第6話 帰還、第一拠点

 転移が終わると、目の前にはフェリアがいた。随分と、真剣な表情をしている。


「ヤマト、傷を見せて」

「あ、ああ」


 俺はフェリアに左腕を見せた。抑えていた布を取ると、既に血は止まっている。しかし、まだ痛みは続いていた。


「光よ、傷を癒せ!」


 驚いたことに、傷が塞がっていく。同時に痛みも引いていった。凄い! 


「どう?」

「あ、ありがとう。もう、大丈夫そうだ。これは回復魔法?」

「その通りよ。今の感覚を覚えておけば、必ず役に立つわ」


 不思議な感覚だった。暖かい光が腕に染み渡る感じ。魔力が体に馴染んでいくのだろうか。なんとなく魔力の流れが見えた気がする。


「午後は翻訳魔法の復習と、回復魔法の習得がオススメよ」

「断る理由も無いし、そうするかな」


 そうと決まれば、まず昼飯だな。腹が、減った。


「そろそろ昼食の時間だし、食べながら迷宮内の話を聞かせて」

「分かった。それなら部屋に行こうか」




 売店で配給食を受け取って、部屋に戻る。飲み物は緑茶を選んだ。そして昼食のメニューは、一角鹿の唐揚げ定食だった。


「一角鹿?」

「あれ? 第三迷宮で見なかった? 角が一本の鹿だよ」

「いたけど本当に一角鹿という名前だったのか。見た目で何となく呼んでた名称と一緒だったとは」


 まあ、見た目の特徴で名付けるのは珍しくないか。


「ところで一角鹿を倒したら、魔石を残して消滅したのだけど。どこで鹿肉が手に入るんだ?」

「基本は結晶化して魔石だけを残すけど、他の素材を入手できる場合もあるのよ。一角鹿の肉は、わりと手に入りやすいわ。ただし迷宮の外だと結晶化しないときもある。その際は肉体が消滅しないから、解体して素材を入手するの。でも迷宮産の素材より価値は落ちる」


 一角鹿の角とか、ありそうだな。しばらく食事をしながら、雑談を続ける。食べ終わった頃に、フェリアから問い掛けられた。


「ヤマト、第三迷宮はどうだったの?」

「なかなか大変だったな。次からは十分に準備して行くよ」


 何も考えずに向かったのは、失敗だったな。もしかしたら情報の大切さを教えるために、あえて何も伝えずに迷宮へ送ったのかもしれない。


「準備ね。図書室に迷宮探索の本があるから、それを読むといいわ」

「へえ、そんな本があるのか」


 昨日は気付かなかったな。後で見てみよう。


「他にも役立つ資料があるから、一通り調べてみたら?」

「そうするよ。まずは魔物の対処法だな。いきなり一角鹿に襲われて大変だった」

「いきなり襲われた? 一角鹿に?」


 フェリアが不思議そうな顔をしている。どうしたんだ?


「妙な話ね、一角鹿は大人しい生物よ。状況を話してくれる」

「湖の近くに鹿がいたんだ。遠目で見てたら、こっちに気付いて突進してきた」

「うーん、何か気になるわ。迷宮内で問題が起きているかも。ヤマト、迷宮探索を中止する?」


 探索を中止か。少しだけ考えたが、すぐに結論を出す。ここに居られる時間には限りがある。少しでも早く迷宮に慣れたい。


「いや、続けるよ」

「わかったわ。でも、気を付けてね。危ないと思ったら、逃げること」

「了解、気を付ける」


 よし、まずは準備だな。休憩が終わったら、図書館に行こう。食器を片付けて、部屋に戻った。身体を休めるのと同時に、必要な情報は何か考える。

 ふと時計を見ると、三十分くらい経っていた。立ち上がり、部屋を出る。昨日と同じように図書館へと向かった。中に入ると、フェリアが難しそうな顔で紙の束を見ている。何かの資料みたいだ。


「お疲れ様、フェリア。何を見ているんだ?」

「迷宮の調査資料よ。暴走している恐れがあるわ」


 物騒な言葉を聞いた。迷宮の暴走とか嫌な予感しかしない。それと調査資料って何だろうな。誰か調査している人がいるのか、それとも魔法か何かで調べられるのだろうか。


「一角鹿の件?」

「それも含めてね。最新の情報を見る限り、大人しい筈の魔獣が狂暴化している。原因は、迷宮内の魔力減少みたい」


 ん? 魔力が減ると、狂暴になるのか? よく分からないな。


「えーと、腹が減ると怒りっぽくなるような感じ?」

あたらずといえども遠からず、かな。魔力が足りなくなると、思考に回す力が減るの。そして外部から魔力を補おうとする。結果として、見境なく暴れ始めるわ」


 だから突然、襲われたのか。


「豊富な魔力を持つヤマトは、恰好の獲物。つまり、御馳走ってわけ」

「一角鹿は肉食なのか?」

「草食よ。目的は肉ではなくて、魔力だからね。生命活動が停止すると、肉体から魔力が離れる。それを取り込むの」


 いきなり襲われた原因は分かったけど、何も解決していない。対策は迷宮に行くとき、十分に気を付けるくらいか。他に何かあればいいんだけど。


「解決策は何かある?」

「減った魔力を、増やせば大丈夫。ただし、その為には迷宮の最深部に行く必要があるわ。ということで、どうぞ」


 唐突にフェリアは、一つの魔石を渡してきた。この流れで渡されたってことは、まあ言われなくても理解できる。


「この魔石を、最深部に持っていけと?」

「正解。成功すれば報酬も出るわ。だけど、可能であればの話。狂暴化した魔獣を相手に、単独での探索は無謀。迷宮には行かず、訓練に専念する方が賢い選択ね」

「試して無理だと思ったら、そうするよ」


 やる前から諦めることはない。無理そうなら、その時に考える。俺は席を立ち、資料を探し始めた。まだ翻訳魔法に慣れていないせいか、題名が理解できる典籍は半分くらいだ。

 調べたいことは、沢山ある。読めそうな本から、手を付けていこう。まず、手に取ったのは『迷宮探索の初歩』という本だ。


 しばらく本を読むのに集中していた。顔を上げて時計を見ると、既に二時間ほど経過している。まだ途中ではあるが、本を閉じて立ち上がった。


「調べ物は終わり?」

「ああ、残りは明日にする。これから魔法訓練に行くよ。回復魔法は、是が非でも覚えたい」


 傷が治ったのも凄いけど、痛みが引いたのも凄い。


「頑張ってね。あたしは今から迷宮の調整をするわ。次に会うのは、一ヶ月後よ。決して無理はしないこと」

「調整か、大変そうだな」

「ま~ね~。じゃあ、また来月に会いましょう。……本当に、無理はしないでね。疲労を感じたら、しっかり休んで」




 俺は飛んでいくフェリアの姿を見送った。本を棚に戻して、回復魔法書を探す。目当ての書籍は、すぐに見つかった。本を片手に、魔法訓練室に向かう。

 あ、まずい。訓練を始めようとして、困ったことに気付いた。一人で回復魔法の実践練習をする場合、自傷の必要がある。さすがに毎回、傷を付けるのは嫌だな。魔法書を開き、何か良い方法を探した。しばらく本の内容に目を走らせていると、良さそうな項目があった。


「痛覚遮断魔法、これだな」


 回復魔法は複数の効果を合わせたもので、痛みの緩和も含まれている。どうやら痛覚遮断魔法は、緩和効果を発展させたものらしいな。こっちを先に覚えてから、回復魔法の実践に移ろう。……痛いのは嫌だし! 


「うーん、よく分からないな」


 該当箇所を読んでも、いまいち意味が掴めない。翻訳魔法が完全でなく、微妙に意味不明な記述があるのも辛いところである。どっちも地道に続けるしかないか。結局、今日は一度も成功しないまま日が暮れた。

 本を片付けると、部屋に戻る。風呂に入ってから、食事を取った。思ったよりも疲れていたのか、腹が膨れると急激に眠くなる。眠気に負けるまで、多くの時間は必要としなかった。




 太陽の光を感じ、目を覚ます。外は既に明るい。十分に寝たと思うけど、疲れが取れていない。図書館で読んだ本によると、迷宮内では身体と精神に負荷が掛かるらしい。疲労の原因は、それだろう。とりあえず、起きるか。

 せっかくの休日だ。周辺の散策にでも行こうかな。あとは図書館で読書か。俺は身支度をすると、外に出た。良い天気だ。絶好の散歩日和である。建物から十分に距離を取り、意識を集中する。


「飛空船創造!」


 光と共にイカダが出現した。船に乗って、上空へと飛ぶ。枝と衝突しないよう、慎重に森の上部へと出た。周囲を見渡し、地形を把握する。特に目を引いたのが、巨大な樹。ちょうどいい目標だし、あそこまで歩いてみよう。

 地上に降りてから約二時間。巨大な樹に着くどころか、森の出口すら見えない。上から見ると、そこまで広い森とは思わなかった。予想外だったな。昼食の用意もしていないし、今日は帰るとしよう。


「帰りはイカダに乗っていくか」


 歩いてきた道を、飛空船で戻り始めた。速度は早歩きくらいか。建物の入り口に着いたのは、太陽が高い位置まで来ている時刻。……この世界は平面空間と言っていたよな。あの太陽は自転だけでなく、公転もしているのだろうか。

 昼食を取った後、夜まで本を読む。主に世界の成り立ちや、歴史について調べてみた。他には翻訳魔法の復習をしつつ、言語の勉強を行う。


「疲れた」


 思った以上に集中できたな。外も暗くなっているし、今日は切り上げよう。腹も減ったし。酒を飲みたいけど、金に余裕がない。三ヶ月で多少は貯める必要がある。よし、今日は我慢しよう!


 ――数時間が経過した。目の前には、麦酒ビールの空き缶が並んでいる。


「いや、まさか麦酒の特売があったとは。これは仕方ないな。うん、仕方ない」


 明日から気を付けよう! そうしよう! さて、片付けるか。手早く後片付けをして、風呂に入った。すぐ眠気に襲われ、布団に行く。もう今日は寝てしまおう。日本に居た頃とは考えられないくらい早く寝る。身体を動かしているからだろう。


「明日は一人で訓練か」


 寝過ごさないようにしよう。時間は有限だからな。考え事をしていたら、すぐに眠気が襲ってくる。また明日から頑張るか。

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