第3話

「ただいま。」


「ただいまー!」


「お帰りなさい。少し遅かったわね、いま夕飯を作っているからもうちょっと待っててね。」


「はーい!」


我が娘のヘリンは走って家の中に入っていった。教会での勉強も終わり、今日は後片付けを早めに切り上げて娘と一緒に帰宅した。


道中に親友のリトルに酒場に誘われたが娘を言い訳に断ってきた。家族が出来てからあまり飲みにも行かなくなってしまった。時間を作らなければと思ってはいるが、なかなか一人の時のようには出来ないものだ。


「いや、リトルに絡まれてね。あいつも落ち着いて欲しいもんだ。」


「えー、リトルおじさんいい人だよ。森の事とかいろいろ教えてくれるし。」


「こら、そんな話をしていたのか。危ないから森に入ってはいけないぞ。」


「わかってるよー。」


私たちは夕飯の後、ヘリンは家族に今日の出来事を話した後、チルレに本を読んで貰っているうちに眠り、私も寝床についた。思えばこの時が一番幸せな日々だったであろう。








「おい、マビダいるか!」


教会で勉強を教えた後、事務仕事をしていると急に叫び声が聞こえた。声の主はリトルであった。


「どうしたんだ、そんな急いで。」


普段から落ち着きがないない奴だが、いつもと様子が違う。


「トイト爺さんが死んだ!来てくれ!」


思わず目を見開いた。トイト爺さんは昔から悪さをした子供を正しく叱る気骨のある人だ。昔は私もリトルと無断で森に入って殴られたものだ。


今では高齢であるが元傭兵であった事もあり体は強く、よく教会に行く途中の畑で耕しているのを見ていたが、確かに最近はその姿を見ていなかった。


「わかった、行こう。」


リトルのくだらない嘘であればと思いながら教会を出る。道中、リトルから話を聞くと今月初めはいつも通り外で農作業をやっていたが、時折大きな咳をしていたと近所の人が話していたそうだ。


家の中からも聞こえる程だったので声をかけたが、本人は平気だと言って追い返したらしい。ある日家から出なかったため様子をみると布団の上で意識が無い状態であり、急いで村医者に見てもらったがそのまま亡くなってしまったという。


しかもそれを皮切りに村全体でぽつぽつと風邪が流行り始めてるらしい。


「爺さんはここだ。お前に弔って貰いたい所だが、もしかすると伝染病かもしれん。先に棺桶に入れさせてもらった。」


リトルはそういって棺を少し開いた。隙間から見える爺さんは前に見た時よりも痩せこけているが、まぎれもなくトイト爺さんだった。


本来は教会にて供養をしてから棺に入れるものだが、感染症を疑ったリトルの独断で隔離を兼ねてすぐに棺に入れたそうだ。残念な事に彼のカンは昔から当たる。



「今、お医者様に症状が出ている人の対応を頼んでいるが今後どうなるかわからん。また神様にお願いしちゃくれねえか。」


ここ三か月ほど天啓を頼むような事案がなかったため、天啓を下ろすのは久しく感じる。伝染病と決まった訳ではないため、ただの風邪の場合は天啓の無駄になるが、そうでなかった時は極めて危険だ。


「わかった。すぐにやろう。また何か進展や変化があったら教えてくれ。あとうちへの連絡を頼む。」


「あいよわかった。教会に泊り込みか、おまえが体崩すなよ?」


「すまんな、頼んだぞ」


私は教会に戻り天啓の準備に取り掛かる。天啓を願うには教会を締め切り、専用の服を着て教会の象徴の前で願いを思い続ける必要がある。


これは神父である私にしかできない事だ。もしこの願いが届いたならば、象徴が光り私の頭の中に語り掛けられる。


天啓は教会の象徴の前でしか降りないため、一刻も早く必要な場合は泊り込みでやる事にしている。


ちなみに神が不要と判断したものや、願いが多すぎると天啓は降りてこないと今は亡き父から聞いた。準備中に父を思い出した事により作業の手が止まるが、ため息と共に作業を再開し蝋燭の灯りの元、私は天啓を願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る