#02 チョロいのかよ


氷の女王(と勝手に呼んでいるが)の名前はリア・スウィーティー。自己紹介をしたのはいいが、中身は思っていた異世界人の印象とはだいぶ乖離しているように思える。



「男なんてみんな獣なのでしょう? どうせわたしはあなた以外の選択肢などないのだから、好きにすればいいのよ。散々いたぶられて、玩具のように扱われて奴隷として一生を終えるのよね」

「ま、待って。いきなりなんなの?」

「別に構いません。春斗様のしたいようにすればいいじゃないですか。それでわたしを奴隷にでもなんでも貶めて、満足したらいいじゃないですか。辱めを受ける覚悟はできています」

「あのさ、俺は別にリアさんを取って食おうとか思っていないよ?」

「では、なぜエルムヴィーゼの人と結婚なんて考えるのですか? 立場の弱い相手に首輪を付けて一生飼いならし、奴隷とするためとしか思えません。ええ、わたしもエルムヴィーゼに戻るわけにはいきませんから。あなたのしたいようにしていただいて構いません」



卑屈だ。卑屈過ぎる。



この子はとんでもなく自虐的で、俺を変態オヤジかなにかと思い込んでいる節がある。まるでエロゲのツンデレ枠のキャラのような性格は、お世辞にも可愛いとは思えない。誰だ、異世界人は従順だとか言った奴。出てこい。



エルムヴィーゼとは日本でいう異世界のこと。つまり、地球人の青原春斗とエルムヴィーゼ人のリア・スウィーティーと言えば分かりやすいかもしれない。



「……俺は別にリアさんに首輪を付けるつもりもないし、媚を売ってもらいたいわけでもないよ?」

「嘘ですね。そうやって良い人のフリをして、わたしを陥れようとしていることくらい明白ですから」

「ないない」



手のひらを縦にしてブンブンと振ってもリアは信じようとはせずに続ける。



「本当は今すぐにでも監禁をして、わたしの手足を縛り、衣服を溶かすスライムを放ち、わたしの肢体があらわになる様子を見ながら悦に浸り、そして全身を舐め回したいのでしょう?」

「待て」

「なんです?」

「発想がエロゲそのものだよな。しかもちょっと得意げに話してない……?」



見た目はSSRでも、中身はNという残念な異世界人だということは分かった。疑い深いのと人生諦めモードなリアにとって、やっぱり俺なんて日本国籍を得るための道具としか見ていないのだと思う。まあ、分かっていたことだ。出会っていきなりラブコメになることなんてあり得ないよな。



初対面の顔合わせがこれでは先が思いやられる。ここで俺がリアを拒絶すれば、リアは日本から一発退場となる。つまり異世界=エルムヴィーゼに強制送還。リアが俺を拒絶した場合も然り。だからこそ異世界人は日本人に拒絶されないように従順に振る舞う……はずなんだけどさ。



「エロゲとはなんですか?」

「あー……なんでもない」

「気になります」

「それはどうでもいいから、」



そう、どうでもいい……くない!!

俺の視線を敏感に察知したらしく、リアはテーブルに置きっぱなしのノートPCディスプレイを開いた。異世界人のくせになぜそこに気がつくのか。べ、別にエロゲが入っているんじゃないからねっ。



「これは魔道具でしょうか?」

「なんだそれ。魔法の道具のこと?」

「魔道具も知らないなんて……あなた頭、大丈夫ですか?」



こいつ、いつか頭かち割ってやる。



「そういうリアだってパソコンを知らないだろ」

「これのことですよね。見た感じだと文字の入力と情報収集のツールに見えます。あとは、娯楽にも使っているのでしょうね。もしかして、これがエロゲですか?」



アイコンを指さして、リアは不思議そうに見つめた。そしてタッチパッドを指でなぞってアイコンをタップする。って、なんで使えるの?

おかしくないか。



ディスプレイには若干(いやかなり)卑猥な二次元の美少女が、眉尻を下げた表情でこちらを見ている。タイトル画面が、ノートPCのディスプレイいっぱいに映し出される。



“NTR凌辱少女の飼育日記”



あ、絶対にダメなヤツだった。



「こ、これは違う……違うからなっ!」

「ふーん。やっぱり変態じゃないですか。この変態っ!」

「二回も言うな。っていうか、なんでパソコン使えるんだ。おかしいだろ」

「なんとなくですね。でも、まあ、思春期を拗らせた男の子だということはなんとなく分かりました」

「は?」

「会話の端々からして、あなたに悪意がないことは理解できます」

「え、なに? 俺をからかってるわけ?」

「いえ。今の会話で興奮して襲いかかってきたら瞬殺するところでした☆」



笑顔で殺すとか言うなよ。



「まだ分からないじゃんか?」

「悪意があれば、とっくにできたでしょう? でもしかなった。つまり悪意も意気地もないということですね」

「意気地なしで悪かったな」

「たとえあなたが襲いかかってきても、わたしにはこれがありますから」



リアは胸元のペンダントを取り出してみせた。筒になっている形状の普通のペンダントに見える。



「それは?」

「アンチチャーミングの呪法シートの入ったペンダントです」

「アンチ、なに?」

「これを使用すれば、あなたはわたしのことを嫌いになります。近づくことすら忌避するでしょうね」

「へー。なるほど」

「まあ、必要なさそうで良かったです」



つまり、卑猥な言葉を投げかけて俺を試したのか。マッチングした相手がリアに襲いかからないとも限らない。ならば、自分の身は自分で守るしかない。なるほど、意外にも疑り深い性格なのかもしれないな。



それから出かける支度をする。リアを受け入れるにしても拒絶するにしても、異世界人を召喚した場合には異世界省という機関に届け出をしなければいけないらしい。これを怠ると逮捕案件なのだとか。密入国を企てた罪で十年以下の懲役もしくは百万円以下の罰金。さすがにヤバいだろ。



「それにしてもゴミゴミとした町ですね。人がゴミのようです」

「口を慎め。ったく」

「あなたもゴミなのをお忘れなく」

「辛辣だな。まあ、でも可愛いから許す」

「……わたしが可愛い?」

「普通に可愛いだろ。性格はともかく、見た目ならSSRだぞ」

「なんですか、その記号は?」

「ランクだな。とにかく最上級ってこと。ふふ、たくさん可愛がってやるからな」

「やっぱり変態じゃないですかっ!」

「ほげッ」



普通にグーパンが飛んできた。エロゲのセリフを言ったのがまずかったか。いや、冗談が通じないやつだ。



家を出て駅前のアーケード内を歩く。ブロードウェイと呼ばれるこの場所は比較的物価が安く、一人暮らしの強い味方だ。



「市場ですか。庶民の暮らしぶりが窺えて、なかなか興味深いですね。これは化粧品ですか。こちらは……なんでしょう。のど飴?」

「ああ、あとでゆっくり見ていいから。とにかく異世界省に行こう」



リアはタイツに短パン、それからキャミソールのような服にマントと異世界人丸出しの恰好をしている。異世界から来たばかりのファッションは予想通りかなり人目を引く。気づけば道を歩く人がみんなリアを見ている。そういえば、リアが日本で暮らすとなると服も一通り揃えなければならないし、女性ならではの日用品も必要になる。極め付きは家だ。まさか同棲するわけにもいかないだろうから、そこも考えなくてはならない。



「あ、待ってください」

「今日は土曜日だからな。人が多いから俺と離れるなよ。はぐれたら一生再会できないかもしれないからな」



少しくらい大げさに言っておくことにした。ここでリアが迷子になり、そのままトラブルに巻き込まれて異世界省に行けなくなると密入国幇助の罪に問われかねない。



「一生……ですか?」

「そうだ」

「人さらいとかもいるとか?」

「いるかもな」



まあ、誘拐犯がいないとも限らない。限りなく可能性は低いと思うが、ないとも言い切れない。



「……分かりました」

「あのさ、その敬語やめていいよ。なんだかすごく話しづらい。堅苦しいっていうか」

「わたしは……別にあなたを敬っているわけではないです。ただ、そんないきなり……親密に話しては……勘違いされて、夜這いを掛けられても困ると思って」

「夜這いって……いや、ないから。なにその極端な思い込み」

「……じゃあ、分かったわ。仕方ないから普通に話してあげる」



異世界ではどんな生活をしていたんだろうな。上から目線だし、エロい妄想をするし。それに勝手に人の腕に抱きついてくるし。うん?

なんで抱きついてきたんだ?



「ちょ、い、いいい、い、いったいなに?」

「一生再会できなかったら困るでしょう? 遭難しないようにくっついているだけじゃない。あなた馬鹿なの?」

「ば、馬鹿はどっちだよ」

「あなたでしょう? 春斗、あなたが自分で言ったんじゃない?」



だからと言って、そんな人の腕にしがみつく奴がいるか。しかも胸が思ったよりも大きい。典型的なアニメ体型だな。これが異世界人か。



「え……?」

「な、なに?」

「な……んでもない」



なんか様子が変だ。一瞬、リアの表情が変わった気がした。涙目というか、嬉しそうな感じというか。その表情がなにを意味しているのか分からないが、可愛かったなー。



切符を買うにも四苦八苦。これからどこに向かうのか。移動手段は。どういう基準で運賃が決められているのか。改札を抜けるとダンジョンなのか。モンスターは出るのか。



「こ、これはヘビ型のモンスターにた、た、食べられているわけでは……ないのよね?」

「まあ、消化までに一時間くらいかな」

「えぇ……」

「冗談に決まってるだろ。リア、そろそろ離れて大丈夫なんだけど?」

「……本当に騙していないわよね?」

「だから何度も言うように、馬車とかと同じ移動手段だよ」



そうしてようやく虎ノ門にある異世界省のビルに着き、番号札を取ってベンチで待つこと十五分。その時が来た。



「リア・スウィーティーさんは青原春斗さんと結婚をする意思がありますか?」

「ないわ」

「では、強制送還となりますが、」

「今はないということです。ですが、将来的には視野に入れていくつもりです」

「……はい。では、ここにサインを」



リアは書類にサインをした。



「青原春斗さん。あなたはリア・スウィーティーさんと結婚をする意思がありますか?」



正直、そんなこと考えたことなかった。これまでの人生で一度も恋人がいた経験のない俺が、突然結婚を迫られるとなるとどうしても構えてしまう。しかもリアは上から目線だし、口は悪いし、俺を国籍取得の道具としか思っていない(と思う)。そんな女と結婚を前提にやっていくなんてできるのか。



「青原さん?」

「俺は……」

「いいわ……拒絶してくれて構わない」



俺が口にするよりも先にリアがそう切り出した。拒絶すればリアは即強制送還となってしまうし、せっかく掴んだ日本国籍の取得も水の泡となる。ただ、異世界人は引く手あまただから再び日本に戻ることはできるだろう。俺なんかと結婚をするよりもそのほうがいいかもしれない。



「リア、俺とここでうまくいかないとして、異世界に戻ってもまたすぐに戻ってこら——」

「そんなわけないでしょう。わたしはここに来るのに一年待ったのよ。それでも最速だったの」

「えっ?」

「でもあなたが拒絶するならそれは仕方ないことよね」



リアはカウンターを離れて窓際に立った。初夏だというのに肌寒く、窓ガラスが結露をするくらいに部屋が冷えている気がする。冷房が強すぎるのだろうか。



「こればかりは青原さんの自由です。ここでリアさんを拒絶するとなるとリアさんは異世界に帰ってもらうことになります。それにはお金もかかりますし。ですが、受け入れても一年間の猶予はあるのをご存知ですか。この一年間の間に結婚を考えていただいて、それでも駄目なときは拒絶してもらって構わないんです」



免責事項はありますが、と担当の女性は付け加えた。書類にサインをしてから三ヶ月は準備期間があり、即強制送還にするわけにはいかないのだとか。



「つまり、結婚は一年後で、この一年で考えろってことですか?」

「そうなります」



窓ガラスに映るリアの表情は儚げで、思い詰めたような顔をしている。そして、サファイアのような瞳から一筋の涙がこぼれたのを俺は見逃さなかった。リアは涙を拭って、すぐに凛とした表情に戻った。実際のところ、リアはとてもか弱く、やはり思い悩んでいるのかもしれない。頼れる人が誰もおらず、ガードを固めた結果が今のリアを作り上げているとしたら?



「リア、ごめんな。俺は誤解していたかもしれない」

「? 誤解?」

「ああ。書類にはサインした。異世界には帰らないでほしい」

「あ〜あ。これでわたしも性奴隷決定ね。くれぐれもお手柔らかにお願いね」

「待て。だから、俺は、」

「痛くしないでね……ごしゅじんさまぁ」

「こ、こいつ……」



エロゲのタイトル画面(NTR凌辱少女の飼育日記)に書かれた吹き出しのキャプションを覚えていやがったのか。クソ。



「て、手続きは以上になります」

「ありがとうございました……」



異世界省の担当の人(女性)はドン引きしながら書類を片付けた。



「“チョロい”っていう言葉はこういうときに使うのかしら」



こいつ……絶対にいつか頭をカチ割ってやるからな。









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