第5話 激闘、一角鹿

 もう、朝か? 身体を起こし、周囲を見回した。だんだん意識が覚醒してくる。あのまま朝まで寝てしまったのか。時計を見ると、約束の時間には早すぎる。俺は朝食を取り、少し時間を掛けてシャワーを浴びた。身支度を整えて、部屋を出る。向かう先は、訓練場だ。


「おはよう、フェリア」

「来たね、ヤマト!」


 フェリアに声を掛けると、彼女は唐突に声を張り上げた。


「一つ、お知らせがあります。あたしは明日から休眠状態に入るのです。一ヶ月は起きないけど、頑張ってね!」

「い、いきなりだな。何かあったの?」

「休暇で外に出ている迷宮管理担当者と連絡が取れないの。あたしが代役を務めるけど、片手間で迷宮の管理は難しいわ。ごめんね、しばらく一人で生活してて」

 

 よく分からないが、大変そうなのは分かった。その担当者さんが心配だな。


「何とか、やってみる。フェリアも頑張って。それで担当の人は大丈夫なのか?」

「魔法通話で連絡したら、魔力波が届かない場所にいるってさ。迷宮深部に籠っているみたい。よくあることだから、大丈夫よ。ただ、タイミングは悪かったわね」


 それなら良かった。いや、よく連絡が取れなくなるのは大丈夫なのか? それはともかく、しばらくの間は一人で訓練するんだよな。


「一ヶ月間の訓練で優先することは?」

「回復魔法の習得ね。もし時間が掛かりそうなら、他の訓練を止めて魔法の修業に専念した方がいいわ。それ以外は、自由に訓練して」


 図書館で魔導書の棚を見た気がする。そこに回復魔法の書もあったはずだ。少し気になったので覚えている。


「わかったよ」

「適度に身体を休めてね。お勧めは、訓練・迷宮・休日の繰り返しよ」

「うーん、連休は欲しいな」

「それなら週の後半に、二日の休日を取るといいわ」 

 

 あ、それなら大丈夫そう。訓練・迷宮・休日・訓練・迷宮・休日・休日か。心の平穏に、連休は必要だよな! 


「後の予定を考え過ぎても仕方ないし、とりあえず迷宮に行ってくるよ」

「じゃあ、初日に入った転移装置に向かって。行先は第三迷宮。第一迷宮と場所が大きく違うけど、驚かないでね」


 場所が変わるのか、気を付けよう。行先は第三迷宮……第二迷宮を飛ばしたな。どんな違いがあるのだろうか。


「第三とか第二というのは?」

「第一迷宮は基本型。分岐が無く、一本道で魔獣を倒しながら進んで行くの。第二迷宮は分岐型。複雑な道を進み、最後の部屋まで辿り着くのが目的。第三迷宮は、行ってから確かめてね!」


 行けば分かるってことだろう。もしかしたら情報不足の状況で訓練することに、意味があるのかもしれない。俺は転移装置部屋に入った。


「転移、第三迷宮」




 魔法陣が光り、俺は無事に転移する。次の瞬間、驚きの光景を目にした。


「お、おお!」


 何だ、これ。どう見ても草原だよな。上を見ると、所々に雲があった。ここは、外なのか? まずは状況を把握しないと。そうだ!


「飛空船創造!」


 創り出したイカダに乗り、上空へと昇る。しばらく進むと、天井が確認できた。外ではなくて、迷宮の中で間違いないだろう。周囲を見渡したら、遠くの方に森が見える。別の方角には、湖があった。他は草原が続いている。

 周囲を確認してから、慎重にイカダの高度を下げた。無事に地面へと到着する。少し迷ったが、イカダから降りて歩くことにした。飛空船を先行させ、その後ろを進んでいく。向かう先は湖の方だな。森だと強い魔獣がいそう。しばらく歩くと、はっきり湖が見えてきた。


「何か、いる?」


 湖の傍に、動物のような姿が見えた。危険な魔獣かもしれない。俺は腰に差した木刀を手に持つ。音を立てないように、ゆっくり進む。数は一体。群れていたら、近付きにくいから助かる。

 鹿に似ている気がするな。でも断言できない。その理由は、頭に付いている角。一本しかない。そして先が尖っている。……名前は一角鹿だな、よし決定。


「気付かれた!」


 一直線に、こちらへ向かってくる! かなりの速度。間違いなく敵意がある! とにかく迎撃の準備。一角鹿の動きから、目を離さない。もう、すぐ近くまで来ている。船の前まで来ても、走る速度を落とさない。魔獣がイカダに跳び乗った! あ、これなら!


「動け、船!」


 イカダを縦に九十度、回転させる。咄嗟の思い付きだけど、上手くいったぞ! 一角鹿は体勢を崩し、地面に投げ出される。だけどケガをした様子はない。身体を起こそうとしている。――させない!


 素早く一角鹿に近付き、全力で木刀を振り下ろした。目標は角。刺されそうで、怖かったから! 命中、だがヒビ一つ入らなかった。鈍い音と共に、両手へ衝撃が走る。しまった! 魔力強化が出来ていない! もう、一度だ!

 木刀に魔力を込めて、再び振り下ろす。あ、ヒビが入った! しかし一角鹿は、その間にも体を起こそうとしている。俺はイカダに飛び乗った。


「上がれ!」


 イカダを上昇させ、距離を取ろうとした。しかし先に敵が体勢を整えた。助走も無しに跳躍し、船を目掛け角を突き出す。させるか! 木刀を逆手に持ち、体重を乗せるように突き下ろす。やった! 角が折れた!

 これで少なくとも、角に刺されることはない! 後は体当たりに気を付けよう。まずは上空から観察だな。あれ? 一角鹿の様子がおかしい。体が揺れ、横倒れになった。やがて動きを止め、音も無く消え去っていく。残ったのは、魔石のみ。


「もしかして、角が弱点だった?」


 考えても分からないか。とりあえず魔石は拾っておこう。地面に降りて、魔石へ手を伸ばした。スライムの物より大きい気がする。この場に留まる理由も無いし、湖に向かい歩き出す。しばらく歩いて、湖の近くまで来た。

 この水は飲めるのかな。飲めたら、ここで水分補給ができるぞ。考えてみると、飲料水くらいは持ち込むべきだった。イカダに積んでおけば、両手も空けられる。そもそも何の準備もしないで、迷宮に入ったのは失敗である。一度、戻るべきだ。


「――後ろ!?」


 背後で物音がした。後ろに視線を移すと、五体の一角鹿がいる。この様子だと、今にも襲い掛かってきそうだ。あからさまに敵意を感じる。仲間が倒されたことに気付いているのか? まずい、来た!


 一角鹿は頭を下げ、角を突き出しながら突進してくる。俺は慌てて回避に専念。一体、二体。何とか避ける。だが避けるだけでは駄目だ。三体目の突進に合わせ、木刀を叩きつける。角を狙ったが、頭を動かされた。当たったのは、肩の部分だ。一撃で倒すことは、できなかった。素早く体勢を整えたら、再び角を狙う。今度は命中した。角にヒビが入ったものの、倒すまではいかない。


「逃げよう!!」


 数の不利もある。今のままでは、勝てないだろう。ここは湖の傍だ。逃げるだけなら、何とかなる。素早くイカダに飛び乗って、湖の中心に向かう。思った通り、泳いでまで追ってくることはなかった。

 気を緩めた瞬間に、足元がふらつく。この感覚は知っている。訓練で魔力を使い過ぎたときと同じ。このままでは、まずい。湖岸の様子を窺いつつ、生物の気配が無さそうな場所を探す。周囲に気を配りながら、イカダから降りた。


「疲れた。一度、戻ろう」


 歩いていたら唐突に視線を感じた。すぐ視線の元を探す。角にヒビが入った鹿。そいつが俺を睨み付けていた。目的は復讐だろう。一角鹿は突進を仕掛けてきた。俺はイカダを盾にするように、魔獣の正面へ移動させる。目の前に船があるのに、鹿は止まらない。そのままイカダに衝突。


「げ! 船が割れた!?」


 多少の勢いは、殺した。しかし、それだけだ。一角鹿は、まっすぐ俺に向かってきた。イカダを消し、船の維持に使っていた魔力を回収する。体の中に残る魔力を木刀へと集束。角を目掛けて振り下ろす。手応えは、あった。角のヒビが、全体に広がっている。だけど折れなかった。俺は咄嗟とっさに左腕で心臓を庇う。


「ぐっ!」


 左腕に痛みが走る。服の上から、角が腕に刺さっていた。同時に一角鹿の体勢が崩れる。どうやら刺さる際に、角が折れたらしい。助かった。時を置かずに魔獣の体が消滅する。残ったのは魔石だけ。生活資金は必要だ。痛みを堪えながら魔石を拾い、カードに収納する。その後、すぐに転移門へ向かった。手持ちの布で左腕を抑えながら、歩き続ける。


「やっと、着いた」


 ようやく転移装置に到着した。気のせいか、痛みが酷くなっていると思う。ただ思ったよりも出血が少ない。わずかに気が楽だ。


「転移、第一拠点」

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