#12 異世界人の仕返しPart2




席に案内されると同時に、リアとリリンの大人げない戦いがはじまった。



「あたしがハルトの隣なのだっ!」

「ちょ、なぜあなたが決めるのかしら。ここは勝負といきましょう」

「いいねっ! じゃあ魔法で勝負する? リア、君のへなちょこな氷じゃあたしの炎に太刀打ちなんて無理だと思うよ?」

「あなたこんな狭い空間で魔法とか本当にバカね。この食事処を粉々にする気? これだから野蛮人は。こういうのはじゃんけんというゲームが相場と決まっているのよ。先輩が教えてあげるわ」



なにやらじゃんけんがはじまったところで俺は、偶然を通り越して気持ち悪いくらいによく会う阿賀塚と林田の席(俺達のテーブルの隣)に座ることにした。というのも、林田も阿賀塚もリアとリリンにそれぞれコテンパンにやられて、その後どうなったのかが気になるからだ。



「チョキはハサミなんでしょ。あたしならハサミで石切れるけど?」

「そういうのを脳筋っていうのよ。あなた頭大丈夫かしら。ルールを無視するのは法を破るのと同じ。そういう無法者がいるから世の中おかしくなるの」

「なら、パーは紙で石を包むっていうけど、あたしが石ならパーなんて燃やせるけど?」

「話聞いていたのかしら? 頭おかしいの? 大丈夫?」

「さっきからなんだい、脳筋脳筋って。リアなんて単なる変態M女じゃないかっ!」



隣の席がやたらとうるさい。いつになったらオーダーできるのか、ちょっと不安になってきた。



「それで青原くん……なんで僕のとなりに座っているんですか?」

「俺達に関わらないでくれ」

「いや、この前はうちの二人が申し訳なかったです。それで二人ともどうなったのかと思って」

「どうなったとは……なんのことです?」

「だから、二人とも彼女とその後仲直りできたんですか?」

「別れましたよ。あんな勘違い女とは別れて正解ですよ」

「ああ、俺もだ。あんなクソ女こっちから願い下げだ」



ああ、そういうことか。別れたんじゃなくてフラレたんだな。

気の毒だとは思う。知らんけど。



俺に聞かれたことがすこぶる気まずいのか、阿賀塚と林田は黙ってしまった。口では別れてやったなんて強気な発言をしているが、顔を見れば未練たらたらなのが分かる。大方、二人で失恋の傷でも舐め合っていたのだろう。



「ああ、それなら異世界マッチングにお金突っ込んだらどうです? 性格はともかく、見た目だけならSSRの当たりを引くこともありますよ」



この二人はこの前の飲み会で散々人を見下してコケにした挙げ句、異世界マッチングを勧めてきたんだ。それなのに自分が同じように言われるのは嫌らしい。先に煽ってきたのはお前らだろ。と嫌味を言いたくなったが、ぐっと堪えた。



「じゃあ逆に聞くが、青原はちゃんと付き合っているのか?」

「それは……」

「そうですよ。二人には日本国籍を得るために都合の良いように使われているだけなんじゃないですか?」



それは……そうかもしれない。



リアは口が悪く捻くれているし、初見で「どうせ男なんてみんな獣なのだから好きにすれば」なんて言われてしまった。「なんとしても異世界に帰るわけにはいかない」とも。そう考えるとその線はあり得る。



リリンは「前世では俺と恋人だった」という訳の分からない理屈・理論で俺に近づこうとする。それは、いざ異世界から日本に召喚されてみたら俺にはすでにリアがいて、咄嗟に出たリアを出し抜く作戦だったのかもしれない。そんな前提があったとすれば、“あたしのほうが結婚すると尽くす”というリリンなりのアピールなんじゃないかとも思えてくる。



「それに日本では一夫多妻制は認められていないだろ。そうなると、どちらか片方は強制送還になる」

「確かに二人ともすごい美人ですが、どちらか片方とはお別れする必要がありますね」



そう。結局はその問題に行き着くわけだ。二人とも異世界には帰るわけにはいかない事情があるからこそ、わざわざ日本に渡航する決心をして召喚に応じたのだ。



「つまりだ林田。青原が捨てた方は、是が非でも日本国籍が欲しくて縋りたい気持ちでいっぱいになるわけだ」

「なるほどなるほど!」

「その捨てられた一方の異世界人は、俺が手を差し伸べるということでどうだろうか?」



それは異世界省でもらったガイドブックにも書いてあった。



必ずしも異世界マッチングで知り合った相手と結婚する必要はなく、別の日本人との結婚でも日本国籍は取得できる。もしここで俺以外の相手との結婚の選択が増えたなら、日本国籍を取得する絶好のチャンスと言える。だから阿賀塚の言うことは一理あるわけだ。いや、だからといって本当に阿賀塚と林田に取られたら嫌だな。



結婚をする心の準備もできていないのに、俺って勝手なやつだ。



「俺は銀髪のほうが好みだ。なあ、林田、お前はどっちだ?」

「僕は赤髪の子のほうが好きですね」



だが、この二人はないだろうな。リアもリリンも満場一致で阿賀塚も林田も嫌いという結論を出していた。すると茶番か。



「うわ~~~ん、ハルトぉ、リアがいじめるんだぁ~~~」

「ルールを破って、鉄の紙とか反則じゃない。チョキに勝つのはグーだけでしょう?」

「パーだって頑張ればチョキに勝てるのにっ!」



リリンは席と席の間の通路に膝をつき、俺の膝に顔を突っ伏して泣き真似をした。その背後で仁王立ちをしたリアは、まるで猫を掴むようにリリンの襟を掴んで元の席に戻らせる。



「ひどいじゃないかっ! 傷心してブロークンしたガラスのハートをハルトに癒やしてもらおうとしたのにっ!」

「なにがブロークンよ。図々しいにもほどがあるでしょう?」

「ほら、こうやってイジメるのぉ~~~ハルトぉ~~~」

「お前ら、うるさいぞ」



意を決したように阿賀塚と林田が立ち上がった。

この馬鹿なやり取りを見ていたら、なんだか腹が減ってきてどうでも良くなってきた。



俺は座りながら阿賀塚と林田がリアとリリンに詰め寄る様子を眺めていた。一度酷い目に遭わされたのによくやるよな。どうでもいいが、はやく夕食(いやもはや夜食か)を食べたい。練習で疲れたし、明日は仕事だしとっとと食べて帰りたい、とか思いながらオーダー用の備え付けタブレットを手にして眺める。



チーズインハンバーグよりかは和食だな。唐揚げ御膳がいいかな。いや、カキフライも捨てがたい。



「おい、銀髪。俺は金ならある。贅沢させるから、もしよければ一緒に来ないか?」

「? なんで?」

「林田ミツルです。僕なら君をぞんざいに扱わないよ。だから連絡先交換からしませんか?」

「ハルトぉ~~~こいつウザいから焼いていいかい?」



いや待て。よく見たら高すぎる。物価高すぎるだろ。カキフライ定食にドリンクバーを付けると千円を軽く超える。そうじゃなくてもマクデナルデに二日連続注ぎ込んでしまったのだ。ここで贅沢をするわけにはいかない。しかもメーチャさんに十万円を支払わなくてはいけないんだから、うちの家計には少しも余裕なんてないじゃないか。



「欲しいものはなんでも買ってやる。なにがほしい? 異世界では貧しかったんだろ?」

「……は?」

「君の赤い髪ってすごくキレイですね」

「ハルトぉ~~~ねえ、ハルトってば。こいつに呪いかけてもいいよね?」



つまり、俺が今選択すべきメニューは一番安価なお子様セットしかない。ドリンクバーの炭酸飲料でかさ増しをするように空腹とブドウ糖を満たせば、少ない量でもなんとかなるだろう。いや、ダメだ。小学生以下と書いてあるじゃないか。そうなると……山盛りポテトかっ!!



「日本では贅沢させてやるから、」

「瞳も美しい。まるでルビーみたいで、」

「「は? 死ねば?」」



リアが氷の魔法を、リリンが炎の魔法を使った。もちろん全力ではないと思うが、阿賀塚は全身霜だらけとなり、林田は髪の毛がチリチリになった。



「このわたしを誰だと思っているのかしら。わたしをお金で買えるなんて思っているとしたら、甚だ不愉快ね。それに人でもないゴリラが話しかけてくるなんて不快でしかないわ。二度と話しかけてこないで欲しいものね」

「ごめんね~~~っっっ!! ついムキになっちゃった。でも仕方ないよね。キレイって言葉をあたしに掛けていいのはハルトだけだもん。あたし、無闇に褒める人ってどうも信用できないんだぁ。あ、ハルトはあたしを無闇に褒めてほしいなぁ〜〜〜っ」

「暑いからくっつくな。リリン」

「ちょ、そうやって身体的接触するから嫌がられるのよ、この変態」

「変態が人を変態って言うなっ! このドM変態っ!」

「っさいッ!! いいからオーダーしろ」



阿賀塚と林田は呆然と立ち尽くした後、再び席に着いた。



「か、帰りましょうか」

「ああ……」



結局、リア・俺・リリンと二人がけの席に三人並んで座って、不自然の極みにも程があるように向かいは空席となった。しかも異世界美女二人に挟まれる俺は、他のお客さんから妬みやら好奇の目に晒されて、なんとなく居心地が悪い。まあ、これで騒ぎを起こさないのなら仕方がない、諦めるか。



それにしても、タブレットを操作してオーダーするのが新鮮だったのか、リアもリリンも楽しそうだ。



「お、これこれ、コカトリスのソテーに似てるんじゃないかっ?」

「……確かに似てるわね。若鶏のチキングリル。わたしはそれにするわ」

「ああ、でもあたしはサーロインステーキかな。この料理はどことなくエルムヴィーゼを思い出すよ」

「それもいいわね」

「なら、あたしと半分ずつ食べない?」

「いいわね」



なんだかんだで仲良しかよ。それとドリンクバーを頼むことにした。

ドリンクバーは何杯飲んでも追加料金なしというシステムにリリンは喜び、リアは「採算が取れるのかしら」と青ざめて店を慮った。いや変なところで優しさを滲ますなよ。



「カルピスソーダが美味しい~~~幸せすぎるぅ~~~」

「あら、ダージリンとかいう紅茶もなかなか美味しいじゃないの」

「ファミレスで幸せになれて良かったな……」

「なによ。浮かない顔して。食事の時くらい喜びなさいよ」

「金がかかってるんだよ。んとに」



そして、料理を運ぶのがロボットだということに、



「そういえば先程からなにやら人外の者が運んでいると思っていたのだけれど、まさかリビングデッド系のモンスターを雇っているのかしら」

「不穏だなぁ。あたしこう見えて聖女系の魔法も使えるから浄化してみようか?」

「あなたが聖女? 冗談はそのお子様な振る舞いだけにしてほしいわね」

「お子様って、あたしはリアと同じ歳だよ?」



まあ、確かにリリンは童顔ではある。だからといって、リアと歳が離れているようにも見えない。



「日本って料理が美味しいんだねぇ~~~エルムヴィーゼのクソのような料理ばかり食べ慣れていたから、びっくりだよ」

「ほら、女の子がクソとか言っちゃダメよ。ところで春斗はポテトしか食べないのかしら。偏食なのね。そんなことだからバカになるのよ」

「ハルトぉ~~~~あ~~~ん。ほら、チキンだよ~~~」

「なっ! し、仕方ないからわたしのもあげるわ。ほら、あ~~~ん」

「いいから、はやく食えッ!!」



なんだかんだで家に着いたのは二十三時を回ったところだった。




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