#07 二人目の異世界人
6月9日の月曜日。
仕事に行かなければならない。二日間休んだ後の出社は本当にダルい。地獄だ。満員電車に乗って苦痛を耐えしのぎ、面倒なデスクワークに勤しむことによって生活費を稼ぐ。これは生きていく上で仕方のないこと。ああ、分かっているよ。でも疲れが取れない。理由は同居人のせいだ。
当の本人は俺のそんな気苦労も知らずに、テレビの天気予報を見て不思議そうにしている。なんで雨を予測できるのかが不可解らしい。
そんな朝のクソ忙しい時間帯に事件は起こった。
「春斗〜〜〜」
「なんだ?」
「なんだか小さいアーティファクトが鳴ってるけど〜?」
「アーティファクト?」
リアが指さすアーティファクトとはスマホのことだった。電話やメッセージではなく単なる通知。アプリからの通知だった。
「なんだ、異世界マッチングか」
リアとマッチしたことをまだ通知してくれるのは、ありがたいのを通り越して迷惑だな。
『おめでとうございます。マッチしました』
俺がスマホを見ていると、リアが横から顔を出して覗き込んだ。
「おめでとうございます? それは、なにに対する祝福なのよ」
「異世界人とマッチするとこういう通知が来るんだ」
「ふーん?」
「いや、これってリアとマッチしたってことだろ」
「日付が六月九日になっているわよ。これってこの世界の暦よね? さっきそこの映像装置魔道具も同じ日付だったわ。もしわたしとの出会いのことなら相当時差があると思わない?」
映像装置魔道具とはテレビのことだ。
「……確かに」
異世界マッチングは一回五千円。そう何回もできるわけではない。俺はすでにリアとマッチしたのだから、これ以上ガチャる必要はない。だからあれ以来異世界マッチングはアプリすら開いていない。なら、これは異世界マッチングアプリの誤作動ということだろう。そういうバグでもあるんだろうな。
それで大して気にもせずに出社する準備を整えているときだった。唐突にインターホンが鳴った。
「宅配便で〜〜〜す」
「は〜い」
「サインおねがいしゃーす」
「ここでいいのかしら」
「ありがとございっした〜〜〜」
え。こんな朝っぱらから宅配便?
リアが勝手に玄関を開いて伝票にサインをしていた。
……なんか思い出したぞ。
俺は一昨日の夜、酔った勢いで異世界マッチングをしたんだよな。それで翌朝にリアとマッチして現在に至る。一回五千円と安くない金額だった。だが、賞与が近いからと一万円を使ったような気がする。つまりガチャった回数は二回。
これはかなり嫌な予感がする。宝くじに当選するような低確率と認識していたからこそ二回やったのだ。それなのにまさか二回とも当たりを引いてしまったとなると、それは幸運などではない。だが、まだ取り返しはつく。使い捨て簡易ゲートを使用しなければこのままなにもなかったことになる。そうだ、それしかない。
横を見るとリアが勝手に箱をビリビリに破いて中身を出していた。
「ちょ、なに勝手に箱開けてんの」
「まずいわけ? 未来の花嫁だもん、これくらいいいでしょ?」
「花嫁って……」
昨晩のリアの様子を思い出して考えてみたが、リアは俺に気を許してくれている。それに多少なりとも気があるのも間違いない。だが、いきなり“未来の花嫁”とか言われると……感情が追いつかない。突然ナイフを突きつけられたような感覚に陥る。
「ねえ、春斗。春斗はわたしのこと真剣に考えているのよね?」
「ち、近い、近いって」
リアはすごい勢いで顔を近づけてきた。そして睨む。つぶらな瞳を針金のように細めて睨んでくる。すごいプレッシャーだ。
「考えてるって、だから、」
「わたしという可愛い伴侶がいながら、それにも飽き足らずに別のエルムヴィーゼ人を召喚しようとしているの? バカなの? 頭大丈夫?」
「普通に考えて、二人目の異世界人を引き当てるとか思わないだろ……」
「なら、これはいらないわよね。このままわたしが氷漬けにして封印しても文句はないわよね?」
「ないない。ぜひそうして、」
怒ったリアが使い捨て簡易ゲートを床に投げ捨てたときだった。使用していないのに勝手にゲートが光り始めた。リアのときのような透明な光ではなく、赤い光でとんでもなく眩しい。
「きゃあああああああああああッッな、なによこれッ!?」
「召喚だ」
「そうじゃなくて、この赤い光よッ」
ようやく赤い光が止んで、恐る恐る目を開くと……またもや美少女が立っていた。赤毛のポニーテールにガーネットのような瞳。見た目はどこからどう見てもSSRで、リアと同様この世のものとは思えない容姿をしている。氷の女王のリアとは対象的に女勇者だ。異世界者のアニメのヒロインのような印象でエロゲで言えばまっさきにスライムの餌食になるやつ。
って、エロゲ基準はないだろ。
「リリン参上!!」
赤毛の女の子はそう言って俺に抱きついてきた。
「あたしはリリン。えっと、君があたしの相手で間違いない?」
「あ、ああ。春斗だ。青原春斗」
「ハルト!! やっぱり。運命って簡単な言葉で割り切りたくないけど、世界樹はすごいね!」
リリンはリアと同様に俺を運命の相手と認識している。いったいなんなんだ。
「なっ!? ちょっと、いきなりあなたはなんなの?」
「だからリリン。あたしはリリン。ハルトに出会うために生まれてきたリリン・マーズ・フライデー」
「待て。ちょっと待て、唐突すぎるだろ。心許すのが早すぎるって」
「……待って。このエルムヴィーゼ人は一体全体誰なのさ」
「わたしはリア・スウィーティーよ」
「つまり浮気相手ってことで灰にしていいのかい?」
リリンは手から炎を出した。それはもうメラメラと燃え盛る絶対に人に投げちゃダメなヤツだった。
「ちょ、待てって」
「炎属性……やってみなさいよ。わたしに炎なんて効かないんだから」
リアの周囲に凍てつくような空気が張り詰める。
なんなんだ。
浮気って、後から出てきたのに随分な言い草だ。圧が強すぎる。見た目はSSRだが、またしても中身は大外れじゃないか。
「浮気ってなに? 言っておくけれど、わたしのほうが先に春斗に出会っているの。それに召喚なんてしていないのに勝手に出てきて、浅ましいとは思わないのかしら」
「全然。だって、ハルトとはあたしのほうが先に出会っているわよ」
「……どう見てもわたしのほうが先でしょう? あなた頭大丈夫?」
「あー。そういうことじゃなくてね。ま、なんでもいっか」
いや、よくねーよ。
それで紆余曲折あって俺は仕事を休まざるを得なくなり、結果的に有給休暇を取った。それで三人でやってきたのは異世界省のビル。リリンを強制送還するにしても、異世界省に届け出は必要だからだ。
「それでリアよりも先に俺と出会っていたって言い張っていたけど、どういうことだ?」
「んー。言うのはいいけど、覚悟はできてる?」
「覚悟って、そんな大変な話なのか?」
「記憶がないハルトからしたら確かにそうだよねー」
記憶がないとはいったい?
酒を飲みすぎて記憶をなくしたときに、実はリリンと会っていたとかそういう話なのだろうか。そんな馬鹿な話はない。リリンとは間違いなく初対面だった。
「あたしね、前世でハルトと恋人同士だったの」
前世……からの恋人同士か。
ああ、なるほど。そういうことだったのか。それなら確かにリアよりも先にリリンと出会っているわけだ。それはなんと運命的な……。
ってなるわけねーーーっ!!
いったいなにを言っているんだ、この異世界人は。
「これは宇宙的、普遍的、絶対的な事実なの」
リリンは自信たっぷりにそう言って、俺を指差した。
「だから、結婚しよっ! 今すぐ。ほら、ハルト」
「ま、待て」
「そうよ。いきなり出てきて結婚って、さすがに頭おかしいんじゃないかしら。前世とか言ちゃって、そんなのあり得ないわよ」
魂が春斗を覚えているとか、リアも言っていなかったか。似たり寄ったりな気もしなくないが、自分のことは棚に上げてリアは腕組みをしながらリリンを鼻で笑った。
「あり得るよ。これは世界樹の意思だし、あたしがハルトとここで再会することは運命の必然性がそうさせているんだから」
「まったく無意味よ。運命なんて言葉で簡単に片付けないで」
リアがそれを言うか。
だが、俺も運命なんて言葉は体よく使える便利な言葉だと思っている。
「ま。いいよ。ゆっくりと時間を掛けて愛をはぐくもーね。ハルト」
「離れなさいッ!!」
俺に抱きついたリリンをリアが無理やり引き剥がした。
この先、いったいどうなってしまうんだろうか。
————
お読みいただきありがとうございます。
☆や♡をいただけると大変モチベーションが上がります。よろしくお願いたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます