第2話 入手、ステータスカード
唐突に視界が変わる。軽い眩暈。俺は頭を振り、目を閉じた。数秒感、深呼吸。意識を切り替える。最初に、この部屋を調べたい。数分かけて辺りを見る。部屋に存在するのは、魔法陣と扉が一つずつ。魔獣は隣の部屋だと言っていた。扉の先にスライムがいるはずだ。
「行こう」
細心の注意を払って、扉を開けた。フェリアの言葉通り、隣の部屋にスライムがいる。数は十体ほどか。その内の五体を倒せばいいんだな。
「最初に行うべきは、魔獣を見ること」
俺はフェリアに言われたことを思い出した。幸いスライム達が、こちらに気付く様子はない。じっくりと観察することにした。液体状の存在が緩慢に動いている。液体の中には、水晶が見えた。
「水晶を中心に、何かの力が働いている。あれが魔力か?」
スライムの身体に、纏わり付く力が存在する。また同じような力が自分の周りに存在することも気付いた。
「できる」
そう思った。木刀を構えながらスライムに近づく。俺の存在に気付いたようで、這いずりながら距離を詰めてきた。だが敵の動きは遅い。若干の焦りを感じつつ、木刀を振り上げた。スライムを目掛け、降り下ろす。
――目測を誤った! 木刀は空を切って、床に叩きつけられる。スライムには、届いていない。俺は慌てて距離を取った。同じように構えスライムを待つ。先程と違い、十分に引き付けることを意識した。今だ! 当たれ!!
「どうだ!」
当たった! しかし手応えは無い。木刀に魔力が込められていなかった。当てることだけを意識して、強化が疎かになったのだろう。再び距離を取り、次の挑戦。
今度は命中、手応えあり! 攻撃が成功した。目の前でスライムが消滅し、一つの水晶が残された。あれが魔石だろう。手に取ると、思ったより小さかった。懐にしまい、次の標的を探す。
――五体のスライムを倒すのに、さほど時間は掛からなかった。
「意外に慣れるものだな」
最初の一体こそ手間取ったが、二体目からは早かった。木刀の強化も思ったより難しくない。魔石も五個、しっかり拾っている。再度、数を確認した。問題なし、戻ろう。転移魔法陣の上に立つ。
「転移、第一拠点」
無事に転移が完了し、俺は訓練場に戻った。
「随分、早かったわね。魔石は手に入ったの?」
「無事に入手したよ」
フェリアに魔石を渡そうとして、ふと気付いた。彼女の身体では、五個の魔石を持ち運べないだろう。魔法で運ぶのかな。
「この魔石は、どうすればいい?」
「そのまま持っていて。今から売店に行くわ」
フェリアは訓練場の出口へ向かって飛んでいく。俺は慌てて後に着いていった。
「着いたわ! ここが売店よ!」
「商品が無いけど?」
「最近、この管轄内で召喚された人がいなかったからね。売店も含め、施設全体が休眠状態だったのよ」
そうだったのか。俺は改めて店内を見渡した。今は空っぽの商品棚も、かつては様々な物で溢れていたのだろうか。
「だけど買い物は可能よ。この魔導機械を見て」
「通信販売の一覧みたいだな」
「その通りよ。これで買うと販売用異空間倉庫に繋がり、すぐ商品が手に入るの。手続きは済ませてあるから、カードを受け取って」
話しながらフェリアは機械を操作していた。覗き込んで画面を見ると、なにやら文字みたいな模様が並んでいる。同時に音声らしきものが流れた。そして機械から一枚のカードが出てくる。さっきの音声は『カードが発行されました』だろうか。
「あれ? 顔写真が付いている。いつ撮ったんだ?」
「玄関に写真機があって、入出者を管理しているの。そのときの画像からよ」
なるほど。全く気が付かなかった。というか勝手に撮られていたんだ。不審者が来る恐れもあるし、仕方ないか。
「それはともかく、カードに魔石を近づけて」
言われた通りに、魔石を近づけた。
「少し光っているような」
「詠唱を繰り返して。『転換、魔石、五個』」
「『転換、魔石、五個』」
おお! 魔石が消えた!
「これは?」
「魔石に含まれた魔力が、カードに蓄積されたの。この魔力量が、通貨の代わりになるわ」
「カードの使い方は?」
「差し込み口に入れると、利用案内が表示されるの。画面の指示通りに操作すれば大丈夫よ。やってみて」
俺はカードを見た。端に三角形が描かれている。ここが差し込む方向だろうな。とりあえず入れてみた。画面の表示が切り替わる。
残高照会、引き出し、預け入れか――銀行取引と同じ内容に混じって商品一覧、購入履歴、設定変更などの文字も並んでいる。
「あれ? 文字が読める」
「特別製の魔導機械だからね。本人が最も得意とする言語で表示されるわ」
便利だな。俺は最初に金額残高を表示させた。
「えーと、500エル?」
「殺傷能力皆無の最下級スライム五体なら適当ね」
なるほど。危険も無く、実働約三十分なら妥当な金額なのか。
「これで酒は買えるのかな?」
「大丈夫! 結構な量が買えるよ!」
物価が違うのだろうか。この辺りは確かめる必要があるな。
「うーん、物価が分からない。基準はあるの?」
「あ、そうだよね。簡単に説明するわ。食料品や飲料関係は安いの。お酒だったら500エルで、そこそこ買えるよ」
「相場が高いのは?」
何となく予想できるけど、念の為に聞いてみた。
「高いのは娯楽関連ね」
「娯楽品が高いのは、想像した通りかな。酒類が安いのは意外だったけど」
「まあ種族によっては、水の代わりに飲んでいるから」
そんな種族がいるのか。
「少し特殊なのが武器や防具。初級者用は非常に安く、中級者用から値段が極端に上がるの。ただし素材を持ち込むと、かなり費用が抑えられるわ」
生命に関わる物は安くて、それ以外は極端に高いということかな。中級者武器が高いのは、高価な素材を使っているからだろうか。
「実際に色々と見たら分かりやすいよ! とりあえずビールね!」
「ちょっと待った!」
危ない。流されて酒を買いそうだった。考えてみたら、今の状況だと酒を飲んでいる場合じゃない。
「ワインの方が良かった?」
「そうじゃなくて! 生活には金が必要だろ。他に買う物があるのでは?」
「大丈夫よ! 異世界転移してから三ヶ月間は、生活の保証をするから。最低限の衣食住は問題なし!」
つまり三ヶ月間で生活の基盤を整える必要があるのか。結局、余裕は無いよな。でも、まあいいか。異世界初日だ。堅苦しく考えるのは止めよう。
「分かったよ、今日は飲もう」
「やったー! 500エル分の酒と肴、よろしくね! お酒が多めで! 買い物している間、あたしはヤマトの部屋を準備してくるよ!」
フェリアは嬉しそうな声を上げ、飛び去っていく。そんなに飲みたかったのか。
「せっかくだし、色々と探してみようかな」
俺は機械を操作して、食料品や飲料品の売り場を見た。確かに安い気がするな。自分の利用していた店と、頭の中で価格を比較してみた。酒類は四分の一ほどで、食料品に至っては十分の一くらいだ。しかし一部の商品に、目が眩むほど高い物がある。おそらく完全な嗜好品は、非常に高く設定されているのだろう。
しばらく機械と睨めっこが続く。手持ちの金は、おおむね使い切ってしまった。両手には購入した酒や食べ物を入れた袋を持っている。
「ただいまー! お部屋の準備が出来たよー」
「こっちも終わりだ」
「じゃあ、さっそく部屋に案内するわ。そこで飲みましょう」
俺はフェリアの後に続き、廊下を歩いていく。昇降機に乗って、最上階に到着。雑談を交わしつつ、また廊下を進む。
「ここがヤマトの部屋だよ!」
「へえ、良い部屋だね」
本当に良い部屋だな。台所、寝室、居間にベランダ付き。さらに基本的な家具も揃っている。大型の冷蔵庫やソファもある。
俺が今まで住んでいた部屋とは、雲泥の差だ。
「この部屋、家賃はいくらなんだ?」
三ヶ月間は無料らしいけど、純粋に価格が気になる。
「4万エルよ」
「随分と安く感じるけど、何か理由があるの?」
事故物件だったら怖いぞ。
「施設の維持を、大気中の魔力で補っているの。維持費は零に近いわ。建設費用は既に回収済みで問題なし」
「人件費は?」
「管理者の給料は、被召喚者補助委員会から出ているのよ。家賃には上乗せされていないわ。そもそも運営元は金に困っていないからね」
安い理由が明確なら、大丈夫だよな。というか、そもそも選択する余地は無い。無一文だし。
「ただし、入居条件は厳しいの。三ヶ月間が過ぎて、契約を更新する場合は審査が必要よ。それも、割と厳しい」
「まあ、仕方ないか」
そう美味い話は無いよな。
「ねえ、難しい話は後にして飲もう! 質問があるなら、飲みながら説明するよ」
「わかった。すぐ準備する」
俺は袋の中身を机に広げた。
「おおー、色々あるね! 空魚の天ぷら、目覚まし鳥の砂肝と青野菜の炒め物に、バジリスク肉の煮込み。他にも沢山! お酒はビールとサワー各種、楽しみ!」
「商品に見慣れた食材が結構あったけど、日本の物と一緒なのか?」
「おおむね一緒よ。細かい違いはあるけどね」
なるほど。まあ買ったのは、初めて見る物ばかりだけど。異世界らしい食べ物を選んでみた結果だ。話を聞きながら、とりあえず酒を冷蔵庫にしまった。
「そうそう食器類も用意してあるから、適当に使ってね」
「それは助かるよ」
フェリアと二人で、準備を済ませた。手を触れずに動かしているのは、やっぱり魔法だそうだ。念動魔法と言うらしい。魔力で物を動かすのは、基本中の基本とのこと。
「そうだ、忘れない内に渡しておくわ」
「何だろう、これ?」
どこからともなく、小さい袋が現れたぞ。中身は食べ物だろうか。菓子のような物が見える。
「異空間倉庫に仕舞われていた保存食の一つよ。最初に食べてもらい、感想を聞く決まりなの」
俺は袋を開け、保存食を口に入れた。――その瞬間、苦味と辛味と甘味と酸味が合わさったような味がした。端的に言うと、不味い。それも物凄く。
「これ、あまり美味くないな」
「意図的に不味く作られているの。だけど食べられない程の不味さだと困るから、異世界から来た人には必ず確認してもらっているわ」
「なんでまた、わざと不味く作っているんだ?」
最初に思いつくのは、生産費用を抑えるためか? だが費用を抑えるなら無味に近くなると思う。さっき食べたのは様々な味が合わさり、絶妙な不味さを実現していた。
「この保存食は、誰でも格安で手に入るの。個人で消費する分には制限なし。もし味が良ければ、誰も他の食料品を買わなくなるでしょ」
なんとなく、分かった気がする。食料が売れなければ、生産している人が困る。だけど低価格の保存食がなくなれば、いざという時に困る。その間を取った結果、格安で買えるけど率先して買いたくはならない味にしたのか。
「ともかく、飲みましょう! 聞きたいことがあれば、食べながら説明するわ」
「そうしようか」
正直、聞きたいことは山ほどある。でも今は食事を優先しよう。
「いやー、お酒はいいわ!」
「うん、確かに。肴も中々!」
フェリアは自分用の食器を使っている。ほとんど小さい食器だが、コップだけは俺と変わらない大きさだ。器用に飲んでいるぞ。酒も料理も美味くて、杯が進む。酔いが回る前に、知りたいことを聞いておこう。
「ところで、この世界について教えてもらえるかな」
「任せて! まずは世界創造からかな。この世界は、強い力を持った種族によって作られたの。肉体を持たず、精神だけの存在」
「神様が実在している?」
異世界だからな。神様が実在して世界を創ったのかも。
「……分からないわ。その種族は探求者と名乗って、神ではないと語った。ただし探求者を越える、真に神と呼ばれる存在を否定することは不可能」
「探求者は、何を探しているんだ?」
「魂の真理について。この世界はね、魂を研究するために作られた。正確に言うと作られた世界の一つよ」
魂の真理、また難しい話だな。研究の為に世界を丸ごと作る存在か。
「島が浮いているのは、研究に関係があるのかな?」
「直接の関係はないわ。元々は巨大な大陸が一つだけある、平面世界だったのよ。魔王と勇者が戦って、その余波で大陸がバラバラになった。完全に崩壊する直前、探求者が大陸を修復したの」
勇者と魔王の戦い、この世界では実際に起こった歴史なんだな。
「修復はしたけど元の大陸に戻せずに、今の世界が完成したということか」
「いえ、戻せなかったのではないわ。意図的に戻さなかったの」
フェリアは目を閉じて、首を横に振った。
「え? なんでまた?」
「魔王も勇者も、異世界人だった。探求者は、人間が世界を壊せる程の力を持ったことに喜んだ。記念として、壊れた世界は最低限の修復だけ行い保持した」
話をしているフェリアの声に、あからさまな刺々しさが混じる。
「そして探求者は、ここを『飛空世界』と名付けたわ。自ら名前を付けることは、極めて珍しい。大半の世界は記号と番号だけで認識している。直々に固有の名称を付ける、そのぐらい喜んだのよ。多くの生命が失われたのにね」
「探求者というのは、人間の味方ではないんだな」
「口が裂けても味方とは言えないわ。敵でも味方でもない、それが私の認識よ」
そう言えば探求者は種族の名称だよな。
「ところで探求者は、どれぐらいの数がいるの?」
「今、この世界にいるのは一体だけよ」
「そうなのか? なんとなく、沢山いるみたいに思ってたよ」
もしかして各世界に一体ずつしかいないのかな。
「昔は沢山いたんだけどね。色々あって飛空世界からは去っていったの。その後は各世界に存在する仲間と合流したらしいわ」
「色々って?」
機会があれば、この世界の歴史を知るのも面白そうだ。
「飛空世界で特別な力を身に付けた異世界人がいたの。やがて肉体の枷から外れ、自らを精神生命体へと変えた。それから探求者たちに取引を持ち掛けたわ。研究に最大限の協力をする代わり、飛空世界を解放するようにと」
「取引の結果、探求者は去っていったのか」
「そうよ。残ったのは一体だけ。世界の維持に関わる仕事もあり、移動することはできなかったの。ちなみに被召喚者補助委員会の代表を務めているわ」
そこまで言って、フェリアは残っていたビールを飲み干した。
「さて、そろそろ酔いは回ってきた?」
「ほろ酔い、くらいかな」
フェリアの話を聞きながら、何杯か飲んでいた。でも何で急に聞いたんだろう。
「なら、丁度いいわ。人間は誰でも、特別な力に目覚める可能性があるの。今から覚醒の儀式を行うけど、少し酔っている方が成功しやすいのよ」
「そうだったのか! ただ飲みたいだけかと思ったよ」
「まあ九対一くらいで、飲みたかったのは事実よ!」
どっちが九なんだ! 聞かない方が良い気がするから、聞かないけど!
「ところで、一つ聞かせて。ヤマトの目的は?」
「目的?」
え? 急に言われても困るな。俺は少し考えた。
「とりあえず元の世界に帰る、かな。帰る方法はあるの?」
「あるけど簡単ではないわ。ヤマトは元世界との縁が薄いの。反面、飛空世界との相性が極めて高い。どうしても帰りたい理由が無ければ、この世界で生活する方が無難ね。そもそも元の世界に強い未練を持つ人は、召喚対象から外れるの」
元の世界と縁が薄い、か。正直、納得できる部分があるんだよな。
「決めた。一度、元の世界に帰る。その後、また此処に来るよ」
「……不可能とは言わないけど、茨の道になると思うわ」
フェリアの表情が、雄弁に困難な目標であることを語っている。自分でも、そう思う。だいたい世界を移動する方法なんて、まったく思いつかない。
「可能性があるなら、挑戦したいと思う。故郷に別れも告げず消え去るのは、少し寂しいじゃないか」
「そう、そうね。ヤマトが決めたのならば、あたしも手助けするよ! 異世界人に協力するのが、あたしの仕事だしね!」
「よし! そうと決まったら、さっそく――どうしよう?」
まずい、具体策が何も思い浮かばないぞ。気のせいか、フェリアの視線に僅かな呆れが混じっているような。いや、気のせいだな!
「……まあ、目的が決まったのは良いことよ」
「ところで、さっき言っていた覚醒の儀式というのは?」
何やら強くなれそうな名前の儀式だな。
「それでは覚醒について、説明しましょう。魂には、秘められた力が存在するの。それを呼び起こすのが覚醒。目覚めた力をソウルスキル――魂の技能、そう呼んでいるわ」
「ソウルスキル」
なんだろう。初めて聞いた言葉なのに、どこか懐かしく思う。身体の内側から、暖かくなる感じがした。
「だけど力を使いこなすには、鍛錬が必要よ。しかも世界間を転移するとなると、普通の訓練じゃ無理ね。それでも挑戦する?」
「やるよ。だからフェリア、協力してくれるかな?」
「了解! じゃあ、まず買い物に使ったカードを出して」
服のポケットに入れていたカードを取り出す。フェリアはカードに手を触れて、呪文のような言葉を呟いた。
「はい、返すね」
「あれ? 何か変わった?」
見た限りでは、特に変化は無い。
「ステータス表示機能を解放したわ。ただし実際に表示させるのは、本人の意思が必要なの」
「つまりレベルとか技能とか力の数値が分かるってこと!? 便利そう!!」
なんか異世界っぽい!
「まあ、便利だけどね。すぐ表示させるのは待って。能力を完全に数値化するのは難しいの。携帯型カードの魔導演算力では、参考数値と考えた方がいいわよ。他に重大な欠点もあるし」
「欠点? 危険があるとか?」
少し怖くなってきた。
「ある意味では危険よ。ステータスというのは、素の能力と魔力による強化状態を合わせた数値が表示されるの。だけど数値通りの力が発揮できないこともある」
「体調や精神状態に左右されるとか?」
本番に弱い人って、結構いるからな。
「その通り。それ以外にも様々な条件で結果は変わる。状況によっては、力10でも力20の人に勝てるの。でもステータスに囚われた人は、自らの限界を自分で決めてしまう」
「つまり数字を意識するあまり、自分の可能性を狭めているってことか?」
「そう。あたし達は『数の魔王ラープリャースに支配される』と呼んでいるわ」
便利な反面、場合によっては成長を妨げる恐れがあるのか。
「自分のステータスを見るのが怖くなったんだけど」
「大丈夫。要するに使い方よ。自分の素質を理解し、効率よく鍛える。そのために開発されたのがステータスカードなんだから」
「効率、か。自分の好きなことと素質が違ったら、どうするんだろう?」
一朝一夕で答えが出る問題ではないけど、気になるよな。
「被召喚者補助委員会としては、好きなことを優先してほしいわね」
「そうなの? 組織としては、素質を活かす道を勧めるものだと思ったよ」
少し意外に感じる。
「ここは探求者直下の組織だからね。特別だと思って。魂の研究には、強い感情の動きを観察する必要があるの。好きなことをするとき、人は誰でも心揺さぶられるものよ」
「なるほど。ところで、俺に魔法の才能があると言っていた。あれもステータスを見たのかな?」
「そうよ。あのときは生命に関わる危険も考えられたので、急いで分析する必要があったの。今後、ヤマトの許可なく確認することはないから安心して」
必要だったことは理解できる。俺は静かに頷いた。
「普通ならステータスの確認は個人の自由だけど、ヤマトの場合は必須と思って」
「確認しようとは考えていたけど、なんで俺は必須なんだ?」
他の人と異なる理由があるのだろうか。
「目的が世界間を行き来することでしょ。利用できることは何でも利用しないと、達成不可能だわ」
「それもそうか。ステータスを表示するには、どうすればいい?」
「まず、初期設定を完了する必要があるの。表示したい箇所を思い浮かべながら、ステータス表示開始と言って。表示箇所のお勧めはレベルとソウルスキルのみね。後から変更も可能だから、気楽に決めていいわ」
特別な手順は必要ないんだな。言われたように、レベルとソウルスキルの表示を思い浮かべた。カードを手に取って、集中する。
「ステータス表示開始!」
おお、カードに表示が追加されている!
「レベル5、ソウルスキル未覚醒。スライムを倒してレベルが上がったのかな?」
「あのスライムは、訓練用に調整された特殊な魔獣。レベルには影響しないのよ。きっと今までの生活により周囲の魔力を取り込んで、自然と上がったの。レベルは魔力強化の総合判定。日常生活でも上がるから」
「俺の居た世界にも魔力があったのか」
世界各地に魔法や超常現象の話があるし、それほど不自然でもないかな。
「魔力があったのは間違いないわ。今の召喚は、世界間での魔力交換を目的としているの。魔力の無い世界は、最初から対象外になっているから」
「それ、人間を召喚する必要はあるの? 魔力の交換だけなら、他にも方法はありそうだけど」
「試した結果、人間の召喚が最も効果あったそうよ。だけど闇雲に召喚するのは、批判が出てね。召喚条件として『元世界との縁が薄い者』『元世界に大きな未練が無い者』『召喚先の世界に適応しやすい者』『極悪人の除外』などがあるの」
さっきも思ったが、なんとなく納得できる部分があるな。いや適応しやすいかは知らないけど、それ以外の部分で。極悪人ではないよな、多分。
「さて、それでは本題。ソウルスキルの覚醒について。さっきカードに触れた際、準備を整えておいたわ。後は一晩ゆっくり寝て、魔力を身体に馴染ませる。今日は疲れたでしょ。お風呂にでも入って、寝ちゃいなさいな。まあ、片付けは任せて。おごってもらったしね」
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
「明日の朝、起きたら地下訓練場に来て」
食事が終わったら、さっそく眠くなってきたな。立ち上がり、風呂へと向かう。浴槽を見て、湯を張っていないことに気付く。自動お湯張り機能を使うと、数秒で準備が整った。……高性能すぎるだろ。手早く体を洗って、浴槽に浸かる。思った以上に、くつろげた。
風呂から上がると、着替えが用意されている。フェリアが用意してくれたのか。明日の分まである。ありがたいな。着替えてから寝室に行き、ベッドに横たわる。良い布団で、よく眠れそうだ。
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