#04 異世界人は水浴びをしたい。



マクデナルデを出てすぐのところで、チャイナドレス姿の女の子が俺達の目の前で立ち止まった。



「なにしてるアル?」

「あ、メーチャさん」

「この人は?」



本人はコスプレをしているつもりはまったくない。これが普段着なのだ。細身で黒髪をお団子縛り。独特の雰囲気でやたらと目立つ。彼女の名前はメーチャさん。メーチャさん曰く異世界人と日本人のハーフで、お父さんが異世界人らしい。それを聞いたときにはだいぶ疑った。異世界人なんて本当にいるのかって。だが、今は疑っていたことを全力で謝りたい。



メーチャさんは俺の一つ上の年齢の二四歳。確かに異世界人の血を引いているのが分かるくらいに美人だが、金の亡者すぎるのが玉に瑕。そんな金の亡者は不動産経営兼中華料理屋を開いている。うちのマンションの一階部分が中華料理屋で、俺はメーチャさんに格安で部屋を貸してもらっているわけだ。



「メーチャさん。うちの家を貸してくれている人」

「そう。はじめまして。リア・スウィーティーです」



ナイスタイミングだ。メーチャさんは金の亡者に違いないが、金さえ払えば仕事はきっちりこなしてくれる。つまり、依頼さえすればリアが日本で暮らしていく上で必要な物をすべて取り揃えてくれるだろう。

ということで、メーチャさんに異世界マッチングをしたら、リアがマッチングしたことを説明したところ、すごいジト目で見られた。



「気立ての良い娘アルな。お前、出身どこアルか?」

「出身……ええっと」



ここ数時間の様子を見る限り、俺はリアを饒舌だと思っている。だが、なぜかメーチャさんの質問に対してリアは言い淀んだ。もしかしたら個人情報を聞かれるのが嫌なのかもしれない。そういえばリアが異世界でなにをしていたのか聞いていなかったな。話したくなければどうでもいいと俺は思っているが、メーチャさんは違ったらしい。



「はやく言うよろし」

「……サーム」

「メーチャさん、リアもなにか事情があるみたいだし」

「春斗黙るアル」

「ウィンサームよ。それを聞いてどうするの」

「ウィンサーム……分かったアル」



メーチャさんは「後で必要なものは取り揃えて持って行くアル」とだけ言って駅の方に向かっていった。



「なんだったんだ」

「…………」



リアは黙ってしまい、家に帰るまでずっと深刻な顔をしたままだった。



俺の部屋は東京では割と広めの1LDKで、家賃はメーチャさんの好意もあって十万円ジャスト。比較的キレイな造りをしているのに都内の平均よりもだいぶ安い。だが、あくまでも一人暮らしの場合であって、ここにリアが暮らすとなるとキツイ。まずベッドが一つしかないし、パーソナルスペースが保てない。



「あの……春斗」

「うん?」

「水を浴びたいのだけれど」

「水浴び? プールでも行きたいのか?」



季節は初夏。確かに今日も暑いから気持ちはわかる。だが、室内プールなんて近くにあったかな。



「遊びたいのか。プールは近くにないな。水着もないとだし」

「プールってあなた馬鹿なの? 子どもじゃあるまいし。泳ぎたいなんてこのわたしが言うとでも?」



あ。プールは分かるんだ。異世界にもプールはあるのか?



「だって、水浴びしたいんだろ?」

「……わたしが言っているのは、身体を洗いたいってことよ。ほら、外が暑くて汗をかいてしまったから」

「なんだ、風呂か。分かった。今沸かすから待ってろ」



汗を流すのもそうだが、異世界から来て慣れない日本を歩いたんだ。湯船にゆっくり浸かって疲れも取ったほうがいい。俺がお湯を張るボタンを押すとリアは驚いたようだった。ボタン一つで浴槽にお湯が注がれることが衝撃だったらしく、リアは驚きのあまり、浴室でお湯の出る様子をずっと見ていたくらいだ。カルチャーショックというやつなのだろう。



「異世界ではどうしてたんだ?」

「石の浴槽に水を入れて、炎の魔法で温めるの。熱くなりすぎたら水の魔法ね。どちらにしても魔法の加減が難しいから、上級宮殿魔道士あたりじゃないとできないわ。少し金持ちの商人なら薪でお湯を温めて入ることもあるらしいけれど、薪代が嵩むからあまりしないみたいね」

「そうなのか」

「大抵、水を汲んで身体を拭くとか、近くに川や湖があれば浸かるとか」



それで“水を浴びたい”か。



「大変なんだな。リアは風呂に入ったことはあったのか?」

「わたしは……」



俺がなにかいけないことを言ったのかもしれない。リアは見て分かるくらいに悲しそうな表情を浮かべて唇を噛んだ。完全に地雷を踏んだらしい。



「ごめん」

「なにを謝っているのかしら。わたしはただ、くしゃみが出そうで出なかっただけよ。自意識過剰も良いところね」

「そうか。リア、ここではなにも遠慮しなくていいよ。俺は出来る限りのことはするから。リアが少しでも幸せに暮らせるように」



女の子には優しく。傷ついている子にはなおさらだ。妹の教えはそうだった。兄は出来る妹を持って幸せだぞ。

それにしもて、リアは時々そんな表情をする気がする。きっと異世界でなにかあったんだ。それは間違いない。そうじゃなければ、是が非でも日本国籍を欲する必要なんてないはずだからな。



「そうやって、わたしを油断させておいて夜になったら豹変するのでしょう?」

「またそれか……」

「わたしが安心しきって寝静まった頃合いに手足を拘束して、衣服を溶かすスライムで、」

「しないよ? まずスライム日本にはいないからね?」



そんな話をしていると軽快なメロディーの後に『お風呂が湧きました♪』とリモコンが話したことに、リアはビクついた。



「だ、誰? どこに隠れているのッ!? 出てきなさいッ!?」

「自動音声だよ。風呂が湧き上がると鳴るんだ」

「つまり、ルーン魔法が仕組まれているということね」



よく分からないが納得してくれた。



「春斗」

「なんだよ」

「いくらわたしの裸を見たいからといって、覗かないでよ。絶対に」

「誰が覗くかっ」



そういえばシャンプーもコンディショナーも、ボディソープの説明もしていなかったな。浴室に入ってそれぞれ使い方を説明して、最後に追い焚きのボタンを教えてやった。



「つまり、このボタンを押すと薪に空気を送ってくれるのね」

「薪って昭和かよ」

「昭和? 意味不明な言語でわたしを惑わせて混乱の局地に陥れて、ドサクサに紛れて子作りしようとか思わないでよね?」

「なに言ってるんだって。薪風呂は大昔の手法だ。今はガスとか電気が主流だろ」



まあ、薪を使ったストーブやら風呂も現代にないこともないが、どちらかといえば趣味性が高い代物だ。ボタンを押すとお湯が出てくる説明をしたが仕組みは教えていなかった。うちはオール電化だから電気でお湯を沸かしているが、詳しい説明は俺もできない。いや、ツッコミどころはそこじゃない。



「子作りって、お前な」

「わたしがお湯を浴びている間、あなたはそこのテーブルに手足を縛って拘束し、かつ目隠しをして待っていなさい」

「どんなプレイだよ」

「わたしが裸になったら目の色を変えるのでしょう? 手を押さえつけて、それから鉄の枷を嵌めてえっちなことしようとするくせに」

「するかボケッ!!」



こいつ人をなんだと思っているんだ。



「そういえば着替えがないな。メーチャさんに連絡入れてみるか。みんな異世界人はどうしてるんだろうな」

「仕方ないでしょ。召喚前は最低限の衣服以外持ち込み禁止なのよ」

「そうなのか?」

「魔道具やら武器やら持ち込まれても、日本政府も困ると思うわ」

「なるほど。けれど、それだと露頭に迷う異世界人もいるんじゃないのか?」

「いるでしょうね。そこまでは考えられていないのよ。わたし達、エルムヴィーゼ人なんてここではただの慰み者だもの」



メーチャさんはあと一〇分くらいで持っていけるということだった。さすが仕事が早い。異世界の女の子が日本で暮らすのに、なにが必要なのかさっぱり想像がつかない俺としてはかなり助かる。



「着替えの服は大丈夫そうだ」

「そう」

「話を戻すが、俺はそうは思っていないからな」

「何の話?」

「リアを一人の人間として見ているし、対等な立場で接したい。だから慰み者だとか言うなって話」

「……分かったわ」



というよりも、そういう見方ができない。エロゲの中の主人公は鬼畜だけど、あくまでゲームの中の話だ。



脱衣場の引き戸を閉めて、ようやく俺の部屋に静けさが戻ってきた。



「きゃあああああああああああああああッ!!」



と思ったのも束の間、浴室からリアの悲鳴がこだまする。俺はソファから身を起こし戦慄を覚えた。

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