#03 異世界人はスカッとしたい


それから家に帰る途中、これからのことを散々悩んだ。書類にサインをしてしまったからには当面リアを異世界に追い返すことはできない。これまで自由だった自分の生活に、リアが入り込んでくる。そんな現実に想像が追いつかないのだ。



冷静に考えてみる。

これから生活するにあたって、リアになにが必要なの?

さっぱり分からない。リアは女の子で、しかも異世界人だ。リア・スウィーティーの生態はいかに。なにを食って生きてきたんだろうか。やっぱり異世界といえば肉か。骨付き肉を貪りながら木製のジョッキでエールを仰ぐ冒険者のイメージが強い。



いや、リアはそんな感じじゃないな。



「うわ〜〜〜」

「うん? どうした?」

「これはなに?」

「あー」



ファストフードのマクデナルデ(通称マクデ)のポスターを見てリアは呆然としていた。異世界人でも直感で食べ物と分かるのだろう。異世界では食糧事情が日本とはかなり違うと異世界省でもらったパンフレットには書いてあったな。リアは目をキラキラさせている。



「そういえば俺も昼飯食べそこねたな」

「べ、別に空腹で聞いたわけじゃないからね」

「無理しなくていいよ。俺だって腹減ったし。リア食べていこうか」

「……まあ、春斗がお腹を空かせているなら、仕方ないから付き合ってあげなくもないけど」

「そうだな。じゃあ、俺に付き合ってくれ」

「……しいじゃん。ばか」

「なに?」

「なんでもない」



とりあえず席についてモバイルオーダーで頼むことにした。リアの食の好みも知らなければ苦手なものも把握していない。もしかしたら宗教的に禁忌な食材もあるかもしれない。だから席でゆっくり選びたかったのもある。



今まで彼女がいた経験がないけれど、妹の言っていた“女の子は褒めなくちゃダメ”という忠告や、“甘えるよりも甘えさせてあげて”というありがたいご指導が役に立ちそうだ。



「肉は食べられるのか?」

「ええ。特に好き嫌いはないわ」

「苦手な食べ物とかは?」

「だからないわよ。さすがに道徳的、倫理的に触れるものは食べないけれど」

「なるほど。ならとりあえず俺と同じものを頼もうな」

「ええ。それでいいわ」



ベーコンレタスバーガーとポテト、それからコーラをオーダーした。ただし、リアは炭酸水を口にしたことがなさそうだから、無難にアップルジュースにしておくことに。日本に来ていきなり炭酸飲料は冒険が過ぎる……と判断したのだが。



若い女の子の店員さんが商品を席まで運んできてくれて、ご多分に漏れずリアを見て目をキラキラさせていた。それはまあ、こんな浮きに浮きまくった美少女が来店したらそうなるのも理解できる。



「ちょっと。春斗と同じものを頼むとか言って、なんでわたしはりんごの絞り汁なのよ。そっちも飲ませなさいっ!」

「いや、これは刺激が強いと思って」

「いいからっ!」



リアは俺が飲んだストローを躊躇なく咥えてズズズっとコーラを啜った。まあ、予想通りといえば予想通りなのだが、弾けた炭酸が口の中で大暴れをしたのだろう。リアは唇からストローを離して、口を一文字に閉じた。



「だから言ったろ」

「なにこれ……素敵」

「え、素敵って?」

「甘美で、仄かな薬品の香り。いかにも人工的な味がするわね。どこの錬金術師が作ったのかしら」



それは褒めているのか。それとも貶しているのか。



「錬金術師?」

「はぁぁぁぁ、それに究極に美しいこの氷。固くもなく柔らかくもなく、ほどよい噛み心地。春斗、この飲み物を作ったシェフを呼んで頂戴っ!」

「……いや」



説明するのに一〇分くらい要した。



あ、今更気づいたけど、これラブコメの間接キスだ。しかも紙ストローだからエロいな。ほら、紙ストローってへニャってなるだろ。だが、俺はラブコメのキモい主人公とは違う。俺は意外にも回し飲みとかは嫌なタイプの人間なんだ。店員さんに言って、新しいストローをもらってきた。



「これが……そんなに安価でしかもどこでも手に入る代物だなんて……」

「ポテトとバーガーは食べないのか?」

「た、食べるわよ。それにしても手づかみで食べるのかしら。はしたなく思われない?」

「まあ、そういうものだからな。嫌ならフォークもらってくるよ?」

「いいわ。ここは日本だもの。文化に従うのもマナーでしょう」

「そうだな。俺はジャンクフード好きだから旨いと思っているが、リアは口に合わなかったら言ってほしい。別のものをちゃんと用意するから」

「……やっぱり下心があるのかしら?」

「なんでそうなる?」

「そ、そんなに……優しくする意味が分からないもの。そうやってわたしの警戒心を解き、無防備になったわたしの衣服を剥いで、四肢を拘束後……」

「待て待て。そんな腹黒いこと思っていたらもっとやり方あんだろ」

「じゃあ……出会って浅いわたしに優しくする理由はなに?」



やっぱり警戒されているな。



「これは優しいのか? 俺はただせっかく日本に来てくれたんだから、リアには幸せになってもらいたいって思ってるだけなんだけど。喜ぶ顔を見るのは嫌いじゃないから。そんな単純な理由。信じてもらえなかったらそれまでだけど」

「……うん」



だが、そんな俺の心配をよそにリアはポテトを食べて目を見開き、ベーコンレタスバーガーにかぶり付いて震えた。それも分かりやすくガクガクって。



「口の中がまるで魔導書のあらましのよう……なにこれ」

「その本の“あらまし”になにが書いてあるのかすごく気になるよね」

「酸味と辛味、それから肉汁の饗宴みたいで……はぁぁぁぁ、美味しい。春斗」

「はい?」

「毎日こんなものを食べているの?」

「毎日は食べてないけど、」

「そうよね。こんな高級食材を毎日食べていたら馬鹿になるわ」



確かに値上がりは半端ないが、高級と言われれば首を傾げるくらいの価格だ。ファストフードでそんなに満足してくれるなら立ち寄って良かった。とはいえ、異世界から来たばかりだから、見るもの口にするものなんでも感動できるというバイアスが掛かっているのかもしれない。



「え? 青原くん?」

「……林田さん?」

「なんでそんなに会いたくなかった、みたいな声するんですかぁ、友達でしょう?」



友達ではない。ただの会社の先輩後輩の関係だ。

なんで……マクデナルデなんかで会っちゃうかな。林田だけには会いたくなかった。こいつは俺が入社したときから上から目線だし、会話をしていれば必ずマウントを取ってくる。

それにしても今日は珍しく一人だな、林田。金魚のフンみたいにセットの阿賀塚はいない。



「誰よ、この大鼠みたいな人種は」

「誰が大鼠ですか。っていうか、青原くん、誰ですか、この美人……え、異世界人?」

「ああ、異世界マッチングでマッチしたリア・スウィーティーです」

「ごめんなさい。人間だったのね」

「そうですよ。人間の林田ミツルです。っていきなりなんなんですか。失礼ですよ」

「そうだぞ、リア」

「ごめんなさい。まだ日本人というものに慣れなくて」

「異世界人……とマッチングって」



ブツブツと独り言を言いながら林田は席についた。なにやら現実逃避してそうな顔だな。林田はモバイルオーダーで注文をするのかスマホを弄っている。それと同時にこっちをチラチラと見ている。リアのことが気になるらしい。まあ、この美貌だからずっと見ていて飽きないだろうし、相手が俺だということにより一層感情を揺さぶられているのだろう。



「あああああああああ、やっぱり気になります」



林田は立ち上がり、俺の隣の席に座り直した。俺が異世界マッチングで異世界人のなかでも、飛び抜けて綺麗で可愛いリアというSSRを引き当てたことに対して、林田は発狂寸前なのかもしれない。多分。いや、そうだろ。林田の行動は変だ。



「異世界マッチングでマッチしたって本当ですか?」

「本当ですよ」

「まさか、あの飲み会での僕たちの話を本気にして……ですか?」

「いや、やってみようって軽い気持ちでしたね。けど、まさか本当にヒットするとは思わなくて。それよりも、あのとき馬鹿にしてくれてありがとうございます」

「え? 青原くん……それは、ど、どういうことですか?」

「あのとき阿賀塚さんと林田さんにケチョンケチョンに馬鹿にされなかったら、あんなに酔うまで飲まなかっただろうし、異世界マッチングもしなかったですよ」

「……春斗、からかわれたの?」

「ああ、いや別にそんな深刻な話じゃないよ。ただ、俺に彼女がいないとか、性格に難があるとか。陰キャだとか散々悪口を言われた気がするけどさ。ああ、でもそれはいつものことだからな。気にしてないよ」



つい本音が出た。俺は顔で笑っているが、心では林田の首を締めているからな。



「別に僕はそんな、飲み会の席だから無礼講でしょう?」

「そうだな」



無礼講か。なんて便利な言葉だ。無礼講とは人を毎回傷つけても許される免罪符のことなのだろうか。飲み会の場だからと人が傷つくまでイジっていいわけではないと思うんだが。



「なるほど。つまりそういうこと。よく貴族社会の社交場で見る光景ね」

「ところで、林田さんは一人なんですか?」

「彼女と待ち合わせしてるんです。そろそろ来ると思うんですけど」

「そろそろってどれくらい?」

「今、駅だからすぐじゃないですかね。三分くらい?」



リアの顔が変わった。気持ち悪いくらいにニコニコして、まるでキラキラしたオーラが身体からにじみ出ているような雰囲気だ。まだ出会って数時間だが、それでも異様なのは分かる。このリア・スウィーティーが愛想を振りまくなんて、むしろ怖すぎる。



「林田さん」

「な、なんですか?」

「わたしって日本人から見たらどうなんですか?」

「どうって……すごく綺麗で可愛いと思いますけど……」

「林田さんなら、わたしとお付き合いしたいと思いますか?」

「それはもう……もちろん」



俺の向かいに座っていたリアは立ち上がって、強引に林田の隣に座った。二人がけの椅子に三人座ると結構きつい。



そして、テーブルに頬杖をついて林田の顔を横から覗き込むと、林田は見事に赤面した。リアはそれに飽き足らず胸を寄せて谷間をアピールする。当然ながら林田はガン見。だが、リアの視線を感じたのか、堪らずに顔をそむけた。



なにをしているんだか。



するとタイミング良く(悪く?)林田のもとに彼女が現れた。



「ミツルくんお待た……誰?」

「あのぉ、わたし、ミツルくんのことが好きになっちゃってぇ。はぁ、顔が熱い。それでミツルくんの彼女候補としてどうかなーって思ってぇ。そしたらミツルくんが彼女さんなんてどうでもいいっていうから、わたしも本気になっちゃってぇ」



気持ち悪い。気持ち悪いくらいにリアは猫なで声だ。こんなアホ演技に引っかかるヤツなんていないだろ。普通。



「え? リ、リアさんが彼女になってくれるんですか? って、ち、違う。そうじゃなくて」

「ちょっと、ミツルくん、どういうこと!?」

「こ、この人はリアちゃんで、春斗の、」

「ああ、俺は別にリアとはなんの関係もない。まだ付き合ってもないし、なにも話していないから」

「わたしね、春斗なんかよりもミツルくんがいい。ねえ、ミツルくん、キス……ダメ?」

「ちょっと、ミツルくんどういうことッ!?」



リアは空気を読まず(いや読んでいるのか)、満面の笑みでミツルに肩を寄せた(触れていないけど)。そして瞳を閉じてキス待ち顔。相当なパンチ力で、ミツルの視線はリアの顔に釘付け。しかも谷間がヤバい。ミツルの彼女は踵を返して、「ふざけるなッ!!」と叫んだ後にずかずかと店を出ていった。



「リ、リアちゃん? 本気?」

「なーんて。このわたしがお前みたいな大鼠と付き合うわけがないでしょう。鏡見てから来なさい。わたしは、春斗きゅん一筋なのぉ。ごめんねぇ〜〜〜ねずみちゃん」

「くっ、嵌めやがったな」



林田は結局オーダーしたセットを受け取らずに彼女を追いかけていった。

下心を出すからそういうことになるんだよ。



「ふん。チョロいわね。春斗、スカッとした?」

「いや……まあ少し」

「おいしいハンバーガーのお礼よ。感謝しなさい」

「はいはい。ありがとうございました」



林田の残していったセットは、この後リアが無駄なくいただきました。








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