第6話 ノーラの夫の葬儀
霧の立ち込め、細かい雨降る墓地。優れた法律家であったエレオノーラの夫の葬儀が行われた。新しく盛られた土の横に、エレオノーラとリリアンが静かに立っていた。
「ストロス、今日はありがとう」
遅れてやってきた彼女が、『想い出』を象徴するローズマリーを墓石に供えた。
「すばらしい追悼の辞だったわ、感謝してる」
天使セレスティアに声をかける。彼女はいつものメイド服からシスターの装いに着替えていた。ブリュメンバッハ城の裏の主、メイド長も今日ばかりは天使本来の役割に戻っていた。
葬儀に参加した人々が去った後、母娘、二人だけが残された。
ノーラは長い沈黙の後、墓石を見下ろし、ため息をつく。
「こうなることはわかっていたのに……わたしが残るのは」
(だからこそ、子供を早くほしがったのよね……)
彼女の目は、少し離れた場所にあるアデルハイトの一族の墓に向けられる。
「人間と親しくなるのは、つらいものね。いつも置いて行かれる」
リリアンは母の言葉に、胸が締め付けられる思いがした。彼女の頭には、ヘルミーネの笑顔が浮かぶ。自分の親友も、いつかはこうして……
ノーラは娘の暗い顔を見てよからぬ想像をしていると察した。
「お母さん」リリアンは静かに言った。「私たちは……人間とどう向き合えばいいの?」
ノーラは娘を優しく抱きしめる。
「それは簡単な答えのない問いよ。でも、あなたのお父さんは言っていたわ。『愛するものを失う痛みは愛した証だ』って」
リリアンは涙をこらえながら頷く。
「でも、怖いよ。ヘルミーネのこと考えると……」
「そう、怖いわ」ノーラは同意する。「でも、だからこそ大切にしなくちゃいけないの。今、この瞬間を。だから、できるだけ抱きしめてあげて」
二人は黙って墓石を見つめる。風が静かに吹き、彼らの髪を揺らす。教会の鐘が遠くで響いた。
「お父さんは……幸せだったのかな」
リリアンが小さな声でつぶやく。
ノーラは微笙を浮かべる。「どうかしら、私みたいなじゃじゃ馬。でも彼は常に言っていたわ。『悪魔との人生は退屈じゃない』って」
リリアンは思わず笑みがこぼれる。
「うん、お父さんらしい」
「さあ、行きましょう」ノーラが言う。「これからは私たち二人よ。協力していきましょ」
母と娘は手を取り合い、ゆっくりと墓地を後にする。彼らの前には、悲しみと希望が混ざり合う未来が広がっていた。
夜更け前、エレオノーラ家の大きな館の居間。暖炉の火が静かに揺らめき、部屋に柔らかな光と影を投げかけている。ノーラは広いソファに一人座り、グラスに注いだ深紅のワインをゆっくりと回している。
彼女の目は、暖炉の上に飾られた一枚の肖像画に向けられていた。そこには若かりし頃の夫と自分の姿がある。二人とも法廷衣装を着け、肩を寄せ合っている。
ノーラは小さく笑う。
「あなたったら、あの時はほんとに頑固だったわね」
彼女は目を閉じ、その日の記憶に浸る。
「異議あり!」
若きノーラの声が法廷に響き渡る。
向かい側に立つ青年弁護士が眉をひそめる。
「根拠は?」
「被告人の証言は明らかに矛盾しています。前回のやりとりは、そうこれ!」
二人の激しい議論が続く。裁判長が度々制止を試みるが、若い二人の弁護士の熱は冷めない。
ノーラは目を閉じ、グラスに口をつける。
「あの頃は、あなたを倒すことしか考えてなかったわ」
彼女は立ち上がり、肖像画の前に立つ。指で夫の顔をなぞる。
「でも、あなたは諦めなかったわね。裁判が終わった後、『一緒に夕食でも』って、何度も誘ったわね。結局私が根負けして、ふふっ」
ノーラは再びソファに座り、グラスを傾ける。
「人間の寿命なんて、あっという間だった……」彼女の目に涙が滲む。「でも、あなたは最後まで私に挑み続けたわ。『悪魔にだって負けないぞ』って」
彼女は笑いながら涙をぬぐう。
「バカね。結局、時間には勝てなかったじゃない」
静寂が部屋を包む。ノーラはワインを一気に飲み干し、空のグラスを見つめる。
「でも、あなたとの絆はリリアンが引き継いだ。混血である彼女はきっと困難に直面するでしょうね。でも、私にはできないことを成し遂げるわ。アデルと私がしたように、ね」
ノーラと夫の肖像画の隣にはアデルのものがある。
「この涙は……」彼女はつぶやく。「アデルの時も流した種類のものだわ」
彼女の目は遠くを見つめ、過去の記憶に迷い込む。
「私を変えた人間がいるとすれば、それはアデルだった」ノーラは静かに語り始める。「友人であり、戦友であり、弟子だった」
ノーラの記憶は、ヒルデの家で過ごした日々へと移行する。
「アデル、あなたとの別れは、私に人間との絆の尊さを教えてくれた」
彼女の視線は再び夫の写真に向けられる。
「二人とも、私の人生を大きく変えた。永遠に近い生を生きる私に、限りある生命の輝きを見せてくれた」
月明かりが窓から差し込み、ノーラの姿を柔らかく照らす。
リリアンはベッドで眠りながら、静かに涙で枕を濡らしていた。
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