第8話 日々の鍛錬

お昼寝をしていたアルクは、目を覚まして伸びをする。体を伸ばす感覚が心地よい。

外を見ると日の位置が下がってきている。いつもより眠り込んでしまったようだ。


(色々あったし、確かに少し疲れていたのかも)


アルクは自室を出てディアスの姿を探す。だが家の中にはいないようだった。


(やっぱり工房かぁ……そろそろ覚悟しないと)


仕方ないので工房の様子を見にと行くと、ディアスは石の仕分けをしていた。

アルクにはどれも同じ石に見える。


「起きて来たか」

「師匠、魔物の本ってある?」

「さっそくだな。ライアスに貰った本の中にあったかもしれない。書斎を探してみるといい」

「は~い」


アルクは久しぶりにディアスの書斎に入る。いくつもの本棚に仕事机、奥には大きな製図台もあった。

本棚には隙間なく本が詰まっている。本はまだ貴重品だが、帝国では活版印刷も行われるようになってきていて急速に普及し始めていた。


アルクは本棚を見てみる。辞典、図鑑、これは専門書だろうか。専門的な内容の本はアルクにはさっぱり分からない。

少々興味をそがれながらアルクは本棚を探す。


(絵が描いてあれば分かりやすいんだけど、そういうのは無いのかな。文字ばっかりのはちょっと苦手だな)


アルクは活字慣れしていないので、文字だけを見ていると集中力が途切れてしまう。

結局、魔物について書かれた本は見つからなかった。


そうこうしているうちに日も傾き、遠くに見える山に近づいてくる。


(…さて、そろそろ準備をしないと)


アルクの家では夕食は早めだ。その後は鍛錬の時間になるためだ。

昼食をしっかり食べ、夕食は軽く済ます。それがアルクの日常だった。


夕食の準備をするのは、だいたいアルクの役割だ。

お昼の残りがあるので、そんなに手間は掛からない。


台所にやって来たアルクは、火鉢に入っている炭の残りを使って火を起こす。

鍋に入った謎の肉の汁が煮えてくる。


(このお肉、何の肉なんだろう…)


ディアスには肉の違いが分かるそうだが、アルクにはその違いが分からない。

アルクは子供舌と言われたことを思い出して、少しムッとする。

やがて呼びに行かなくても、ディアスはやって来た。


「出来てるな。ご飯にするか」


ディアスは冷えたご飯をよそうと、温まった汁をかける。

いつもの事なのだが、アルクは時々これが気になった。


「…スフィアに見られたら、お行儀悪いって言われそう」

「なあに、陣中食ってやつさ。お行儀なんて気にするな。これから鍛錬だしな」

「ご飯は冷えると固くなるから仕方ないけど……パンとかにはしないの?」

「米を食べないと力が出ないだろう?」

「そんな事はない、と思うけど…」

「じゃあご飯とパンならどっちにする」

「…やっぱりご飯かなぁ」


アルクはずっとご飯を食べてきたせいか、どちらかと言われれば自分にはご飯が合っていると思ってはいた。


片付けをして少し休んだ後、アルクとディアスは練武場へ向かう。

外は日が山際に近づき薄暗くなってきていた。

練武場は家から北に200mほど離れた森の奥にある。

器具等が入った小さな倉庫があり、地面は踏み固められている。長年の修行の結果だった。

暗くなってきたので、ディアスが持ってきた松明から篝火に火をともした。


アルクとディアスは、まず練武場で並んで抱拳礼をする。

そして簡単な運動を行ってから向かい合った。


「さて、準備はいいな?」

「はい! 師匠!」


アルクがディアスを師匠と呼ぶようになったもの、武術の鍛錬をするようになってからだ。

鍛錬の間は師と弟子。教える者と教わる者、それを明確にするため始めたのだった。

だが、それからアルクはディアスに何かを教わる時はディアスを師匠と呼ぶようになり、やがて普段からもそう呼ぶようになった。

ディアスは呼ばれ方は特に気にしていない様子だった。


「では両義の術から」


アルクとディアスは武術の型を始める。

体から余計な力を抜いて、だが手先には意識を集中して、呼吸に合わせてゆっくりと動く。型はとても長く30分は掛かる。

アルクは自然と気が満ちて動き始めるの感じた。気は熱感とぼんやとりた圧を伴って全身を巡る。


気の修行は、まず気の感覚を養わなければ始まらない。

アルクも最初は両義の術だけを鍛錬した。

気の熱感は掌から始まり、胴体でも感じるようになり、やがて自然と動き回るようになる。

不思議な気の感覚を得るようになってから、アルクは武術の鍛錬が楽しくなった。

ディアスは「両義の術こそが一番大事な鍛錬だ」と常々言っていた。


「次、理拳の術」


こここら武術らしい突きや蹴りのある型になる。

突きを中心とした五つの基本の型があり、それを繋げた動作の型と非常に簡潔にまとめられていた。

それからディアスと対錬の型を行う。アルクが攻める側で、ディアスが捌く側。

昔はディアスに押されて逆に崩れるアルクだったが、今はそれなりに渡り合えるようになってきた。


両義の術と理拳の術はディアスが教える武術の基礎ではあったが、ディアスはそれを非常に重視していた。

そのため今でも鍛錬の始めはこの二つの術を一通りこなしていた。


拳術の次は武器術。アルクは愛用の銀槍を手に取る。


「今日の魔物だが、アルク、叩いたな?」

「うっ、そうなったかも」

「打つ時は加速させるように押し込むだ。しなやかに力を爆発させる。叩きつけると表面で跳ね返されるぞ」

「魔物が思ったより早くて」

「瞬間を狙い過ぎて固くなったな。相手の方が何倍も重ければ反動で自分がひっくり返る。作用反作用を忘れるな」

「はい、師匠」


槍は基本の突き、捌きだけを徹底的にやる。

以前アルクは槍には型がないのか訊いたことがあった。だがディアスはまずは基礎だとアルクを諭す。

「一応型はあるんだが、武器は慣れるのが難しい。まずは基本を徹底的にやって技の練度を高めるんだ。文字通り自分の手足になるくらいにな。そうじゃないと武器に振り回されて踊りになるぞ」

アルクも納得して、それ以降は基本の動作に打ち込んでいる。


槍の訓練も終わる。ここまではいつも行う基礎訓練だ。

何年も修行を重ねるアルクにとっては準備運動のようなものだった。


「それじゃあ崩天の術をやるか」

「はい! 師匠!」

「アルクは崩天の術が好きだな」

「迫力があってカッコイイからね。名前もカッコイイし」


崩天の術は激しく力強い動作で動き、震脚と言って地面を強く踏みしめる。

一気に距離を詰める勢いと早さで相手を制し、一撃を打ち込むのだ。

そしてアルクにとっては武術を始める切っ掛けでもあった。

アルクはディアスが崩天の術の鍛錬しているのを見て、武術に興味を持ったのだ。


だが崩天の術は体に圧が掛かるため、15歳になるまではダメだとディアスに言われていた。

数え年ではあるがアルクも15歳になったので、やっと教えてもらえるようになったのだ。

まだまだ基礎の段階だが、好きな事は楽しくなるのかアルクも熱が入る。

崩天の術は姿勢を低く構えるため鍛錬は辛く厳しいが、アルクには不思議と苦にならなかった。


「よし、少し休んで次は気功術だな」

「はい、師匠」


気功術は集中力がいるためアルクも気を引き締め直す。

ここからが鍛錬の本番だった。

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