第4話 学習、図書館
四半刻が経過。売店でフェリアと合流した。
「お待たせ。昼飯は、どうするんだ?」
「さっぱりしたね。食事の登録は済んでいるよ」
フェリアの指差す画面を見る。確かに昼食のメニューが表示されていた。
「ここに来れば配給食が三食分、用意されているわ。好きな料理を食べたければ、昨日みたいに自分で購入して」
「了解。金に余裕も無いし、しばらくは配給食にするよ」
結構、美味そうだな。昨日の保存食とは違うみたいだ。
「それじゃ、あたしは次の準備をするね。昼休憩が終わったら図書室に来て」
「わかった、それじゃまた」
俺はフェリアと別れ、自室に戻った。食事を取り、身体を休める。正直、かなり疲れた。高校卒業以降に、まともな運動をした記憶がないからな。このまま惰眠を貪りたいのを堪え、図書室へと向かう。
「ここが図書室か」
部屋の表札に『被召喚者育成用図書館』と記載されている。フェリアは図書室と言っていたけど、正式には図書館なのか。場所が分からなくて、一階の案内板まで行くことになった。他に図書室らしき場所は無かったし、間違いないはず。時間に余裕を持って行動したから、少し早く着いたな。
「あれ? 早かったね」
図書館に入ると、すぐにフェリアが声を掛けてきた。
「ゆっくりしていると眠りそうだから。無理をしてでも起きていた方がいいかな、と思って」
「そう。でも体には気を付けてね。今から基礎知識の講義をするけど、寝たいなら寝るといいわ。知識が無くても、最低限の生活は可能よ。どんな生活でも、恥じる必要は絶対にないから」
寝てもいいと言われると、意地でも起きていたくなる。不思議だ。
「大丈夫、授業を頼むよ」
「わかったわ、こっちに来て」
案内されたのは図書館内にある一室。あれは黒板か。異世界にも、あるんだな。俺はフェリアに勧められるまま、手近の椅子に座った。
「今日は準備も出来ていないだろうし、簡単な説明だけにするね。ああ、その前に質問があったら答えるよ」
「それなら飛空船創造スキルについて、もう少し詳しく知りたいな。強化するのに魔物の素材が必要なんだろう?」
確か地竜の爪や暗黒竜の瞳など、物騒な名前があったと思う。
「地水火風の四竜は、種族としての名称ね。竜の中にも優劣があって、強い竜ほど上位の素材が入手しやすいの」
「火竜の牙とか風竜の翼は、上位素材なのかな?」
「あの四種は、最上位素材ね。場合によっては、竜王級と戦う必要があるかもしれないわ」
予想以上に大変そうだな。
「それ以上に問題なのは暗黒竜と光明竜よ。こっちは個体としての名前で、世界に一体ずつしかいないの。前者は行方不明。そして後者は下層世界にいるらしいけど詳細不明ね」
「下層世界って?」
聞き慣れない用語が、また一つ。しっかり勉強しないとな。命に関わりそうだ。意識をしっかり持ち、耳を傾ける。
「現在の飛空世界は、下層・中層・上層から成り立っているの。この島は、中層に存在するわ。下層を一言で表すと、無法地帯よ」
一言で危険だと分かるな!
「秩序に馴染めない存在を、押し込めるための場所。それが下層。情報も遮断しているから、現状は完全に不明ね。光明竜についても、噂でしかないわ」
「わかった。とりあえず。地水火風の素材から探すよ」
「了解。それが賢明ね」
まあ、探索に奇を衒う必要はないしな。できることからコツコツと。
「引き続き、基礎知識を説明するわ」
しばらくの間、フェリアの話が続く。生活に関わることだから、真剣に話を聞き続ける。一度だけ休憩を挟んだ。フェリアの話が上手くて、興味深く耳を傾けた。
「――だいたい、こんな感じかな。図書室の本は自由に読めるわ。空き時間にでも利用して」」
「助かるよ。ただ文字が読めないから、まずは言葉の勉強だな」
「それなんだけど、休憩後に魔法実践を始めましょう。覚えるのは、翻訳魔法ね」
翻訳魔法か。三ヶ月で覚えられるのか? いや、覚えるしかない。他者と言葉が通じませんじゃ、生活するのも困難だ。
「準備するから、少し休憩してて」
あ、まずいな。終わった途端、眠くなってきた。俺は立ち上がって、軽く体操をする。……人がいないとはいえ、図書館で行うのは問題だったか。気を付けよう。
「どうしたの? 変な踊りして」
踊ってない! しかし、変な動きをしていたことは認める! よし、全力で話を逸らそう!!
「やあ、フェリア! 準備は終わった? さっそく次の訓練を始めよう!」
「そ、そうね? 訓練を始めましょうか? こほん。今からヤマトには翻訳魔法を覚えてもらいます」
遂に来たか! 魔法使いデビューの時が!!
「どうすれば、いいんだ?」
「これを見て」
フェリアは、どこからか一冊の本を取り出した。
「本の表紙を見ながら、間違いなく読めると意識して。集中すれば、読めるようになるから!」
集中するだけで読めるようになるのか? 他に方法も無いから、言われた通りにやるけど。……いや、疑っちゃ駄目だな。集中しよう。
「あ、本当に読めた。『翻訳魔法の覚え方』と書いてある」
「え、本当に読めた? こんな雑な教え方で?」
雑な教え方だったのか!
「本来なら個人の魔力に合わせて、細かい調整が必要なんだよね。表紙が読めたのなら、大丈夫。次のページを見よう!」
「次も同じ文字みたいだな。本の題名だから、当たり前か」
俺は再度、紙をめくった。
「今度は読めないな」
全く分からない。ただ、集中すれば読める気がする。根拠は無い。だが、読めるはずだ。そんな気がした。
「読める、読める、読めた!」
「良い感じだね、その調子で頑張って。あたしも本を読んでいるから、用があれば声を掛けて」
「了解」
俺は読めるようになった文字に目を走らせた。本の目次が書かれている。最初の方は翻訳魔法の概念や歴史が載っているみたいだ。後半には使用上の注意もある。俺は集中して一
ふと、本を閉じる音が聞こえた。
「ヤマト、今日は終わりにしましょう」
「もう、そんな時間か。まだ読み終わってないんだけど」
気が付いたら、窓の外は薄暗い。図書館内には、灯りが点いていた。
「続きは明日ね」
「本の内容が気になるな。貸し出しは可能?」
「普通の本なら大丈夫だけど、魔導書は無理。命に関わることだから、ごめんね」
今、不穏な言葉を聞いてしまった。
「魔導書は読むだけで、本人の魔力を消費するわ。だから、今日は終わり。続きは明日の同じ時間ね」
「わ、わかったよ。じゃあ、この後はどうする?」
そろそろ腹が減ったな。
「今日の訓練課程は終了よ。それと明日から、迷宮探索に行ってもらうわ。実戦もあるので、朝までしっかり休んでね」
「初日の訓練が終わったばかりで、いきなり実戦か。心配だな」
「大丈夫、最初は危険の少ない相手を選ぶから。それと最初だし、半日も掛からず戻れる場所にするわ」
それなら安心……なのか? まあ、明日になってから考えよう。今日は疲れた。
「とりあえず腹が減った、夕食にするよ。フェリアはどうする?」
「あたしも一緒に食べるよ。今回は食堂で食べようか」
そういえば、案内図に食堂の場所が載っていたな。たしか売店の向かい側だ。
「料理は注文できるの?」
「昔は可能だったけど、今は無理ね。人員がいないのと、魔力節約のために設備を停止しているわ」
考えてみたら、仮に注文できても金が心許ない。しばらく配給食だけの生活だ。
「それなら売店で食事を用意してから、食堂に行こうか」
「そうね、さっそく行きましょう」
俺達は図書館を出て、売店に向かった。注文用の魔道具を起動させる。
「配給食は、これか。毎回、内容が違うんだな」
「同じメニューだと、飽きるでしょう。栄養面でも偏るし。昔は単調だったけど、あたしが強く要望して改善したの!」
「それはフェリアに感謝しないとね。おかげで美味い飯が食べられる」
しっかり仕事していたのか。ありがたいことだ。
「どんどん感謝して!」
「ところでフェリアは今日の食事、どうするんだ?」
「あたしも配給食にするわ。これは職員の食事も兼ねているからね」
職員も配給食を食べる?
「まさか食事の改善を要望って、自分が食べたいから……?」
「そ、そ、そんなことないわ!」
非常に分かりやすく動揺している。
「結果として、召喚された人の為になっているなら良いことだと思う」
「そうよね! ヤマトは分かってる!」
それぞれ食事を受け取り食堂に入った。他に誰もいないため、貸し切り状態だ。近くの机に食器を置く。
「飲み物はセルフサービスになっているわ。お茶やコーヒーなんかも飲めるのよ。食器の返却は所定の場所に置いてね。自動で片付ける仕組みになっているから」
「へえ、便利だな」
「それと一つ忠告。迷宮探索の前日に、深酒は止めましょう。二日酔いで探索は、危険だからね」
当然の話か。金に余裕が出来たら、飲む量も増えそうだし気を付けよう。
「わかったよ。とりあえず今日は飲むのを止めよう。お茶でも貰おうかな」
「ついでに、あたしの分も頼める?」
「了解」
俺は二人分の紙コップを取り、お茶を用意した。
「ありがと、じゃあ食べようか。いただきま~す!」
「いただきます」
夕食のメインは、肉の生姜焼きだろうか。何の肉かは不明だが、美味いから気にしない。フェリアと会話をしながら、食事を続ける。腹が減っていたこともあり、思った以上に箸が進んだ。
「ごちそうさま。いや~、美味かった。昼食でも思ったけど、見た目より満腹感があるんだよな」
「その辺りも計算して、作られているの。物心両面から満たされるよう、あたしは頑張った! 無残に散っていった提案書の数々……貴方たちの犠牲は忘れない!」
フェリアの表情が真剣すぎて、ちょっと怖い。無難に言葉を返しながら、話題を変えよう。
「お疲れ様、フェリア。ところで明日の朝は、どこで訓練を始めるんだ?」
「今日と同じ場所、同じ時間で大丈夫よ」
切り替え早いな! さっきの悲壮な顔は何だったんだ。
「わかったよ。それじゃあ、また明日」
食器を返却して部屋に戻った。寝るには早い時間か。だが、眠い。少しだけ横になろう。
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