第11話 フォスター家ご訪問

アルクたち一行はフォスター家へ向かって野原の道を歩く。

スフィアがやれやれといった感じで口を開いた。


「レイナにも困ったものね」

「困るって、相談があるんじゃ…」

「最近こうやって理由を付けてお呼ばれするの。本当はトライと仲良くお茶したいだけよ」

「そうなの?」

「今日はわたしも一緒に呼ばれてるけど、ついでよね」


スフィアの見解はさておき、アルクはトライアに訊いてみる。


「本当のところは?」

「まあ相談が大したことじゃないのは、その通りかな」

「それじゃあ普通にお喋りするだけなんだ」

「うん、そんな感じかな」


レイナに何か悩み事がある訳ではないのが分かり、アルクは少し安心した。


「トライはレイナのことをどう──」

「!? ちょっとスフィア…!」


いきなり遠慮のない質問がスフィアから飛び出し、アルクは慌てて制止する。

だが意味は伝わっていたようで、トライアは少し考える素振りを見せてから答えた。


「そうだね……付き合うとか付き合わないとか、そういうので区切りたくないかな。僕はまだ皆と仲良くいたいし、そういうことは真剣に将来を考えるようになってからで遅くないよ」

「トライ…」

「意外な答えね…」


トライアの何とも落ち着きのある返答に、アルクとスフィアは感心する。

アルクがちらりとスフィアの方を見ると、スフィアは「何?」と少し不満のありそうな顔で見つめ返した。


「レイナも、もっと素直になったらいいのに。ローラさんに比べたら中途半端というか」

「…どういうこと?」


ライアスの妻であるローラの名が急に出て来たので、思わすアルクは聞き返す。


「言葉通りよ。こんな遠回りなことしないで、普通にトライを誘えばいいの」

「?」


いまひとつ意味の掴めないアルクだが、スフィアは続ける。


「ライアスさんとローラさんだって、一緒にいたいからこの村に来たんだし」

「ええっ、そうなの?」


アルクから見たライアスは、まさに理想的な騎士そのものだった。

村長を助けるために村へ来ることを選んだと思っているアルクには、そのような一面は想像できなかった。

アルクはトライアの方を見る。だがトライアはスフィアの意見に肯定的だった。


「案外そうかもしれないよ?」

「……」


トライアはレイナに招かれてフォスター家を何度も訪れていたので、中での様子を知っていた。


アルクたちは村の広場に入って来る。

会館の前の掲示板には、さっそく東の山へは立ち入らないように掲示がされていた。


広場から坂道を上り、少し高台にあるお屋敷へ着く。

ここからは村全体が良く見渡せた。

フォスター家の屋敷は二階建ての立派な石造りで、大きな窓が日の光を反射して明るく見える。

この屋敷でライアス、妻のローラ、長女のレイナ、長男のルーク、末娘のリィナ、そして家政婦のセシリーが暮らしていた。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


執事のサイモンが出迎える。

まだ若いがとても礼儀正しい。だがフォスター家の専属ではなく、お勤め執事だ。

普段は村の会館に勤めていて、来客や書類仕事がある時は屋敷に来ていた。


サイモンに案内されて、広くて豪華な応接間に通される。

中ではライアスとローラ、レイナ、それにルークがソファに座っていた。


ローラはいつも明るい表情の美人で、華やかさがある。

ライアスとローラのは二人は湖都デセイルでも評判の美男美女で、その結婚は羨望の的だった。

長女のレイナは母のローラに似て整った顔立ちで、晴れやかな表情が良く似合う。

身のこなしも落ち着いていて、まさにお嬢様だ。

長男のルークはまだ11歳だが面倒見が良く、ちびっ子たちのまとめ役になっていた。

アルクは絵になる一家だなあと、心の中で思う。


「お招きに預かり、参りました」


トライアが丁寧な挨拶をする。暢気な気分でついてきたアルクはびっくりした。


「よく来てくれた。レイナとルークが、トライア君に色々と聞きたいことがあるみたいでね」

「はい、伺っております」

「さあ、そちらへお掛けください」


サイモンに促され、アルクたちは向かいのソファに腰掛ける。

少し間を置いてから、レイナがゆっくりと口を開いた。


「トライア様、この度はご相談したいことがございまして」


トライアが頷きながら答える。


「僕でよければ力になるよ」

「はい。お願いいたします」


レイナは次にアルクとスフィアの方を見る。


「アルク様とスフィア様は…」

「わたしたちはリィナちゃんと遊ぶから、相談はトライにお任せてしてもいいかしら」

「かしこまりました」


スフィアはいつもの調子で返した。


「では早速ですが、トライア様、こちらへ」


トライア、レイナ、ルークが挨拶をして応接間から出ていく。

歳が近いせいか、この三人は特に仲が良かった。


固い雰囲気を崩して、ライアスがアルクとスフィアに声を掛ける。


「さて、アルクとスフィーをレイナの我儘に巻き込んでしまって悪かったな」


アルクは肩の力を抜いて答えた。


「急に礼儀正しくなるからびっくりしましたよ」

「ははっ ちょっとした挨拶程度だが、これも礼儀作法の練習さ」


そう言ってからライアスがサイモンに視線を送ると、サイモンは頷き来客の準備を始める。


「すまないが今日はこれから来客の予定があってね。悪いついでにリィナを見てくれると助かるんだが」


ライアスは先ほどスフィアの発言の意図が分かっていたので、改めてお願いする。


「いいですよ。そのためにアルクを連れて来たから」

「えっ、そうだったの?」

「冗談よ」


そんなやり取りを見てローラが微笑む。


「じゃあお願いできるかしら。リィナは私の部屋でセシリーが見てるわ」

「任せてローラさん」


スフィアは自信たっぷりに応じた。


応接間を出るとスフィアは勝手に歩いていく。このお屋敷の事をよく知っているらしい。

右も左も分からないアルクは大人しくついて行くだけだった。


「あー! アルクちゃんだあ!」


やがてローラの部屋へ着くと、6歳になる末娘のリィナが出迎える。

とてとてとアルクに近づくと、くっついてきた。

リィナは家族以外をちゃん付けで呼んでいた。


「リィナちゃんはアルクのことがお気に入りね」

「うん。アルクちゃんはね、ぽかぽかするの」


アルクは何故かリィナに懐かれていて、よく一緒に遊んでいた。

アルクが基礎学校に来る日にはリィナも会館に来ていて、野原でお散歩をしたり、図書館で絵本を読んだりする。

そんなリィナだが、アルクは気が見えているのかもしれないと思ことがある。

視線の方向が普通の子とは違うのだ。リィナはアルクにとってもちょっと不思議な子だった。


家政婦のセシリーが部屋の奥からやって来る。

セシリーはアルクとスフィアより2つ年上で、2年前に新しい家政婦としてライス村にやって来た。

年齢が近いせいもあってか、スフィアとは仲が良かった。


「スフィア様、あれ、アルク様も?」

「助けに来たわよ。今日は忙しいんでしょ?」

「そうなんです。これからコーナー商会の方々がいらっしゃいまして。今日はご挨拶くらいというお話ですが、何分人数が──」


昔に比べて魔物は減ったとはいえ、ライス村との行き来は危険が伴う。

まだ魔物の出ない春先に年間の大きな商談を決めるのが、毎年の恒例だった。


「セシリーさんもお手伝いに行ってあげて」

「はい。ありがとうございます」


セシリーは二人に頭を下げると足早に応接間の方へ向かう。

部屋にはアルクとスフィア、リィナの三人が残った。


「さて、何して遊ぶ?」

「おままごとする!」


スフィアの問いかけにリィナが答える。


「アルクちゃんパパに、スフィーちゃんママ、わたし!」


今日はそのままの配役だったので、アルクが尋ねた。


「リィナちゃんはママじゃないの?」

「リィナはリィナだよ」


さも当然のことのようにリィナは答えた。おままごとが始まった。


「パパはおでかけ」


いきなり追い出されるアルクパパ。今日はお出掛けする日らしい。

だが普通にお出掛けの挨拶をするアルクとスフィアに、リィナが待ったをかけた。


「パパは、ママのおててをぎゅっとしてから、おでかけするよ」

「!?」

「…まあ、ライアスさんならそうかもしれないわね」


とにかくそういう役なので、アルクも従うしかない。

アルクはスフィアを真っ直ぐ見つめて、その手をぎゅっと握る。


「それじゃあ、行ってくる」

「ええ、気を付けてね」

「パパ、いってらっしゃい!」


しっかりと見つめ合う二人にリィナもご満悦だった。


「これ、よんで」


リィナが絵本を持ち出してきたので、アルクが訊く。


「僕が読んであげようか」

「パパはおでかけしてるよ?」

「えっ?」

「ふふっ アルクはしばらくお休みね」


思っていたより設定は厳しいようだ。

アルクはそのまま放置された。


リィナはスフィアと一緒に遊ぶ。

お料理の真似をしたり、お掃除の真似をしたり。

普段からローラも家事をこなしているのかもしれない。

アルクが思っているより、ローラはずっと家庭的なようだった。

やがてアルクが自分の存在に疑問を抱き始めた頃、スフィアと一緒にお絵描きをしていたリィナがアルクに向かって言った。


「そろそろパパがかえってくるよ」

「そう、それじゃあお迎えしないとね」


ようやくアルクの出番のようだ。


「ただいま」

「おかえりなさい」


アルクパパが帰ってきて、スフィーママが迎える。

だがリィナは、きょとんとした様子で二人を見ていた。


「「?」」

「おかえりなさい、しないの?」

「「えっ」」

「パパはかえってくると、ママをぎゅっとして、ほっぺをぺたっとするよ?」


アルクとスフィアは固まる。

帝国では頬をくっつけるのは非常に親しい関係において行われる挨拶で、親愛の表現でもあった。


「…ライアスさんたち、リィナちゃんの前で何やってるのよ…」


普通は人前で行われる挨拶ではない。

スフィアもライアスとローラを少し甘く見ていたのかもしれない。


「パパとママ、なかよしじゃないの…?」


リィナが悲しそうな表情で見上げる。

アルクとスフィアは困ってしまう。だが、このままという訳にもいかない。


「くっ…仕方ないわね… いくわよ…! アルク…!」

「…ああ!」


アルクとスフィアは覚悟を決め、ひしっと抱き合うと、そーっと首を伸ばして頬をくっつける。


「わあー! おかえりなちゃい!」


リィナが嬉しそうに二人に抱きついてくる。

アルクとスフィアはすぐに離れるつもりだったが、動けなくなってしまった。

そしてライアスとローラがその様子をそっと覗いていた事を、二人は知らない…


帰り道、予想外の出来事に振り回されたアルクとスフィアはぐったりとした様子で歩く。

口数も少ない二人にトライアが訊いた。


「どうしたの? 疲れたような顔をして」

「色々あったのよ…」「色々あったんだよ…」

「? リィナちゃんは元気だから一緒に遊ぶのも大変だよね」

「そうね」「そうだね」


(何があったか知らないけど、今日はいつも以上に息が合ってるかな)


やがてアゼルフォート家の門の前までやって来る。


「それじゃあ、また明日」


アルクは自分の方から別れの挨拶を切り出した。リィナとのおままごとで色々とあったので、スフィアといるのが何となく気恥ずかしかったのだ。

だがスフィアは特に意識した様子もなくアルクに訊いてくる。


「ディアスさん、まだ作業してるんでしょ? 今日は泊まれば?」

「え、ても…」


耳をすますとガラガラと石が転がるような音が微かに聞こえる。

アルクは家に帰るのは諦めるのだった。

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