第5話 意味のある殺人教唆3
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今、なんとか手を伸ばせば自分が欲しがる何かを掴めると仮定した場合。その“なんとか”の範疇にモラルを適用させるか適応外とするかは個人が良心を育てて来たかに左右されるとは思うけれど。それで売春宿を選択肢に入れるのは早計だし浅慮だなと思わなくもなかった。もし自分が年端もいかない女の子であり知らない世界を知ってみたいとする好奇心が旺盛で且つ怖いもの知らずなのであるならば、こうした道を歩む事もあるのかもしれない。と、いうか。こんなボクの考察というかお気持ち表明は的外れであると前提にしていて間違いがないだろう。何故その道を選んだのかなど、他者が解る筈も無い。ワイドショーが凶悪犯罪を報じ、その番組を視聴した程度で“もしかしたら自分も”と想像を働かすのは悲劇をバックボーンにしている真っ当な犯罪者に不敬だろう。
かと言って。
大量殺人をしている殺人鬼にどんなバックボーンがあろうと悲劇を悲劇だと憐れむ方は現れないだろうし。どんな悲劇をバックボーンにしていようが道を踏み外した者には不敬であって然るべきでもある。
然るべきというか。
大人が𠮟るべきなんだがね。
そんなのは。
そんな、善悪の判断すら出来ない子供は。
だけど、そう考えるボクの意見もやっぱりボクというフィルタを通しての判断と評価になるので。彼女等が何を思って売春宿に向かったのかは知り得る事は出来ないし。また彼女等を買おうとした連中の意思も伺うぐらいが精一杯ってもんだ。
人間の行動原理なんてものはそもそも直列配列にはなっていないし、それが多数だからと安易に並列配列にもならない。個人が抱えた事情のケース・バイ・ケースとモラルとリアルのサイド・バイ・サイドのせめぎ合いを他人がおし量れってのがまず不可能であり、それが知遇も無い赤の他人ならば気持ちを汲むだけ無駄な話である。
人間の人生が一つの小説ならば。
ページ数の無駄でしかない。
さて、本編の物語。
客船内部。
少女達はバラバラに刻まれ、死んでいた。
いや、今しがた彼女等がどんな事情をバックボーンとしていたのかを考察したばかりであるので結構な衝撃を受けている。
人間の人生が一つの小説ならば。
彼女等は。
その小説を、破られたに等しい。
「……視てるか、魔女さんよ?此処の利用者全員の皆殺しが依頼だったわけだけど。“既に皆殺しされてる場合、殺人鬼は何をしたら良い”か解るか?」
『……フム。これは私達にも予想外でした。予想外というか想定外でした。ミスター、被害者の中にターゲットは存在するか解りますか?より具体的に説明をするならば、“バラバラになっている遺体の中に、不起訴処分になった人物は存在しますか?”っつー話なんすけど?』
濃厚な血の匂いは夜風に拐われ窓から抜けていく。臓物まで散乱しているので排泄物の強烈な臭気は夜風でもどうにもならなかったが。
「解るか、そんなモン。女の子もオッサンも引き千切られてバラバラなんだぞ。バラバラっつーかグチャグチャが近い。足の踏み場もねえ」
『それでは困りますミスター。皆殺しは出来なくともターゲットだけは確実に始末しませんと世論は単なる猟奇殺人だと騒ぎます。“殺人現場に裁判でも裁けなかった悪党の遺体がある”事で民衆は魔女たちを信仰しますし信頼するようにもなるんですから。でも、なんなんですかね?千切られたバラバラ遺体って』
「ノコギリやチェーンソーを得物にしたようにも見えねえ。サメとかワニが噛み付いてそのまま喰い破ったというか、欠損箇所の損壊が激し過ぎる。んで、この人数だろ?なんぼジョーズが犯人でも満腹になんぞ?」
本当に足の踏み場がない。
客室もラウンジも、外の廊下も階段も、なんなら地下の機関室まで。
死が、蔓延していた。
そのどれもが。
引き千切られたかのような、重度損壊遺体。
『生存者はどうすか?』
「それ、砂漠で落としたコンタクトレンズを探す方が簡単だぞ?明らかに船の利用者より遺体が多い」
『なんなんすかね?共同墓地かなんかなんでしょうか?』
「手ぶらな殺人鬼になっちまった。一応、生存者は探してみるけど。見つけたら殺すぞ?だって殺人鬼なんだし」
『ダメ。ダメダメ。今回ばかりはダメ。殺人鬼でもダメ。殺さずに保護してください』
「殺人鬼に殺すなって……。それ、楽天のマー君にスプリット投げんなって言ってるようなモンだからな?」
『試合に勝つ為なら小笠原道大だってバントをします。今は兎に角、生存者を探索してください』
注文の多い殺人教唆犯である。
しかも、難題まで加わった。
しかし。
ボクは別の可能性に備え。
気を張っていた。
そしてそれは。
多分、可能性ではない。
事実として、存在している筈だ。
この惨劇。
犯人が。
まだ船内にいる。
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