#06 異世界人の夜



「いきなり大きい声を出さないで欲しいわ。驚くじゃない」

「ごめん」

「それでこれはなんなの?」

「お、俺も知らない」



咄嗟に知らないフリをしてしまった。まさかここで避妊具の説明をするわけにもいかないだろう。



1.なぜ避妊具が存在しているのか。

2.なぜ避妊具がメーチャさんの用意した荷物に入っているのか。



この二点についてリアに突っ込まれる可能性が高い。異世界での性生活について知る余地はないが、リアが避妊という行為に理解を示すかどうか分からないし、それ以前にそんな話題を持ち出したくない。



「開けてみていいかしら?」

「いや、やめておこう」

「どうして?」

「なんとなく……」

「春斗には好奇心はないのかしら」



薄さ0.01ミリと箱にデカデカと書かれた文字がどうしても気になるらしく、リアは注意書きを指でなぞって読み始めた。



「ゴムの臭いがしません。熱が伝わりやすい……なにに使うのかしら」

「……リア、それよりも自分の姿を自分で見てみろ。リアには羞恥心ってものがないのか」

「わ、わたしだって恥ずかしいわよ。でも……春斗はこういう服好きなんでしょう?」

「まあ、そうだな。不覚にもドキドキしたし、可愛いと思う」



エロいとかそういうことは別として、リアに似合っている。スタイルの良さが際立って見えるし、恥ずかしそうにしている姿がエロゲのヒロインそのものだ。誤解を招くかもしれないから言っておくが、エロゲのヒロインは普通に可愛い。二次元だから当たり前だが、可愛すぎる。その二次元キャラを具現化したのが、今、目の前にいるリアだ。



2.5次元と言っても差し支えないほどに可愛すぎるのだ。



「……ばか」



リアは再び脱衣場に戻っていった。いや、なんでバカって言われたの、俺。巻き込まれ事故ってやつなんじゃないのか。



そして着替えてきたリアはハーフパンツとTシャツ姿。これでようやく直視できる。本当にとんだお騒がせ異世界人だ。



この隙きに0.01ミリは隠すことに。



それから通貨について説明をしたり、テレビを見て説明をしたり、質問攻めにあって気づくと夜になっていた。一つ分かったことは、リアは異世界でも教養のある人だったということだ。日本について説明をしている時にちょくちょく異世界のことを教えてくれたのだが、その会話に知性を感じることができた。あとは意外にも身分は高そうだということ。



あくまでも俺の直感なのだが、リアはおそらく貴族かなにかだったのだと推測する。だが、貴族が日本に来るなんてことはあまり聞かない。日本国籍を求める者はみな貧しい出自が多いと専らの認識だ。



「もうこんな時間か。リア、ベッドを使え」

「仕方ないわね。どうせ安いベッドなんでしょう。我慢してあげるわ」

「はいはい。高給取りじゃなくてすみませんね」



うちの間取りはリビング・ダイニング・キッチンのほかに寝室が一部屋あり、リアがここで暮らすとなるとおそらく占領されるだろうとは思っている。女の子だし、プライベートルームは絶対に必要だ。むしろ、そういう部屋がなければ俺もやりづらくて仕方がない。



リアをベッドに寝かせてから、部屋の電気をリモコンで消すと暗闇が部屋に立ち込める。俺が立ち去ろうとすると、リアは俺のシャツの裾を摘んだ。



「行っちゃうの?」

「ああ。ゆっくり寝ろ。日本初日で疲れたろ」

「……行か……ないで」



蚊の鳴くような声だった。それはさっきまでの強気なリアとは別人のような、なにかに怯えるような声で、暗がりでも泣きそうな顔だと分かるくらいには、リアは狼狽しているように見える。



「どうした? らしくない気がするけど」

「……ごめんなさい」

「? 本当にどうした?」

「暗いところが……怖いの」

「子どもかよ。明かり点けるか?」

「……いい。春斗がいてくれればいい」



仕方なくベッドに座って、リアのそばにいることにした。いきなりのキャラ変に困惑していると、今度は、



「手……握ってくれる?」

「……え?」

「どこにも行かないで」



急激に心臓の動悸が速くなる。普段強気で口が過ぎるリアがこうもしおらしくなってしまうと……か、か、可愛いとか思ってしまう。



「わ、わかった」

「……うん」



そうしているうちにリアは安心したのか寝息を立てた。ゆっくりと握られた手を離すと、寝たフリをしていたのか、逃がすまいと指と指の間に指を入れられて、いわゆる恋人握りをしてきたのだから、もはやどうにもならない。



「ここで……寝て? いいよ」

「いや……それは、」

「春斗がなにもしないことくらい知ってるもん」



な、なんなんだ、いったい。

可愛すぎるぞ。こいつ、本当にリアなのか。いつの間にかすり替わっているんじゃないのか。



「え? そんなの分からないだろ。俺だって男なんだから」

「春斗のこと知ってる。春斗は……わたしの……」

「……なに?」

「わたしの……運命の……人だから」



運命の人。



言葉にすれば安っぽく、すべてをその一言に集約できる便利な言葉だ。俺に今まで彼女ができなかったのは運命の女神が微笑まなかったからだとか、言い訳に使用してきた言葉でもある。けれど、リアがその言葉を発したのはなんとかなく意味がある気がした。



リアと俺が出会った時にはかなり警戒されていたし、散々罵られて、どうせ自分を一人の人間として見てくれないのだろう、なんて思っていたはずだ。なのに、ここにきて“運命”を口にする意味が俺には理解できなかった。



「どうしてそう……思う?」

「……春斗にはじめて触れたとき……思い出したの」



そういえば異世界省に向かう道中、リアは俺の腕に抱きついてきた。そのとき、リアは一瞬表情を変えたのを思い出した。そのときはなんだったのか分からなかったが、リアはなにかに気づいたんだ。



「なにを?」

「わたし……この人を知ってるって」

「え? 俺を? 初対面だろ?」



どんなに記憶を辿っても、以前にリアと出会ったことはない。もしリアと会っていたら強烈なインパクトで覚えているはずだ。この容姿の人間を忘れるはずがない。



「そう……わたしもそう思ったの。でも、魂が覚えている気がしたの」

「魂? え? いったいどういうこと?」

「わたしも分かんない。でも……春斗のこと……ううん。ごめん。だから、春斗はわたしのそばにいなくちゃダメなの」



よく分からない理屈で全然理解が追いつかない。魂に記憶があるとすれば、それがどんな感覚なのか逆に教えてもらいたいくらいだ。



「ごめん。俺は分かんない。でも、リアがそういうならそうなんだろ」

「信じてくれるの?」

「信じるもなにも、リアがそう言うんだからきっとそうなんだろって」

「……うん」

「もう寝ろ。寝るまで一緒にいるから」



俺は恐る恐る握られていない方の手でリアの髪に触れた。こういうときは頭を撫でるといい……気がする。するとリアは気持ちよかったのか、再び寝息を立てた。



それでようやく解放されてリビングに戻り、ソファに身体を預けて横になる。ついでにエアコンで冷えるのも苦手なのでタオルケットを掛けた。今日は疲れたな。俺も意識が飛ぶまでそう時間は掛からなかった。



翌朝になって、まだ眠いまぶたを擦りながら身を起こした。なんだか身体がやけに熱いし重い気がする。ふとタオルケットの中を見ると、俺の膝を抱き枕代わりにして、リアがちゃっかり入っていた。



え、いや、なに?

いったい何事?

こいつ、人を馬鹿だの変態だの罵るくせに訳わかんねえぞ。



「ふぁ〜〜〜あ。おはよう春斗」

「おはよ……う?」

「ちょっとぉ、なに興奮してるのよッ!! この変態ッ!!」

「それは、お前、そんなところで抱きつかれたら、」



瞬時に俺から離れたリアは、昨夜のことが嘘のように通常モードに戻っていた。

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