「ん……?」



気のせいか、わずかに声が聞こえたような気がした。扉を開くと蝶番がギギっと鳴ってしまった。だが、そんなことはどうでもよく、目の前には口をテープで塞がれて、後手と足首を結束バンドで縛られたリアがいた。横になっていて、リアは目一杯の涙を湛えている。



「リアッ!!」

「んんッ!? んっーーーーッ!!」

「えっ!?」



気づくと背後に気配がして急激に眠くなり、立っていられずに倒れてしまった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る