#09 異世界人二人との生活
帰り道でもリリンはうるさかった。目に映るものすべてが目新しく、好奇心を刺激されるのだろう。それは分かるが、アーケード街であるブロードウェイを歩くたびに立ち止まって感嘆するからなかなか帰宅できないでいる。
「そんなに珍しいかしら。日本ではこれは普通なのよ。いい、これがシャンプーでこれがコンディショナー。ああ、これは……えっとなにかしら」
「パックな」
「そう。これは……なんだか分からないけれど、きっとデスマスクかなにかね」
「デスマスクねぇ。デスマスクの安売りってなかなかシリアスな展開じゃないかっ!」
「いやいや、美容パックだからな」
「これは呪術に使うのかい? ねえ、リアはどう思う?」
「知らないわよ。呪術なんて」
「楽しいのになぁ~~~呪術」
デスマスクって、確か死んだ人間の顔を象って作るマスクのことだよな。そんな気持ち悪いものを軒先で売られても困る。リアだって昨日日本に召喚されたばかりで、自分だって同じような行動を取っていたことを忘れたのか。先輩面をしているあたり見ていて面白い。
「ほら、いくぞ」
「そうよ。リリン、早くしないと置いていくわよ。ここではぐれたら一生再会できないと思いなさい」
「一生? それはヤバいじゃないかっ! ねえ、ハルト~~~~」
「うわッ」
リリンがいきなり俺の左腕に抱きついてきた。これはリアに勝るとも劣らない弾力でございますね。
「このリリン、絶対にハルトから離れないと誓います」
「はぁ? なにくっついてるのよ。離れなさいッ!!」
「絶対に離れません」
今度は右腕にリアが密着した。状況的には美味しいとは思うが、歩きづらくちょっと迷惑。それに通行する皆様の視線が痛すぎる。
そして、今日も運悪くメーチャさんにばったりと出会ってしまった。
「春斗、お前……一人増えてるアルな?」
「それにはカクカクシカジカございまして」
メーチャさんは俺の話をジト目で聞きながら、なにやら金の亡者の血が騒いだらしい。口元を緩めながら、もう一部屋貸してくれるという提案をしてきた。リアとリリンが二人で住むことのできる2LDK を格安で貸してくれるというのだ。ただし、リアとリリンが二人でメーチャさんの経営する中華料理店を手伝うという条件付き。コアタイムに人手が足りないのでウェイトレスとして働けということだった。
うーん。二名分のバイトの報酬が十五万円の家賃……。ブラックバイトじゃないのか?
「仕方ないわね。それくらいで居住できるのならやってやっても良いわよ」
「ハルトのためだもん、がんばるよーーーっ!!」
「決まりアルな」
絶対に騙されていると思う……。けど、話がこじれそうだから、口出しをするのはやめておいた。ここでメーチャさんに「春斗、お前の部屋で三人住むよろし」とか言われたら嫌だもん。
早速、家に帰るとメーチャさんは部屋を案内してくれた。俺の借りている部屋の隣部屋はずっと空室だったが、どうやらそこらしい。
「心理的瑕疵物件という曰く付きアル。一応告知義務は履行したからな」
「しんりてきかしぶっけん? ってなに?」
「ふん。リリン、先輩のわたしが説明してあげるわ。心理的菓子物件とは、その名のとおりお菓子が食べたくなるような間取りの部屋のことよ」
「へ~~~面白そう」
「異世界人はチョロいアルな」
「メーチャさん、聞こえてますよ」
「春斗黙るアル」
心理的瑕疵物件とは、前入居者がその部屋で亡くなったとか、あるいは幽霊を見たとか、そういう心理的な抵抗があって、なかなか入居者が入ってくれない物件のことだと俺は認識している。俺はそういう類は気にしない。この二人も……まあ、言わなければ気づかないだろし、幽霊が出たら炎と氷の饗宴でむしろ幽霊が可哀そうなくらいに反撃しそうだ。
そして、内覧が終わり二人は共同で部屋を借りる旨の契約書にサインをした(俺は保証人にされて、どちらかがバイトを休むたびに罰金を支払うとかいう、なんともおかしい契約だったことに気づいたのはサインをした後だった)。
メーチャさんが夕方までにリリン用の生活用品を追加で用意してくれるという。案の定、二人は俺の部屋から一向に出ていこうとしない。
「それで。部屋を借りたのになんで二人とも俺の部屋にいるんだ?」
「リリンが抜け駆けしないようにでしょう。そんなことも分からないのかしら」
「どの口が言うのさ。そもそもリアが既成事実作ろうとしているんだもん。子どもさえ作っちゃえば絶対に自分が選ばれるとか言っちゃって。盛りが来た犬じゃないんだから」
「なっ!? わ、わたしがいつそんなことを言った?」
「春斗との子どもさえ作っちゃえば安泰なのだけれど」
リリンがリアの口真似をしながらとんでもないことを口走った。
「ば、ばかっ!! それは、その」
「いいぞ」
「へ?」
「リア、子作りするかっ!」
「バ、バッカじゃないの。そういうバカは休み休み言って」
「嫌なのか?」
「……本気なの?」
「本気だったら?」
「……春斗が……したいなら……仕方ないから付き合ってあげても」
「まあ、冗談だが……ぼふぇッ!?」
平手打ちを食らったのは言うまでもない。冗談の通じないやつだ。
「リアって面白いね ハルトってさ、勇敢だけど臆病な性格なんだよ」
「なんで俺の性格知ってるんだよ。それに矛盾してるだろ」
「いざというときには頼りになるのに、恋愛とかになると及び腰になるんだよね」
「だからなんで分かるんだって」
「実際にそういう恋愛してきたからね。前世で」
「はいはい。あなたのそういう妄想も嫌いじゃないけど、そろそろ現実見なさい」
「それはリアのほうだよ。君はもう少し素直になったほうがいい。春斗に嫌われちゃうからね?」
することもなく午後はダラダラと過ごしてしまい、夕方になって出かける時間となった。
「どこかに出かけるの?」
俺が着替えて寝室(クローゼットがある)から出てくるとソファでくつろいでいたリアが他立ち上がり、そう訊いてきた。ちなみにリリンは床で爆睡している。リリンはどこでも寝ることができると言っていたが、本当だったらしい。
「今日は練習の日なんだ」
「練習……なんのよ?」
「ああ、言っていなかったな。よさこいのチームに入っているんだ」
「よさこい?」
「うん。よさこいっていう踊りだな。悪いけど夕飯はメーチャさんの店に行って食べてくれ」
「イヤよ」
「は? なんで?」
「わたしも行く」
「いいよ、来なくて」
「イヤ。だって、春斗がどこでなにをしているのか気になるもの」
リアは俺のシャツの裾を摘んだ。
「置いて行かないでよ……また夜が来るし」
夜が怖い。
昨晩、リアが急にしおらしくなったことを思い出した。あれはいったいなんだったのか。リアは夜になると急に弱気になって甘えてくる。つまり、夜は一人でいられないとなると、置いていくのは可哀そうかもしれない。リリンはこんな感じだからあまり頼りにならなそうだし。
「お願い……」
「分かった」
結局、リアを連れて行くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます