第7話
十日後、村の葬儀はすべて終わった。自分のを含めて。
自分の葬儀が終わった後に医者が頭を下げた後に症状について報告があるというので聞いた。病気ではないがある毒の中毒症状に酷似してるとの事だった。
もしかするとあの病気が何かの原因で毒に変わったのではと言っていたが、今はもうどうする事も出来ない私はそれを聞き流した。
全て終わらせた今、私は七日ぶりに家に帰る。忙しいのもあったが家に戻ると家族を思い出し心が砕けしまうと思ったからだ。
次の日、私は教会に鍵をかけ子供たちへの勉強を再開せず、天啓用の正装を着て象徴の前で祈っていた。
せめて、せめて最後に願った天啓の結果が欲しかった。家族に背を向けてまでした事を無駄にしたくなかった。
リトルが無言で差し入れを持ってきてくれたが、食べ物はのどを通らなかった。そして祈りをささげ続けて二日後、リトルがつかみかかってきた。
「いい加減にしろ!知った所でなんなんだよ!もう病は終わったんだ!お前まで死ぬつもりか!」
無理矢理立たされてリトルは拳を振りかぶったが、私の眼を見た後顔を反らし、拳を下ろした。
「いいか、聞いてくれ。チルレの遺言だ。」
その言葉で空虚な思考から一気に頭に血が廻った。
「あの人を責めないでくれと。あの人は自分しかできない事をやるために行ったのだから。あの人は優しくて、強い人だから。私はそんなあなたが好きだから、変わらないでくれと言っていた。あとヘリンだが…。」
リトルはしまったという顔をした。私は止められた言葉がなんだったのかリトルに問いただした。リトルは唸った後にまた後で話すと言い出したが、内容が気になった私は何度も問いただし、最後には私がつかみかかっていた。
「なんでもいい!本当の事を教えてくれ!」
私は最後の言葉を、家族の残り香を渇望した。リトルは観念したのか、口を開いた。
「…お父さんはどこ、だ。」
「…そうか。」
私はそうつぶやき、手を離した。離したというよりも力が入らなくなり勝手にとれてしまった。リトルはすまんと言って教会から出て行った。
一人になった私はうなだれながら先の言葉を頭に巡らしながら立ち尽くす。そして力が抜けて膝を付き、頭を抱えた。神の象徴に背を向けて、私は祈るように家族の言葉を反芻した。外から雨の音がし始め、教会は急に薄暗くなった辺りで私は叫んだ。
「うおおおあああああああ!私が!俺が間違っていた!俺はそばにいるべきだった!神に、神などに祈るのではなくあの場に留まるべきだった!」
俺は振り向き象徴に叫んだ。
「神よ!何故二人を見殺しにしたのですか!何故皆を助けたのですか!何故私を死なせなかったのですか!」
象徴に反応はない。
「何故、なぜ!なぜええぇぇ!」
俺はリトルの差し入れにあった短剣を手に取り象徴へと歩きだす。
「なぜだ!なぜなんだ!」
光も音もしない象徴が自分を無視しているようで許せなかった。
「こたえろおお!」
俺は短剣を象徴の中心に叩きこむ。ガキンという音と共に、青黒い液体が流れ出した。舐るように刃を捩じり手を放す。
焼けた喉から磨り潰された嗚咽を吐きながら、象徴に背を向けて倉庫へと歩き出した。
俺は倉庫にある有事の際の剣や、過去に野盗討伐に参加した者が残した旅の道具を引きずりだす。
本堂に戻ると慣れ親しんだはずの教会の匂いや空気が俺を拒否しているような気がした。
俺はリトルの差し入れを手づかみで呑む様に喰らった後、残りを荷物の中に突っ込んだ。外に出ると強い雨と闇が広がっていた。俺は倉庫から出した皮の外套を頭から深くかぶり、歩みを進める。
「おい!どこ行くんだ!」
右からリトルの声がする。雨音の中でも足音がわかるほど走っていた。
「教会から変な音が聞こえたがどうした!なんだありゃお前がやったのか!」
「…ああ。」
俺はどうでもいい事の様に答えた。その行動に対する結果を考えたくなかった。
「なんだ、どうしたんだ!なんだその格好は、どこへ行くつもりなんだよ!」
俺はすぐに答えられなかった。何故ならここから出たいだけで行きたい場所などなかったから。
「やめてくれよ、お前のおかげで何人助かったと思っているんだ、みんなお前に感謝してる!お前は英雄なんだ!」
「その中に家族はいない。」
リトルは黙ってしまった。俺は続ける。
「もう、嫌なんだ。葬儀の度に泣いている家庭や、礼を言ってくる家族やその子供を見ているだけで嫌なんだ、なぜ、なぜ俺の家族が死んでいるんだって。なんで、みんなが、こいつらが生きてるんだって、そう思ってしまって、嫌なんだ。」
「だからって、出ていってどうすんだよ!」
「神を、殺す。」
「はぁ?」
会話が途切れ、雨音が場を支配する。
「何訳わかんねぇ事言ってんだ!いいからもど」
俺はそう言いかけているリトルの顔を殴った。
「がぁ!てめぇなにすん…。」
俺は腰にかけた剣に手を掛けた。
「お前…。」
そして、ゆっくりと引き抜き、剣先が自由になる感覚と共に、ゆっくりと剣先を彼に向ける。
「もう嫌なんだよ…。心配そうに見てくるみんなが、やさしいみんなが。もう、見ているだけで叫びそうなんだよ。止めないでくれ。すまない。」
雨の闇の中、俺は親友と教会を背に歩きだした。
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