第7話 経過、一ヶ月
異世界に来てから、一ヶ月が過ぎた。自分でも驚くほど、真面目に訓練を続けている。特筆すべきは、回復魔法を習得したことだ。次は攻撃魔法を覚えるつもり。また、飛空船創造スキルの鍛錬にも力を入れた。なんとなく、そろそろ次の段階に進める気がしている。
今日も今日とて訓練場に向かう。中に入ると、久方振りにフェリアの姿を見た。少し疲れているようだ。
「おはよう、フェリア。久しぶりだね」
「あ~、おはよう。え~と、一ヶ月ぶりだったっけ」
声に張りがない。少しどころか、かなり疲れているな。
「大丈夫? 声に力が入っていないけど」
「いや~、思ったよりも正常化に手こずってね。ところで前に渡した魔石は、まだ持ってる?」
「持っているよ。迷宮の最深部には、到達していないんだ」
一ヶ月で何度か第三迷宮に行った。だけど複数の魔獣が相手だと、危険すぎる。今の俺だと、相手を倒すには接近するしかない。しかし
「元々、時間を掛けて攻略する迷宮だからね。ケガが無くて良かったわ。ところで今日の予定は?」
「訓練の日だよ。初級回復魔法は覚えたから、初級攻撃魔法を練習するつもり」
「へぇ~、回復魔法を覚えたの。随分と早いわね」
フェリアが感心したように頷いている。以前に読んだ本の記載だと、初級魔法の標準習得期間は三ヶ月ほどらしい。回復魔導師の素質があるのは前提だ。
「攻撃魔法も同じくらい掛かるのかな」
「どうだろう? 人によるから、何とも言えないわ。ところで飛空船創造スキルは使ってる?」
「使っているけど、ステータスに変動は無かった。全部、十級のまま。それでも、少しは上達していると思うんだよな。最初と比べて、手応えが違うというか」
この感覚は言葉だと説明しにくい。しかし数日ほど前に、大きく上達した気配があった。まあ、ステータスカードに変更は無かったけど。
「それはカードの更新が停止しているせいかも」
「更新は睡眠や気絶など、意識が無いときに自動で行うのでは?」
「通常はそう。だけど作業のために、この島全体で世界との接続を切っていたの。再接続をしたのが、二日前の朝。そして修正完了したのが、昨日の夜よ!」
もしかしてフェリアが疲れているのは、修正作業が続いていたからかな。まさか休憩なし、だったりして。ともかくステータスカードを確認しよう。
「本当だ、変わっている!」
「あたしにも見せて!」
総合九級、機動八級、攻撃九級、防御九級、生活九級、収納十級、娯楽十級か。フェリアが飛んできて、横から覗き込む。
「おー、成長しているね! おめでとう!」
「ありがとう。ところで生活が上がっているのは何故だろう?」
機動や防御は分かる。移動したり、魔獣の攻撃から身を守るために使ったりしたから。でも生活は分からない。船上で生活していないしな。
「戦闘以外でスキルを使ったんじゃないの? 船の上で昼寝したとか、船で周囲を散策したとか」
「昼寝はしていないけど、飛空船で散策はしたよ。あれで上がったのか」
なんとなく大雑把な分類の気がする。散策が生活だとすると、娯楽は何だろう。
「それより気になるのが収納ね。旅に行くなら必須よ」
「どうやったら成長するんだ? イカダに目一杯、荷物を積んでみようか」
整理整頓を心掛けたら、上がらないかな。荷物を載せようと思ったこともある。だけど戦闘時には盾の代わりとするため、荷物が駄目になりやすい。結局、荷物を積むのは見送った。もし収納が上がるなら、再挑戦しよう。
「荷物は積むのは、次からやった方がいいと思うわ。更に荷物を積んだまま、船を空間の狭間に送ってほしい」
「今、凄い言葉が出たな。空間の狭間? そんな所に送れるのか?」
「物は試しよ。船を出して」
俺は目の前に飛空船を創造する。慣れると、無言でも創造できるようになった。忘れる前に荷物を積もうか。とりあえず木刀でいいな。
「前と比べたら、ずいぶん自然に使えてるわね。これなら大丈夫そうかな。送還で船を狭間へと送り、召喚で取り出せるはず」
「飛空船、送還!」
一回で成功! 今度は取り出してみる。
「飛空船、召喚!」
今度も大丈夫。置いた木刀も無事だった。食料や薬を積んでおいたら安心だな。魔法薬と呼ばれる特別製の薬を用意できたらいいんだけど。あれは高いから、まだ手が出せない。
「魔力の消費はどう?」
「創造するよりも、召喚した方が少ないみたいだ。普段は召喚を主に使おうかな」
「良いと思うけど、創造の訓練も忘れないようにね」
そうか、召喚だけでも駄目なんだよな。まあ上手くやるか。
「そろそろ基礎訓練を始めるよ」
「もう、そんな時間ね。あたしも魔力の調整と、施設管理の仕事に戻るわ。また、お昼に会いましょう」
「了解、終わったら食堂に行くよ」
意識を切り替え、いつもの訓練を始めた。昼が近くなる頃には、全身が汗だくになる。フェリアを待たせるのも悪い。少し早めに切り上げて、風呂場で汗を流す。食堂の前でフェリアと合流した。
「やっほ~。さあ、ご飯ご飯。一ヶ月ぶりの食事よ!」
「食べなくて平気なのか?」
「妖精人族の体は、魔力で構成されているのよ。魔力が補給されていれば大丈夫」
そういえば図書館で各種族の解説本を読んだ記憶があるな。妖精人族の食事は、娯楽としての面が強いとか。納得だ。
「そうそう、午後の予定は? 少し時間が空いたから、一緒に行くわ」
「それは助かる。昼からは読書と魔法訓練をする予定。特に初級攻撃魔法について学ぶつもり」
「なら魔法実習室で落ち合いましょう」
食事を終えたら部屋に戻る。休息を取ってから、実習室に向かう。この一ヶ月で何度も繰り返した行為だ。自然と足が動く。部屋には既にフェリアがいた。
「初級攻撃魔法を覚えたいんだよね。進捗はどう?」
「基礎知識は把握したよ。後は実践を中心に行うつもり」
この一ヶ月で、必要になりそうな知識は詰め込んだ。空いた時間には、本を読むことが多い。他にやることも少ないしな。
「わかったわ。ところでヤマト、おそらく貴方は既に攻撃魔法を扱えるはず」
「え、そうなの?」
「確証は無いけどね。飛空船創造スキルに攻撃の項目があったでしょ」
あったな。飛空船に乗って攻撃したり、魔獣に突撃させたりしたから上がったのだろうか。
「攻撃が十級から九級に成長したってことは、攻撃魔法も使えると思うんだよね。魔力で船を創造して敵を攻撃するのも、火や風を作って攻撃するのも本質は変わらないはず。多分」
そう言われると使えそうな気がする。最後の多分は聞かなかったことにしよう。フェリアは小声で言ったと思うけど、聞こえてしまった。
最近、耳が良くなってきた気がする。魔力で五感を強化できるらしいが、訓練や探索で身に付いてきたのかもしれない。
「それなら、さっそく使ってみるよ」
「最初は何を覚えるつもり?」
「火の初級攻撃魔法を練習中」
魔獣を怯ませる方法がほしかったからな。とにかく囲まれないようにしないと。動き回って
「基本中の基本だね。頑張って!」
フェリアの声援を聞きつつ、俺は意識を集中した。目標は実習室内にある的だ。自己修復機能を備えた高級品らしい。
「火の矢!」
魔力が火に変質し、矢の形に変わる。だが、それだけだ。的に向かうことなく、火の矢が消失した。失敗か。これで何度目だろう。
「形は出来ていたわね。後は射出よ。詠唱を考えてみたら?」
「うーん、そうしてみるか」
魔法を使うのに、詠唱は必須じゃない。だけど自分に合った詠唱を使うことで、魔法を使いやすくなる。フェリアと相談しながら、資料詠唱例を見つつ検討した。何度も試行錯誤を繰り返すが、一度も成功していない。
「じゃあ、次はこれでいってみましょう!」
「火よ! 矢となりて、敵を貫け!」
やっと成功だ! 結局、詠唱は単純明快な文言で落ち着いた。これ以上の長さは近接戦で使い辛いという事情もある。仲間がいれば、別なんだけど。
「わ~、おめでとう!」
「ありがとう。フェリアのおかげだよ」
お世辞抜きで彼女のおかげだ。一人だけなら、まだ時間が掛かっていたはず。
「これで一歩、前進だね!」
「よし! 今日は祝いに一杯やろう!」
「おお~!」
冷静に考えると、初歩の初歩が始まったばかりだ! けど前進には違いない! それに回復魔法を覚えた期間と比べると、かなり早く習得できた。
「ところで、次は収納魔法を覚えようと思う」
「時空魔法の初歩ね。旅をするなら必要になるし、良い選択だと思うわ。だけど、今日は終わりにしましょう」
時間を確認したら夜に近い。集中していたせいか、まったく気が付かなかった。
「そうしようか。売店で買物したら、部屋で待っているよ」
「お願いね。あ、領収書は持っておいて。臨時収入あったし、あたしの奢りよ!」
奢り! いい響きだ!!
「ありがとう!」
「あ、でも高すぎる物は勘弁ね! 中の上くらいでお願い!」
「了解!」
そうと決まれば、さっそく買い出しだ。迷宮で入手した魔獣の肉を料理するのもいいな。手頃な量の調味料を探してみよう。考えながら歩いていると、すぐ売店へ到着した。まずは酒。ただ部屋に買い置きもあるから、少しでいいな。次は肴だ。偏り過ぎないよう、バランス良く購入していく。最後に調味料か。焼肉用のタレが売っていた。これにしよう。塩や胡椒は前に買った覚えがある。これで売店の用は済んだな。
部屋に戻り、手早く晩酌の準備をする。ほとんどは出来合いの物だから、さほど時間は掛からない。料理は一角鹿の焼肉くらいか。調理道具は部屋の備品にあったから助かっている。肉を切り、塩胡椒で下拵え。フライパンに油を引き、じっくり焼き上げる。
「ヤマト、入るよ!」
「どうぞ!」
料理の途中でフェリアが来た。そのまま中に入ってもらう。ちょうど肉が焼けたころだ。皿に移し、机に並べた。フェリア用の食器は以前に使った後、この部屋に保管してある。
「わぁ~、良い匂い! 何の肉?」
「一角鹿だよ。迷宮で入手した」
つい先日のことである。迷宮に何度か行っているけど、初めて一角鹿の肉が手に入った。他の素材は色々と入手できたのに。
「あ、あれ! 美味しいよね!」
「そうなんだ、楽しみだな」
考えてみたら味見をしていない。人へ出すのに、味を確認しないのは失敗した。自分で食べるだけなら、気にしないけど。焼いた肉を皿に乗せ、机の上に置く。
「あ、先に清算しちゃおうか。領収書もらったよね?」
「これでいいかな」
フェリアに領収書を渡した。彼女は忙しなく視線を動かす。内容の確認だろう。そして何処からか袋を取り出した。おそらく収納魔法。異空間に倉庫となる場所を作り、物品の出し入れを可能にする。
「はい、お金」
「ありがとう。助かるよ」
奢りの酒は、美味いに違いない。フェリアに礼を言った。そして夕食が始まる。話題になったのは、お互いの一ヶ月間について。話を聞くと彼女の方も大変だったらしい。ここだけでなく、世界各地で魔力異常が起こっているとか。
「ヤマトの方も大変みたい。低階層の魔獣が群れで襲ってくるか。本来なら迂闊に手を出さなければ、脅威にならないはずなのに」
「一応、対応は考えたよ。遠隔攻撃により、魔獣の足並みを乱すつもりだ。囲まれなければ、なんとかなる。それより魔力異常は大丈夫なのか?」
話を聞く限り、世界全体の問題みたいだ。
「現状だと深刻な問題は回避したって。ただ対応に結構な人数が動いたらしいわ」
「つまり大人数が動いたから、深刻な問題が回避できたのか」
「そうなるわね」
まあ深刻な事態にならなくて良かった。それからは重大な話題もなく、雑談して夕食の時間を過ごす。後片付けをしてから、のんびりと一人で休憩。明日は迷宮に行く日だ。酒は控えめにしておく。今日はもう、体を休めておきたい。
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