#08 異世界人は前世の記憶あり
思い込みの激しい子が出てきちゃったなと思ったのは、俺だけじゃなかったらしい。リアも怪訝そうな表情を浮かべてリリンに冷たい視線を送っていた。
「はぁ……召喚されたときからおかしいとは思っていたけれど、これほどとは。どれだけ頭の中お花畑なのよ」
「……前世って。あるわけないだろ。そんなもん。そうだとしても、俺に前世の記憶がないのになんでリリンにはあるんだ?」
「そうよ。春斗の言うとおりだわ」
「そのうち分かるって。リアには悪いけどハルトを渡すわけにはいかないからっ!」
「それは春斗の意思でしょ。あなたが良くても春斗は拒否するはずだわ」
異世界省の窓口でこんな会話をしているものだから、担当者はドン引きしていた。担当者は土曜日にリアの滞在許可関連の手続きをしてくれた人と同一人物。リアに引き続きリリンを召喚してしまったことに驚きを隠せない様子だった。加えて、頭のおかしい異世界人がもう一人増えてしまったのだからどうしていいのか分からないのだろう。
「ええっと、それで青原さん……どうするつもりですか?」
「どうするつもりって」
「政府としては、二人とマッチングしてしまったからどちらか片方を強制送還しなければいけないといったルールは存在しないんですよ」
「それは……つまり、リリンの面倒を見なければいけないってことですか?」
「いえ、拒否する権利はあります。ですが、強制送還するには自己負担になりますよ?」
「え。お金掛かるんですかっ!?」
「あれ、説明していませんでした? 日本人の都合による強制送還の場合は、一回あたり三百万円ほど掛かってしまいますよ?」
「さ、三百万ッ!? 二人分だと……?」
二人分という言葉で、リアが俺の足を踏みつけ、リリンが肘で脇腹を突いてきた。それも二人とも笑いながら。
「もちろん倍の六百万円ですよ? ゲートは一人用ですし、異世界側との調整も必要なんです。加えて電気代、触媒費用から異世界の魔導士とこちら側の技師の人件費は馬鹿にならないので」
「……ええっと、二人ともとりあえず受け入れます」
「ちょっと春斗、リリンは帰すって約束でしょう? なに受け入れてるのよ。馬鹿なの?」
「帰す金がない……」
「……この甲斐性なし」
書類にサインをして結局リリンを受け入れることになった。そして、帰り道にリアがどうしてもまたハンバーガーを食べたいというので、三人分のバリューセットを買って食べることになった。両手に花といえば聞こえはいいが、一人は口の悪い横暴なお嬢様。もう一人は好戦的なマイペース妄想癖の勇者様。
「このシェイクという冷たい飲み物もなかなか良いわね。し、仕方ないからお持ち帰りでいただいてあげてもいいわよ」
「あ、ハルト~~~ポテトとかいう食べ物の両端を二人で食べていくみたいなゲームしよっ!」
「なに変態みたいな企みしてるのよ」
「リアはしたくないの?」
「え、わ、わたし? そ、そんなはしたない真似……したいけど……って、するわけないでしょッ!!」
「リアはしないって。ハルト~~~~」
「っさいボケッ!! 店の中では静かにしろ」
二人とも見た目はSSRなので人目を引く。だからこそ視線が痛い。なんで俺みたいな凡人がこんな異世界人を二人も連れているのか。きっとそう思われているに違いない。だから目立たないように静かにしろと言っているのに、この二人は……。
「ねえ、ハルト~~~」
「お前は人の話を聞けッ!!」
「いだだだだだだッ! や、やめて~~~~静かにします、しますからぁ~~~」
リリンのこめかみをグーでグリグリとアイアンクローしてやった。いったい異世界ではどんな生活をしてきたのか分からないが、とにかく人の迷惑を顧みずにうるさい奴だ。
いらっしゃいませー。
店員の声とともに自動ドアから入ってきたのは見覚えのある男。それは林田とともに俺を散々馬鹿にした阿賀塚だった。またこのパターンか。
「は? 青原じゃねえか」
「……阿賀塚さん、おつかれです」
「おつかれじゃねえよ。お前、なんで異世界人と一緒にいるんだ……?」
そういう阿賀塚も隣には彼女がいた。彼女はなんかすごくツンとしている。俺を一瞥して軽く会釈はしたが、まったく興味がないって感じでスマホばかり見ていた。
「林田さんから聞いてないんですか?」
「なにを?」
話していないのか。林田の情報はすぐに阿賀塚に渡ると思っていたが、林田が話さないところを見ると、あの後、彼女となにかあって話したくない事情があったのかもしれない。
「いえ、なんでもないです。こっちがリアでこっちがリリンと言います」
「このゴリラみたいな人誰なのよ? 生意気にも人語話しているみたいだけど」
リアは小声のつもりらしいが、しっかり聞こえているからな。阿賀塚は片眉をピクッと上げて気に触った様子。ゴリラは言い得て妙だな。少なからず俺もはじめて見たときに同じことを思った気がする。
「リアだ・ま・れ。えっと、二人とも異世界マッチングでマッチした子なんです。運良く二人とマッチして困ってると言うか」
「は? お前、まさか俺達の話を真に受けて、異世界マッチングアプリ使ったのか?」
「そのまさかなんです。だって散々、陰キャだとか暗いとか、アホだのバカだの、生きている価値ないとか、生まれ変わったらモテるといいなとか、クソミソに言われたので」
当てつけのように阿賀塚に言ってやった。
それまで大人しく話を聞いていたリリンが突然テーブルを叩く。この好戦的な勇者様は、初対面の俺を買ってくれている。前世では恋人だったという妄想がそうさせているのは、少し怖いが。
「いや、俺はそこまで言ってないだろ」
「そうですか? 言葉は違えど、同じようなことを執拗に言われた気がします」
「……生まれ変わったらモテるといいな? そう言われたのかい? ハルト」
「それは……言われた気がする」
リリンは笑っている。目以外は。むしろ笑顔の中で目が据わっていて怒りが強調されているようにも見えなくない。
「生まれ変わってようやく再会できたあたしの大事な、大事なハルトにそんなこと言ったんだ」
「リ、リリンはどうした?」
「いったいどこでスイッチが入ったのよ。ちょっとリリン落ち着きなさいって。ゴリラなんて放っておきなさい」
ゴリラ……じゃなくて阿賀塚にはまったく興味がないようで、リアはバニラシェイクにポテトを付けて食べ始めた。これがなかなか美味らしい。頬が落ちないように両手で支えて幸せそうな顔をしている。
「チャーム」
「うん? チャームってなんだ?」
「禁忌とされている魔法ね。魔法というよりも呪術に近いわ。使える人はじめて見たかも。あ、春斗、ナゲットとシェイクの組み合わせも抜群なの。食べてみる?」
禁忌の魔法なら、リアはもう少し興味を持て。
「いや、いいって。そんなに食べると腹壊すぞ」
「大丈夫よ。軟弱ね、春斗は」
「な、なんと美しい。ああ、俺は今まで君という人を知らなかった。知っていたなら、すべてを捧げたのに」
阿賀塚が突然訳の分からないことを口走った。となりでスマホを弄くっている彼女も顔を上げて阿賀塚を睨んだ。つまりそういう魔法か。自分に好意を持たせてしまう魔法。いや呪術。それは確かに禁忌とされるな。これが成功すると意のままに人を操れるってことだろ。いや、リリン怖いわ。
「チャームってどうやって使うんだ?」
「使いたいわけ?」
「ああ、使えばもう少しリアを大人しくさせられるだろ」
「ぶへッ」
案の定顔を平手打ちされた。今回はグーでないだけマシだろうけど、痛い。
「つまりあたしに恋をしたと?」
「恋? そんなものじゃない。俺は君を愛してる。頼む、このとおりだから結婚を前提に付き合ってくれ」
「どうしようかな。君ってさ、彼女いるんでしょ」
「彼女? ああ、こいつか。こいつとはもう潮時だと思ってたんだ。最近喧嘩も多いし、結婚なんて考えられないからな。根本的に性格が合わない」
「ちょ、ちょっと、タケル? な、なにを言っているのよ」
「俺はもうお前とは話すことなんてない。本心だ。あとで買ってやったプレゼントはすべて返却してくれ。あと奢った飯の代金も半分返してもらうからな。分かったら俺の視界から消えろ、カス」
「ひど……い。私だってあんたみたいな男、可哀そうだと思って付き合ってやってたんじゃない。信じてたのに」
「は? それはこっちのセリフだろ。てめえみたいなブサイクと俺が釣り合うわけねえだろ、一昨日来やがれ」
なぜか修羅場になっていた。阿賀塚の彼女はブサイクではない。むしろ綺麗なほうだ。モデルのような顔立ちをしていて、服装もばっちりキマっている。正直、阿賀塚のようなゴリラとは釣り合わないと俺も思っていた。阿賀塚はどこか自信過剰なところがあって、自己評価が高いのだ。
それを自分で痛いと思っていないところが俺はすごいと思う。まあ、けれど常に自信のある顔をしている人はモテるのも事実。俺には無理だけどな。
パチンと彼女にビンタをされて阿賀塚は頬を押さえた。
「え? 俺、今なにを?」
「二度と連絡してくんな。キモいんだよ、クソ男」
「ま、待て」
彼女が走って出ていったところを阿賀塚が追いかけていった。
「少しやりすぎじゃないか?」
「そうかな。ハルトをバカにしたんでしょ?」
「自業自得ね。人を見下したり、陥れたりするような輩は天罰が下って当然よ」
それをお前が言うか。リア。
リリンは「あー面白かった」と笑ってシェイクを啜り始めた。
俺はとんでもない奴らを引き当ててしまったのかもしれない……。
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